JDさんのブログ

頑張りたくても自律神経の乱れであまり無理はできず…。日々の発見や不安について書いてます!

少しずつ

2020-05-10 13:35:56 | 日記
こんにちは。

久しぶりに早い時間に更新している気がします。

ただ今日の内容も昨晩と同様私の独り言なので特に有益な情報はありません。

私の感情のはけ口です。

以下私の人には言えない本心です。


結局昨日の夜もなかなか寝付けず、薬を飲んでから寝ました。

今回は10錠飲みました。

1シート、なんとなくプチプチしてそのままです。

体に変化が起きる前に眠くなってしまって、寝てしまいました。

一昨日ほとんど寝られなかったせいもあると思います。

あっという間に寝て、起きたら朝でした。

久しぶりに8時間続けて寝られたような気がします。

最後に薬を飲んだ時と一緒です。

odをした後はなぜかよく寝られます。

それが薬のおかげかどうかは定かではありません。

ただ、薬をちょっと多めに飲めば寝られるような気がする。

それだけで十分odをする理由になっているのです。


ちなみに、昨日odをしたのにこんな時間にブログを更新できるくらいには何も起こりませんでした。

薬に体が慣れてきたのかもしれません。

立ちくらみや朝起きてすぐの頻脈はいつものことなのできっと薬は関係ありません。

いつもよりもぐっすり寝られて、むしろ体調は良いほうだと思います。

悲しい話ですね。

そうやって薬を飲んだほうが体調がいいような気がするという思い込みから薬にはまっていくんだと思います。

ただ、別に過剰服薬で死にたいとはこれっぽっちも思っていないので、気を付けようと思います。

いつもよりもぐっすり寝て、自傷衝動を落ち着かせたいだけですから。

正直自傷衝動が満たされさえすればリストカットでなくてもいいのです。

腕をひっかくもよし、薬を飲むのもよし。

結局私の根底にある自傷衝動は中学生のころから何ら変わっていないようです。


それはなぜなのか。


①そもそも自傷行為に走った理由

②自傷行為が悪いことだと思えない理由

③人に頼るのが怖い理由


これら3つの理由に分けて考えていきたいと思います。

①と②は、自傷衝動に直接関係していることですが、一見関係がないように見える③も自傷衝動につながっていきます。

自分を見つめなおすためにも、これらを整理してみようと思います。


①そもそも自傷行為に走った理由

それは「自分は傷つけてもいい対象だと思った」ことです。


人には無条件で迷惑をかけていい人がいます。

そもそも相談すること、頼ることが迷惑だと思わなくていい人がいます。

それが「家族」であり、「親」だと思います。

家族なんだから、それ以外の他人よりも頼っていいはずです。

そうやって頼る練習をしていくんだと思います。

そしてそのうちそれが友達になったり、彼氏になったりするのではないでしょうか。

でも、私は親を頼ることができませんでした。

今も、死にたいと思うこと、リスカのこと、odのこと、体調のこと・・・何も言えません。

一番つらかった中学生の頃は頼れなかった上に、学校を休むことで責められてばかりでした。

ただでさえ無視をされ、悪口を言われて傷ついていたのに、ついには親からも傷つけられたのです。

「親ですら傷つけてくるんだから、自分が傷つけても問題はない」

これが私の出した結論です。

言うまでもなく、この結論が自傷行為最大の理由です。

しかし、理由はこれだけではありません。


②自傷行為自体が悪だと思えない理由

自分は傷つけてもいい、という気持ちからはじめた自傷行為ですが、どうしても自傷行為は悪だと思えないのです。

その理由は、自傷行為によって人に頼るのと同じ感情を抱いたことにあります。


私はいろいろな場面で無理をしたり我慢をしたりすることに慣れてしまったせいか、人に頼ることへの強い抵抗感があります。

お姉ちゃんだから、とか熱を出したら「また面倒だって思われちゃうかな」と思って人に言えなかったとか。

理由は様々ですが。

そんな風に我慢を重ねるうちに、人に頼ることをしないまま中学生になってしまいました。

そして中学生で壁にぶつかったとき、私は自分を傷つけることでストレスを解消してきました。

私は、誰かに頼ることの代わりに自傷行為をしていたのです。

