ゆっくり行きましょう

気ままに生活してるシニアの残日録

團菊祭五月大歌舞伎(昼の部)を観る

2024年05月12日 | 歌舞伎

今月も歌舞伎座昼の部の公演を観ることにした、今回も3階A席、6,000円、この日の3階は結構埋まっていた。相変わらずおばさま方が多い。

「團菊祭」とは、明治の劇聖と謳われた九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の偉業を顕彰するために昭和11年に始まり、戦後は昭和33年に復活、近年の歌舞伎座では五月興行の恒例の催しとして上演されてきたもの

一、鴛鴦襖恋睦(おしのふすま こいのむつごと)

河津三郎/雄鴛鴦の精(松也)
遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精(尾上右近)
股野五郎(中村萬太郎、1989、萬家、時蔵の息子)

本作は、河津と股野が相撲の起源や技に託して恋争いを踊る「相撲」と、引き裂かれた鴛鴦の夫婦の狂おしい情念を見せる「鴛鴦」の上下巻で構成されている

源氏方の河津三郎に相撲で敗れた平家方の股野五郎は、約束通り遊女喜瀬川を河津に譲る。しかし股野は、かねてからの遺恨を晴らすため、河津の心を乱そうと酒に雄の鴛鴦(おしどり)を殺した生血を混ぜる。やがて泉水に、雄鳥の死を嘆き悲しむ雌鳥の精が喜瀬川の姿を借りて現れ・・・

この河津三郎というのは、河津三郎祐泰といい、二人の息子がいた、兄を十郎祐成、弟を五郎時致といった、これが仇討ちで有名な曾我兄弟である。仇討ちは、曽我兄弟の祖父伊東祐親(すけちか)が工藤祐経(すけつね)の所領を横領したため、祐経はその恨みから狩に出た祐親を狙うが、誤って子の河津三郎を殺してしまう、その18年後、成長した曽我兄弟は、源頼朝が富士の裾野で大がかりな狩りをおこなっていた際、工藤祐経を殺害し、仇討ちを果たした。その曽我兄弟の父、河津三郎はこの演目では善人であり、股野五郎が悪人を演じている。

この演目は、曽我兄弟の仇討ちとは全く関係なく、「相撲」と、「鴛鴦」の上下巻で構成され、華やかな歌舞伎の様式美を楽しむ舞踊劇である、特に今回は若手3人による鴛鴦の精が本性を現す「ぶっかえり」などの華やかな演出が大変良かった。なお、この演目では前半の「相撲」では長唄連中が、後半の「鴛鴦」では常磐津連中が演奏していた、私が贔屓にしている長唄の杵屋勝四郎は出演していなかったが立三味線の巳太郎さんが出ていたように見えた

四世市川左團次一年祭追善狂言
二、歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)

粂寺弾正(くめでら だんじょう)(市川男女蔵、1967、瀧野屋、左團次の息子)
小野春道(菊五郎)館の主人
小野春風(鴈治郎)春道の息子
錦の前(市川男寅、1995、瀧野屋、男寅→男女蔵→左團次となる)館の一人娘
腰元巻絹(時蔵)
八剣玄蕃(又五郎)数馬の父、短冊を盗む
八剣数馬(松也)反乱派の家臣の息子
秦民部(権十郎)秀太郎の兄
秦秀太郎(梅枝)忠臣派の家来の弟
小原万兵衛(松緑)
乳人若菜(萬次郎)
後見(團十郎)

小野小町の子孫、春道の屋敷。家宝である小町の短冊が盗み出されたうえ、姫君錦の前は原因不明の髪の毛が逆立つ病にかかり床に伏せっている。そこへ、姫君の許嫁文屋豊秀の家臣、粂寺弾正が様子をうかがいにやって来る。さらに、屋敷に小原万兵衛が押しかけてきて、腰元だった小磯が春風のお手つきで暇を出された挙句、亡くなったという。

これらを見た弾正は、姫の奇病の仕掛けを見破り、両家の縁談を破談にしようとする陰謀を暴く、これらを仕組んだのは玄蕃の一味だった、なお、毛抜というのは、姫君の病の原因を突き止めるきっかけとなったもの、弾正が座敷で毛抜きを使うと、動いた、それで天井で何かやっていることに気付く、というもの。

この演目は、昨年4月に亡くなった四世市川左團次一年祭追善狂言として演じられたもの、主役は粂寺弾正であり、これを務めたのは左團次の息子市川男女蔵である。男女蔵の息子が男寅であり、親子そろって祖父の追善公演に出演できたのを観て、亡くなった左團次もさぞかし喜んでいることだろう

