ささやんの天邪鬼 ほぼ隔日刊

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

歯科医院で闇を見た

2018-08-30 11:01:10 | 日記
五感ーー。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。これら5つの感覚のうち、1つ
が欠けただけでも、人は大きな制約を受ける。きのうは歯科医院に出かけ、
ガーガー・シューシューの「口内工事」を施してもらったのだが、そこで私
が痛感したのは、このことだった。工事が始まってすぐ、私の目に覆いが掛
けられた。その途端に私は、自分がどういう状況におかれているか、自分が
どういう処置を施されているかがまったく「見え」なくなり、深い闇の中に
突き落とされた感覚の中で、途轍もなく大きな不安にとらわれたのである。

視覚が制約されると、行動も制約を受ける。私は片麻痺のせいで身体を自由
に動かすことができない。自由に周囲を見回すことができない。それだけで
私は、自分がどういう光景の中にいるのかが「見え」なくなり、そのせいで
か、行動の自由が奪われたみじめな気分になってしまうのである。

感覚の欠損は行動だけでなく、我々の意識の有り様にも大きな影響を及ぼ
す。今はだいぶ減ったが、脳出血で倒れて間もなく、リハビリ病院に入院し
ていた頃は、左足の靴を脱がないままベッドに横になってしまうことがよく
あった。左足が麻痺して、その感覚がないために、左足の靴がどうなってい
るかが意識に上らず、「靴を脱がなければ」と思うこともない。片麻痺の患
者は大半が「半側空間無視」という症状にとらわれるが、これが私の場合は、
「左足の靴の着脱無視」という形で出たということである。

感覚の欠如が意識に重大な影響を及ぼす、ーーこれは何も人間だけに限った
ことではないようだ。きょうの新聞のコラムに、「ノドグロ」という魚の養
殖をしている人の体験談が書かれていた。それによれば、養殖場の電源を落
とし、暗闇にすると、ノドグロたちはパニックに陥り、壁面に衝突して死ん
でしまうという。このノドグロたちの行動は、視覚の欠落によって引き起こ
されたものなのだろうか。周囲が真っ暗になることでノドグロたちが感じた
ものは、そもそも「視覚」というカテゴリーに分類できるものなのだろう
か。

視野を人類以外の動物にまで広げれば、他の動物は五感に限らず、10感、
20感と持っているかも知れない。20種類の感覚を持つ動物には、五感し
か持たないニンゲンは、さぞかしまだろっこしい生き物に「見える」に違い
ない。
コメント
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