”真実の知識”と聞き、不意におぼろげなイメージが脳裏をかすめた。頭にズキン、と鈍い痛みが走った。私は眉をひそめた。
「――ひらめきの中から、私は偶然にもその種を見つけてしまいました。そしてとうとう、宇宙の法則を導くことに成功したのです。有頂天になった私は、すぐに大まかな成果を学会に発表しました。学内でも、学園祭の催しとして、公開で講義を行わせていただきました」と、彼は言葉を途切った。「しかしその反響は、私が予想していた以上にさんざんなものだったのです――」
不意に足もとがふらつき、後ろ向きに倒れかかった私を、彼が脇をかかえて支え止めた。
「大丈夫ですか」と、彼が私の顔を見ながら言った。
「――すまない」と、私は痛みをこらえながら言った。「誰もが驚くような発見は、はじめは誰にも理解されるもんじゃない――」
私は言いながら、いつだったか、同じことを誰かに言ったような気がしていた。
顔は見なかったが、私の体を支えてくれている彼が、ふっと笑ったように感じた。
「発見した法則はもとより、私自身の人格をも、否定されるような評価を受けてしまいましたよ……」と、彼は遠くを見るように言った。
ブロロロ―――と、後ろからやってきた車が、まぶしいライトで足もとを丸く照らしながら、風を切るように走り去って行った。
「彼らが研究室にやって来たのは、海外の専門誌に投稿するつもりで、論文を一般向けに整理していた時でした」と、彼が強い口調で言った。「はじめ、私を訪ねてきた二人組の男は、同じ研究機関に所属する研究者という以外、詳しい正体を明かしませんでした。以前、科学雑誌に掲載された私の紹介記事を目にして、大いに興味を持ったということでした。人に理解してもらえなかった悔しさで、発見した法則の研究はやめてしまおうかと悩んでいた時期でしたので、私は数少ない理解者を得て、心強い味方を持った気持ちでした」
「君に、なにかをさせるつもりだったんだな 」と、私は彼を見ながら言った。「ありがとう。もう大丈夫だ」立ち止まった私は、彼の支えがなくても、十分並んで歩けるほど回復していた。
彼は、私を支えていた腕をゆっくりと離しながら、黙ってうなずいた。
「今から思えば、簡潔に理論の説明をする中で、彼らは私を試していたのだと思います。科学雑誌の記事にも、学会誌の論文にも書かなかった理論の展開や、利用方法のアイデアを、彼らは私に提案し、意見を求めてきました」と、彼は私の方を見て言った。「実は、その時にヒントを得たんです」
私は「ヒント……」と、彼の顔を覗きこむように言った。
「まるで、未来の話をしているようでしたよ」と、彼は言葉を途切り、考えるように言った。「自分達が見聞きしたような話しぶりでした。私が見つけた法則を利用すれば、地球の裏側であろうと、薄っぺらなドアを開けるだけで行き来できるようになる――。おそらく、研究室を訪ねてきた彼らは、真実の知識に直接触れてはいなかったとしても、それがどのようなものであるか、大まかな知識ぐらいは身につけていたのだと思います」
と、彼の顔が急に憎しみの色を帯びた。
「私の説明がひと通り終わると、彼らは互いに目配せし、態度を急変させました。彼らが私の研究室を訪ねてきた本当の用件は、私が発見した法則を、これ以上公表してはいけない、もっと研究が続けたければ、私達と同じ結社のメンバーになれ、ということでした。今さっき知り合ったばかりの人間から、私は理不尽極まりない要求を突きつけられたのです。『私達に逆らって、法則を公にするようなことがあれば、あなたが無事でいられるかどうか、保証することはできない』という忠告を残して、彼らは研究室を後にしました。研究の成果も認められず、気味の悪い連中からは圧力をかけられ、私は自暴自棄になったのかもしれません……反発を覚えた私は、忠告を無視して、書き上げた論文を専門誌に投稿したのです。しかし結局は、投稿した論文は掲載されませんでした。なんらかの圧力が加えられたのかもしれませんが、私自身も、デタラメな理論を吹聴していると教授達から後ろ指をさされ、その結果、所属していた学界からも、品位を落とすとして、ことごとく締め出されることとなってしまいました。それ以来、私の研究室を訪ねてくるのは、せいぜい落としかけた単位を欲しがる調子のよい学生か、なんとしても私を結社のメンバーにさせようと目論む、悪魔のような人間達だけになってしまいました……」
