筑紫文化財研究所

筑紫における歴史的文化の探求と漫遊

明治初年の博多人形

2014-01-12 12:47:46 | 人形

九州郷土玩具資料館資料より

左が明治3年、右が明治4年の博多人形。
ほぼ幕末頃に生産されていたものです。
人形売りの図を描いた仙義梵(せんがいぎぼん )
の没年が天保8年(1837年)ですから約30年後頃のものになります。
職人としては1世代後のものといえます。
博多の土人形はその間に天神様や西行さんなどの信仰ものから発展し、
歌舞伎や義太夫などの物語の登場人物がモチーフとして採用され、
肥後の技術などを取り入れて大型化するなどの変革がありました。