この追善に華を添えるように、團十郎が後見で出演し、菊五郎、時蔵、松緑、鴈治郎などそうそうたるメンバーが勢ぞろいした素晴らしい公演であった。そして、今日の歌舞伎座では2階のロビーに在りし日の左團次の大きな写真が何枚も飾ってあった。

河竹黙阿弥 作
三、極付幡随長兵衛(きわめつき ばんずいちょうべえ)
「公平法問諍」(きんぴらほうもんあらそい)

幡随院長兵衛(團十郎)
女房お時(児太郎)
水野十郎左衛門(菊之助)
加茂次郎義綱(玉太郎)、坂田金左衛門(九團次)、坂田公平(片岡市蔵)、唐犬権兵衛(右團次)、渡辺綱九郎(家橘)、極楽十三(歌昇)、雷重五郎(尾上右近)、神田弥吉(廣松)、小仏小平(男寅)、閻魔大助(鷹之資)、笠森団六(莟玉)、下女およし(梅花)、御台柏の前(歌女之丞)、伊予守頼義(吉弥)、出尻清兵衛(男女蔵)、近藤登之助(錦之助)

江戸時代初期、浅草花川戸に実在し、日本の俠客の元祖と言われた幡随院長兵衛を主人公にした物語、その中でも本作は九世團十郎に当てて河竹黙阿弥が書いた「極付」とされる傑作。町人の意地と武士の面子を賭けての対決、柔術を組み入れた立廻りなど、江戸の男伊達の生き様を描いた世話物、江戸随一の俠客、幡随院長兵衛と旗本「白柄組(しらつかぐみ)」の水野十郎左衛門の対決を通じて俠客、幡随院長兵衛の男気を描いたもの

公平法問諍とは劇中劇で、長兵衛と十郎左衛門が芝居小屋でこの演目を観劇中に後に問題となる騒ぎが起こった、公平法問諍の公平とは「きんぴら」と読む。劇中劇で源頼義の家来を演じているのが坂田公平であり、主君が息子の加茂義綱を出家させようとするのを懸命に止めようとし、そそのかしている坊主を相手に、仏教や出家の根本的意義について問答をするのが、公平問答である。

この公平の父は坂田金時といい、源頼光の部下で「頼光四天王」と呼ばれた4人のうちの一人である。坂田金時は怪力無双の勇士、これが有名な「金太郎」であり、息子の公平は頼光の甥にあたる源頼義の臣下として新たに四天王を名乗り活躍するうちの一人となる。公平(きんぴら)は伝説上では、とても強く勇ましい人物だったと伝えられて、やがて人々は、「強いもの」「丈夫なもの」を「きんぴら」と呼ぶようになり、歯ごたえが強く、精がつく食べ物である「きんぴらごぼう」の語源となった、とイヤホンガイドで解説していた。

この演目の見どころは何といっても当世團十郎の演技だろう、菊之助演じる旗本奴が江戸で乱暴狼藉の限りの振る舞いをして町人から嫌われているが怖くて文句も言えないという状況で、「いい加減にしろ」と言って注意をし、やっつける侠客(町奴)を演じているからだ。

この侠客の親分である長兵衛の普段の仕事は人のあっせん稼業、今でいう派遣会社だ。イヤホンガイドでは、地方の大名が江戸に参勤交代に行く際、幕府から言われた人数を国許から連れて行くと金がかかるので、最少人数で出発して、江戸の近くで長兵衛のようなところに人の手配を依頼して人数を揃えて間に合わせていた、と説明していた。

この演目では、長兵衛も武家出身だが、旗本奴のほうが格上であり、長兵衛らが日ごろ町人たちに人気があり自分たちが悪者にされているのを気に食わないと思っていた、そこに今回の公平法問諍で長兵衛に恥をかかされて、ついに長兵衛一人を水野十郎左衛門の宴席に招待し、そこで殺してしまおうとする。長兵衛はそうなることを分かったうえで、その誘いを断れば、日ごろ町人の前でかっこいいことを言っていながら水野の誘いには逃げた意気地なしだ、と言われることは侠客として絶対にできないと引き留める子分や家族を説得して、水野の屋敷に死を覚悟して乗り込んでいく、なんともカッコいいではないか、最初の公平法問諍の場面では客席の中から突然現れて劇中劇の舞台にさっそうと登場する粋な演出もある

今日の團十郎は、水野との問答や立ち回りなど、江戸の荒事歌舞伎の派手さと粋を実にうまく演じていた、團十郎を襲名してからだんだんと團十郎の名にふさわしい演技になってきたと感じた、立場が人間を作る、そんな印象を今日は持った。今日の演目では、こんな役が團十郎に一番ふさわしいと思った、助六もそうだ、粋でいなせでやせ我慢でも男気があるところを見せる人情家、そんな役が似合うようになってきた。