と、彼は大きくひとつ息をついた。
「私は、どんなに辱められようとも、結社に忠誠を誓うことを拒否し続けました」
ふつふつとたぎる怒りを、腹の底で押し殺しているようだった。
「業を煮やした連中は、あろう事か私の近しい人間にまでも、魔の手を伸ばしてきたのです。私は、覚悟を決めました。一人で、社会の深海に潜ることにしたのです。”神の杖”と名乗る結社と戦うために――」
朝霧が、濃く立ちこめた広い道路だった。時折、私達を追い越して、ライトを眩しく点灯させた車が走り過ぎて行った。
彼は、私と話しをしながら何度も後ろを振り返り、車のライトが近づくたび、腕を挙げて大きく手を振った。
数台の車に走り去られた後、向かい側を走ってきたトラックが一台、私達を通り過ぎたところでスピードを落とし、ゆっくりと停止した。
運転席の窓が開き、濃い無精ひげをたくわえたドライバーが一人、にょきりと顔を出した。
「なにかあったのか?」と、ドライバーが心配そうに言った。
「駅まで、乗せてくれませんか……」と、彼がトラックに駆け寄った。
ドライバーは、疑うような顔で私達を見た。彼の後に続いて近づく私の顔に目をとめると、ぎくりと眉間にしわを寄せるのがわかった。気後れした私は足を止め、顔をうつむかせた。
「二人だけか――」
「はい……」と、彼がうなずいた。わずかに顔を上げた私も、おびえたように小さくうなずいた。
「面倒はごめんだからな」と、ドライバーが念を押すように言った。「乗りな――」
「ありがとう」と、彼がドライバーに礼を言った。
助手席側にまわりながら、彼が私の肩をぽんと叩いて呼び止めた。
「よかった、まだ国内にいるようです。ちゃんと言葉が通じます――」
子供のように無邪気な笑顔を浮かべていた。
「――ひらめきの中から、私は偶然にもその種を見つけてしまいました。そしてとうとう、宇宙の法則を導くことに成功したのです。有頂天になった私は、すぐに大まかな成果を学会に発表しました。学内でも、学園祭の催しとして、公開で講義を行わせていただきました」と、彼は言葉を途切った。「しかしその反響は、私が予想していた以上にさんざんなものだったのです――」
不意に足もとがふらつき、後ろ向きに倒れかかった私を、彼が脇をかかえて支え止めた。
「大丈夫ですか」と、彼が私の顔を見ながら言った。
「――すまない」と、私は痛みをこらえながら言った。「誰もが驚くような発見は、はじめは誰にも理解されるもんじゃない――」
私は言いながら、いつだったか、同じことを誰かに言ったような気がしていた。
顔は見なかったが、私の体を支えてくれている彼が、ふっと笑ったように感じた。
「発見した法則はもとより、私自身の人格をも、否定されるような評価を受けてしまいましたよ……」と、彼は遠くを見るように言った。
ブロロロ―――と、後ろからやってきた車が、まぶしいライトで足もとを丸く照らしながら、風を切るように走り去って行った。
「彼らが研究室にやって来たのは、海外の専門誌に投稿するつもりで、論文を一般向けに整理していた時でした」と、彼が強い口調で言った。「はじめ、私を訪ねてきた二人組の男は、同じ研究機関に所属する研究者という以外、詳しい正体を明かしませんでした。以前、科学雑誌に掲載された私の紹介記事を目にして、大いに興味を持ったということでした。人に理解してもらえなかった悔しさで、発見した法則の研究はやめてしまおうかと悩んでいた時期でしたので、私は数少ない理解者を得て、心強い味方を持った気持ちでした」
「君に、なにかをさせるつもりだったんだな 」と、私は彼を見ながら言った。「ありがとう。もう大丈夫だ」立ち止まった私は、彼の支えがなくても、十分並んで歩けるほど回復していた。
