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池袋労働基準監督署長事件東京地裁平成22年8月25日判決(労経速2086-14)

2010-12-22 | 日記
原告は,株式会社光通信の関連会社に勤務していた当時,過重な労働等によりうつ病等の精神疾患を発症したとして,労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を求めましたが,処分行政庁である池袋労働基準監督署長は不支給処分を行いました。
本件は,原告が,同署長は業務起因性の判断を誤ったと主張して,被告に対し,同処分の取消しを請求した事案です。

本判決は,以下のように判断して,業務起因性を否定し,請求を棄却しました。

判断指針によると,出向については,その平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」(人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷「Ⅲ」と日常的に経験する心理的負荷で一般的に問題とならない程度の心理的負荷「Ⅰ」の中間に位置する心理的負荷)の中間に位置する心理的負荷)とされているところ,前記アの説示を前提にすれば,本件出向自体については,心理的負荷の強度「Ⅱ」の域を出るものではないと認められる。
そして,ニュートン社及びベストパートナー社における原告の労働時間が生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの過酷な長時間残業とまではいえないことを「出来事に伴う変化等による心理的負荷」(あるいは,改正判断指針における「出来事後の状況が持続する程度による心理的負荷」)として考慮すれば(前記イ),その心理的負荷の強度はそのまま「Ⅱ」とするのが相当である。
また,平成17年6月16日のCからの注意,指導については,これを「上司とのトラブル」にあたるとしてその平均的負荷の強度を「Ⅱ」とみるにしても,既に説示したとおり,その心理的負荷を過大に評価することはできなから,仮に長時間労働の点を考慮するとしても,強度「Ⅲ」(人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷)に当たる余地はないというべきである。
なお,原告は,同日の事態が改正判断指針における「ひどい嫌がらせ,いじめ又は暴行を受けた」(平均的な心理的負荷の協働「Ⅲ」に該当する旨主張するが,これに当たらないことも前記ウにおいて述べたところから明らかである。
以上を総合すれば,原告の業務による心理的負荷の総合評価は「強」には至っていないというべきである。

そして,前記認定事実の下では,原告の業務による心理的負荷が客観的に精神障害を発症させるおそれのある程度に過重であったと認めることはできない。
よって,本件精神障害の発症につき業務起因性を認めることはできない。
なお,原告の主治医らの意見書(前記1(2)ア,イ)においては職場での人間関係におけるストレスが発症の原因となっている旨の意見が述べられているものの,これは同ストレスと発症との関連性を裏付けるに過ぎず,そこにおけるストレスの強度について何ら言及しているものではないから,業務と本件精神障害との間の条件関係を基礎づける意味はあるにしても,相当因果関係を何ら基礎づけるものではない。
また,F医師の意見書には,発症原因について職場での上司のいじめであるとの記載があるが,これもあくまで原告の自訴に基づくものであり,職場での実情については既に認定したとおりであるから,上記記載も,前記説示に何ら影響を及ぼすものではない。


なお,本判決は,業務起因性の判断基準について,以下のように判示しています。

被災労働者に対して,労働者災害補償保険法に基づく労災補償給付が行われるには当該疾病が「業務上」のものであること(労災保険法第12条の8第2項,労働基準法79条),具体的には労働基準法施行規則35条に基づく別表第1の2第9号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」にあたることが要件とされる。
そして,労災保険制度が使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度であることに鑑みれば,「業務上」の疾病といえるためには,当該疾病が被災者の従事していた業務に内在ないし随伴する危険性が発現したものと認められる必要がある(いわゆる危険責任の法理)。
したがって,被災労働者の疾病が業務上の疾病といえるためには,業務と当該疾病の発症との間に条件関係があることを前提に,労災保険制度の趣旨等に照らして,両者の間にそのような補償を行うことを相当とする関係,いわゆる相当因果関係があることが必要であると解される。
ところで,精神障害の病因については,環境由来のストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で,精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス-脆弱性」理論によることが相当であると考えられるところ,今日の社会においては,何らかの個体側の脆弱性要因を有しながら業務に従事する者も多い。
このような点と,労災保険制度が前記危険責任の法理にその根拠を有することを併せ考慮すれば,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも当該労働者と職種,職場における立場,経験等の面で同種の者であって,特段の勤務軽減を要することなく通常業務を遂行することができる労働者を基準として,当該労働者にとって,業務による心理的負荷が精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,業務に内在する危険性が現実化したものとして,業務と当該疾病との間に相当因果関係を認めるのが相当である。
そして,判断指針・改正判断指針は,いずれも精神医学的・心理学的知見を踏まえて作成されており,かつ,労災保険制度の危険責任の法理にもかなうものであり,その作成経緯や内容に照らして不合理なものであるともいえない。
したがって,基本的には判断指針・改正判断指針を踏まえつつ,当該労働者に関する精神障害発症等に至る具体的事情を総合的に斟酌し,必要に応じそれを修正しつつ,業務と精神障害発症との相当因果関係の有無を判断するのが相当である。
なお,改正判断指針は,本件各処分時には存在しなかったものであるけれども,判断指針も改正判断指針も,ともに本件各処分の違法性に関する司法判断を拘束する性質のものではないから,裁判所が,改正判断指針にとらわれないで,本件各処分の違法性を検討することには,何ら問題がないというべきである。
以下,このような観点から,本件精神障害の業務起因性につき検討することとする。


弁護士 藤田 進太郎
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