さて、今日の歌舞伎の幕間の食事だが、いつものように銀座三越デパ地下に行き、だし巻き弁当で有名な京都大徳寺さいき屋の「さば寿司だし巻弁当」1,404円にし、甘味はこれも京都の仙太郎「みなずき白」、嫁さんは「おはぎきなこ」にした。いずれもおいしかった。

 


四月大歌舞伎(昼の部)を観る

2024年04月25日 | 歌舞伎

歌舞伎座で四月大歌舞伎昼の部を観てきた。座席はいつもの3階A席、6,000円、リーズナブルな値段で楽しめる良い席だ、新国立劇場の4階席より舞台がずっと近く見えるので毎月に観に行く人はこの席が一番良いと思う。ただ、オペラグラスは持って行った方がよいでしょう。今日の3階席はななり空きが目立った、7割くらいの入りか。11時開演、15時30分終演。

双蝶々曲輪日記(引窓)(1時間13分)

出演
濡髪長五郎(尾上松緑)
母お幸(中村東蔵)
南与兵衛後に南方十次兵衛(中村梅玉)
女房お早(中村扇雀)
平岡丹平( 松江)
三原伝造(坂東亀蔵)

義太夫狂言の名作である、「双蝶々(ふたつちょうちょう)」と言う題名の由来であるが、濡髪長五郎と放駒長吉(「引窓」には出てこない)という、二人の「長」の字を名にもった角力取りを主人公にしていることに由来し、喧嘩早い角力取りの達引(たてひき、義理や意気地を立て通すこと)を中心とした話、「曲輪(くるわ)」とは、山崎屋与五郎と遊女・吾妻(両方とも「引窓」には出てこない)、与兵衛と遊女・都(後に身請けされ、お早となる)という二組のカップルの大阪新町の廓での色模様を描いたことから名づけられた。

母お幸のところに、幼い頃に養子に出し相撲取りになっていた実の息子濡髪長五郎が戻ってくるが何か浮かない顔、再婚して義理の息子与兵衛がいる、浪人であったが郷代官に任ぜられ、初仕事が人を殺めた長五郎の捕縛、家に帰ってくると長五郎がいることを知り、とらえて手柄をあげるか見逃すかで悩む。

「引窓」とは屋根に空けた採光用の空間、滑車と紐が付いていて、紐を引いて窓を閉じ、紐を離すと窓が開く。窓が開いて部屋が明るかったとき、手水鉢の水に二階にいた長五郎の姿が映って二階にいることがバレる。

見所としては、母親と実の息子、義理の息子とその妻(扇雀)のそれぞれが相手を思いやるばかりに、それぞれが義理と人情の板挟みになり葛藤する、そして郷代官に任ぜられた義理の息子がすべてを悟り、誰の顔も立つ捌きをする、というところ。

中秋の名月の前日、満月の出た夜、翌日に石清水八幡宮の放生会(ほうじょうえ、捕らえられた生き物を解き放つ)を控え、引窓から入る満月の月明かりと放生会が物語の「鍵」となるよく考えぬかれた筋書きである。

出演者が少ない演目なのでじっくり演技を見られた、東蔵、松緑、梅玉、扇雀がそれぞれいい持ち味を出していた。

七福神(18分)

出演
恵比寿(中村歌昇)
弁財天(坂東新悟)
毘沙門(中村隼人)
布袋(中村鷹之資)
福禄寿(虎之介)
大黒天(尾上右近)
寿老人(萬太郎)

福をもたらす賑やかな舞踊である、若手の踊りで目を楽しませてくれた。

夏祭浪花鑑(並木千柳 作、三好松洛 作)
(序幕住吉鳥居前の場、二幕目難波三婦内の場、大詰長町裏の場)(2時間)

団七九郎兵衛/徳兵衛女房お辰(片岡愛之助)
団七女房お梶(中村米吉)
伜市松(秀乃介)
三河屋義平次(嵐橘三郎)
一寸徳兵衛(尾上菊之助)
玉島磯之丞(中村種之助)
傾城琴浦(中村莟玉)
釣船三婦(中村歌六)
おつぎ(中村歌女之丞)
下剃三吉(坂東巳之助)
大鳥佐賀右衛門(片岡松之助)

