「確かに、おれが駆けつけた時にはすでに、グレイの姿はなかったんです。その時にはもう、トムはあの有様で――」と、カッカはちらりとトムを見た。「なにも聞きだせなかったんですが」カッカは言葉を途切ると、ゆっくりとした落ち着いた口調で言った。「ひとつ気になることを口走っていたんです」
「なんて言ってたんだい。あたしに気を使うんなら、おかど違いだよ。そんなにあたしはやわじゃない」と、オモラは覚悟を決めたように言った。「さあ、あの子はどうしたんだい」
カッカは大きくひとつ息をつくと、言った。
「トムが言うには、狼男はグレイだったらしいです」
「――じゃ、トーマスをあんなふうにしたのは」
「いえ」と、カッカは急いで打ち消した。「ナイフの血が物語っているように、トムはグレイを刺したんです。それは間違いない。ただ、その後にグレイが狼男に変わったんですよ、刺した本人の目の前で――」
「で、あの子はどこへ――」
「わかりません。本当にグレイが狼男なのかさえ、オレは疑ってるんです。ねぇ、おかみさん。もしあいつが狼男だったとして、トムの目の前に姿を現したとして、はたしてなにもしないでどこかへ行っちまうなんてことが、あるんでしょうか」と、カッカは涙ぐんでいた。「あいつがもしも狼男でも、人を傷つけやしないなら、決してあいつは狼男なんかじゃない。おれはそう思いますよ」
オモラもまた、カッカ同様胸を熱くしていた。失くした腕が、うずくように感じた。オモラの見る向こうには、木々がさらさらと梢を鳴らしてそびえ立つ、黒々と深い森が広がっていた。
翌日、トムは狼男の疑いをかけられ、裁判にかけられた。昼間の町は、その裁判を見届けようとする人だかりで溢れかえった。
裁判は、教会の外で行われた。町の男達によって、錠をかけられたトムが引っ立てられてきた。そして、全身を白装束で覆った一団が、司教と共に現れた。
司教が罪状を読み上げている間、トムは気が触れた笑みを浮かべ、時に奇声を上げて、見ている者を気持ち悪がらせた。次に証人が呼びあげられ、一人ずつ、父兄に付き添われて証言を始めた。アル、チャールズ、そしてジャックが、昨夜の一部始終を語った。最後に、アリエナが前に出た。
アリエナの証言は、三人とは異なっていた。一斉に観衆がどよめいた。アリエナは、トムだけが狼男なんじゃない、そう言った。ここにいる三人、そしてトーマスもまた、トムとダイアナを死に至らしめた、と主張した。
「トーマスはトムが殺したんじゃない。トーマスは、わたしを刺そうとするトムと一緒になって、わたしを羽交い締めにしていたの。わたしが助けてともがいていると、わたしの犬が駆けてきて、トーマスの腕に噛みついたのよ。そして、ここに来ている三人も、黙ってその様子をうかがっていたわ。三人とも、わたしを助けようなんてちっともしなかった。トムだけを悪者にするなんて、ひどすぎるわ」