彼は、私を支えていた腕をゆっくりと離しながら、黙ってうなずいた。
「今から思えば、簡潔に理論の説明をする中で、彼らは私を試していたのだと思います。科学雑誌の記事にも、学会誌の論文にも書かなかった理論の展開や、利用方法のアイデアを、彼らは私に提案し、意見を求めてきました」と、彼は私の方を見て言った。「実は、その時にヒントを得たんです」
私は「ヒント……」と、彼の顔を覗きこむように言った。
「まるで、未来の話をしているようでしたよ」と、彼は言葉を途切り、考えるように言った。「自分達が見聞きしたような話しぶりでした。私が見つけた法則を利用すれば、地球の裏側であろうと、薄っぺらなドアを開けるだけで行き来できるようになる――。おそらく、研究室を訪ねてきた彼らは、真実の知識に直接触れてはいなかったとしても、それがどのようなものであるか、大まかな知識ぐらいは身につけていたのだと思います」
と、彼の顔が急に憎しみの色を帯びた。
「私の説明がひと通り終わると、彼らは互いに目配せし、態度を急変させました。彼らが私の研究室を訪ねてきた本当の用件は、私が発見した法則を、これ以上公表してはいけない、もっと研究が続けたければ、私達と同じ結社のメンバーになれ、ということでした。今さっき知り合ったばかりの人間から、私は理不尽極まりない要求を突きつけられたのです。『私達に逆らって、法則を公にするようなことがあれば、あなたが無事でいられるかどうか、保証することはできない』という忠告を残して、彼らは研究室を後にしました。研究の成果も認められず、気味の悪い連中からは圧力をかけられ、私は自暴自棄になったのかもしれません……反発を覚えた私は、忠告を無視して、書き上げた論文を専門誌に投稿したのです。しかし結局は、投稿した論文は掲載されませんでした。なんらかの圧力が加えられたのかもしれませんが、私自身も、デタラメな理論を吹聴していると教授達から後ろ指をさされ、その結果、所属していた学界からも、品位を落とすとして、ことごとく締め出されることとなってしまいました。それ以来、私の研究室を訪ねてくるのは、せいぜい落としかけた単位を欲しがる調子のよい学生か、なんとしても私を結社のメンバーにさせようと目論む、悪魔のような人間達だけになってしまいました……」
と、彼は大きくひとつ息をついた。
「私は、どんなに辱められようとも、結社に忠誠を誓うことを拒否し続けました」
ふつふつとたぎる怒りを、腹の底で押し殺しているようだった。
「業を煮やした連中は、あろう事か私の近しい人間にまでも、魔の手を伸ばしてきたのです。私は、覚悟を決めました。一人で、社会の深海に潜ることにしたのです。”神の杖”と名乗る結社と戦うために――」
朝霧が、濃く立ちこめた広い道路だった。時折、私達を追い越して、ライトを眩しく点灯させた車が走り過ぎて行った。
彼は、私と話しをしながら何度も後ろを振り返り、車のライトが近づくたび、腕を挙げて大きく手を振った。
数台の車に走り去られた後、向かい側を走ってきたトラックが一台、私達を通り過ぎたところでスピードを落とし、ゆっくりと停止した。
運転席の窓が開き、濃い無精ひげをたくわえたドライバーが一人、にょきりと顔を出した。
「なにかあったのか?」と、ドライバーが心配そうに言った。
「駅まで、乗せてくれませんか……」と、彼がトラックに駆け寄った。
ドライバーは、疑うような顔で私達を見た。彼の後に続いて近づく私の顔に目をとめると、ぎくりと眉間にしわを寄せるのがわかった。気後れした私は足を止め、顔をうつむかせた。
「二人だけか――」
「はい……」と、彼がうなずいた。わずかに顔を上げた私も、おびえたように小さくうなずいた。
「面倒はごめんだからな」と、ドライバーが念を押すように言った。「乗りな――」
「ありがとう」と、彼がドライバーに礼を言った。
助手席側にまわりながら、彼が私の肩をぽんと叩いて呼び止めた。
「よかった、まだ国内にいるようです。ちゃんと言葉が通じます――」
子供のように無邪気な笑顔を浮かべていた。