だからこそ、自傷行為というのは人に頼ることと同じで、そのおかげで辛いことを乗り越えられたんだから悪いものではない・・・そう思ってしまいました。

そのせいでなおさら自傷行為にのめりこんでいったのだと思います。


ただ、自傷行為に走るくらい辛い出来事があったからか、助けてくれる人が現れました。

部活の先輩であったり、保健室の先生であったり、たくさんの人に頼らせてもらいました。

しかし、私は未だに頼るのが怖くて仕方がないのです。


③人に頼るのが怖い理由

①では私は自分は傷つけてもいいから自傷行為をした、と書きました。

ただ、自傷行為をすればするほど自尊心は失われていきました。

自傷行為で傷ついたのは腕だけではなかったんです。

自分の心そのものも傷つけてしまい、自分に価値がないと思い込んでしまったのです。

結果、人の優しさを素直に受け取るのが難しくなってしまいました。


私は人に頼ることを覚えてから、何度も人を頼ってきました。

何時間も話を聞いてもらったり、忙しい先生に相談をしたり。

ただ、心の中ではいつも申し訳ないと思ってきました。

いくら相手が「いつでも話を聞くよ」と言ってくれたとしても。

自分のことを受け入れてくれる人の気持ちすら素直に受け取れないんです。

本当は助けてほしいのに。

頼っていいんだよって言われたらすごくうれしいのに。

その言葉を信じて頼れない。

決して疑っているわけではないのですが、信じるのが怖いのです。

自分にはそこまでしてもらう価値がないから。

学校の先生であれば、「生徒の話を聞くのも仕事のうち」ともっともらしい理由をつけて何とか自分を納得させていますが、それもごまかしでしかありません。

ずっとずっと、申し訳ないと思っています。

誰かに話を聞いてもらうことで心が軽くなるのは事実です。

それで幾度となく助けられてきました。

でも、誰かに相談した後に「また頼ってしまった・・・」と頼った自分自身に嫌気がさすのです。

そうやって自己嫌悪に陥るくらいなら自傷行為をするほうが幾分かましだと思ってしまいます。

「自傷行為をしてしまった」という後悔は自分のことでしかありません。

頼ってしまった、と思っている時は相手に迷惑をかけてしまったことに対して罪悪感を抱いていますが、自傷行為の場合は「また傷が増えた」という後悔でしかないからです。

自分より他人のほうが価値がある。

他人に迷惑をかけたり傷つけたりするくらいなら、自分が傷つくべき。

そう思っている以上、自傷行為のほうを選ばずにはいられないのです。


ここまでが私の自傷衝動の原因です。

今までずっと理由がわからないままに自傷行為を繰り返してきました。

確かに、高2から2年の間「腕を切ること」は我慢できていました。

ただ、その代わりにシャーペンや爪で腕をひっかいていました。

自傷衝動自体を抑えることができなかったからです。

でも、今日本当の理由がわかったような気がします。

それだけで大きな進歩だと思います。

私が自傷衝動を無くすためには誰かに頼るしかありません。

書いてみて思いましたが、私の自傷行為の原因は「悩みを話せない」ことにあるからです。

最初に親に頼れていれば、せめて自傷行為を始める前に誰かに頼れていれば、そして・・・頼っていいよっていう言葉を信じて頼れていれば。

ここまでのことにはならなかったんじゃないかと思います。

これだけ機会を逃してきたのだから、そう簡単には乗り越えられないような気がします。

今日をきっかけに完全に自傷行為をやめられるとは思えません。

きっとこれからも自傷衝動の戦いは続いていくんでしょう。

ただ・・・これからは誰かの言葉をもう少し信じて、少しずつでも頼っていこうと思います。


『ああ 今日も少しずつ生きていこう』

今の気持ちには大好きな傘村さんの言葉がぴったりです。




13:35に編集を始めて、現在時刻なんと16:33。

この文章、途中からテイストが変わっていますが、本来は全部私の感情の書きなぐりでした。

それをちょっと読みやすくしていたらこれだけの時間が経ってしまったようです・・・。

何度も文章の順番を入れ替えたのにあんまり納得のできる出来ではありません。(´;ω;`)

でも、これなら私の考えていることが少しわかりやすいかな、とは思います。(笑)


3時間も考えていたら疲れたのでそろそろご飯にしたいと思います。(笑)

では、行ってきます。