大坂で実際に起こった事件をもとに、浪花の俠客、魚屋の団七の生き様が描かれる義太夫狂言

  • 喧嘩沙汰から牢に入れられていた団七、女房お梶と息子市松は、釣船三婦とともに出牢を許された団七を住吉神社の鳥居前で迎える。団七夫婦は、大恩人の息子である玉島家の跡取りの放蕩息子磯之丞と身請けした琴浦の面倒をみているが、磯之丞は奉公先の番頭の伝八を殺めてしまい窮地に陥る(住吉鳥居前の場)
  • 義理と人情に厚い団七は、大恩人の息子である磯之丞と琴浦の危難を救うため、釣船三婦や義兄弟の一寸徳兵衛、徳兵衛女房お辰らと奔走し、磯之丞をしばらく大阪から離れさせることにした(難波三婦内の場)
  • そこに強欲な舅の義平次が琴浦を大鳥佐賀右衛門に渡して金をもらおうとするので、団七はついに大阪の高津神社のお祭りの日に義平次と諍いになり、ついに・・・(大詰長町裏の場)

この演目は昨年、博多座の公演のテレビ録画で観た、その時の団七、舅の義平次、釣船三婦は今回を同じメンバーだった(その時のブログはこちら)。もう慣れたものだろう。

自分がよかったと思う見所は、

  • 住吉鳥居前の場では、団七の女房のお梶を演じた中村米吉の演技である、若手女方では一番好きだ、女の色気を感じるし、声も通って聞きやすいし、身のこなしもうまいと思う、ただ、そんなに出番は多くなかったのが残念だ
  • 難波三婦内の場では、徳兵衛女房お辰(愛之助)が磯之丞の玉島への帰還に同行してほしいと釣船三婦の妻おつぎから言われて了解した後、三婦から美人であるお辰が同行して間違えがあってはいけないと反対される、するとそばにあった火鉢で自分の顔の一部を焼き、そんな間違えなど起きないので同行すると言う場面
  • 大詰長町裏の場(泥場)は、もうこの場全体がこの演目の最大の見所であろう、団七は琴浦を金儲けに利用しようと連れ去ろうとした義父を止めたが、言い争いになる、団七は昔義父に助けられた恩がある、そして親でもある、しかし義父の義平次は金に汚くどうしようもない人物、恩着せがましいことを言われ、団七は苦し紛れに30両持っているのでそれで勘弁してくれと言うが、その嘘がバレて更にののしられるとついに刃傷沙汰に、義父を切りつけ泥沼に落とし、自分も泥だらけになる、表通りには祭りの竿灯傘が提灯のあかりを綺麗につけて通り過ぎる、修羅場とまつりの灯りのコントラストが素晴らしい

今回、愛之助は団七と徳兵衛女房お辰の二役を演じた八面六臂の活躍だった、最後の泥場では実際の水をかぶるなど迫力ある演技を見せてくれた。もうすでにこの演目を十八番にしているようだ。また、団七の義父義平次を演じた嵐橘三郎(1944、伊丹屋)もこの演目と得意としているのではないだろうか、実にうまく憎まれ役を演じていた。2時間という長い演目だが、3場に別れており、変化もあり見所も多く言い演目だと思った。

さて、観劇の際のいつものお楽しみ、幕間の昼食だが、いつもの通り開場前に銀座三越のデパ地下に行き、今月は地雷也の天むす(花てまり、1,080円)にした。現役の頃、名古屋出張の帰りによく買って、新幹線の中で食べたものだ。甘味は仙太郎の柏餅にした。

よい1日でした


「猿若祭二月大歌舞伎」を観に行く

2024年02月05日 | 歌舞伎

歌舞伎座の「猿若祭二月大歌舞伎」初日の昼の部を観てきた。費用は2人で12,000円、座席はいつもの3階のA席。前から5列目。見える範囲でほぼ満席だった。客は圧倒的におばさま方が多かった。1時開演、3時50分終演。

この猿若祭とは初世猿若勘三郎が江戸で初めて歌舞伎を始めた伝説を記念する興行。昭和51年を最初に折節開かれ、今回が5度目。初世勘三郎は江戸で初めて幕府の許可を得て櫓をあげ猿若座(後の中村座)を作った。猿若勘三郎はその後中村勘三郎を襲名し中村勘三郎家の祖となる。江戸歌舞伎発祥のいわれを踊る「猿若江戸の初櫓」が上演演目にあるがこれは夜の部なので今回は観れなかった。そして今回の猿若祭は2012年に57才の若さで亡くなった十八世中村勘三郎十三回忌追善でもある。

初日の今日は開場前に劇場正面玄関前で公演の開幕を告げる「一番太鼓の儀」が行われ、中村勘九郎が挨拶することになっていたが、歌舞伎座到着が時間に間に合わず観れなかった。

一、新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)野崎村(1時間15分)

久作娘お光:鶴松(28、中村屋)
丁稚久松:七之助
百姓久作:彌十郎
油屋娘お染:児太郎(30、成駒屋、中村福助息子)
後家お常:東蔵

この演目はいわゆる男女の心中もの。油屋の一人娘のお染と手代の久松(ひさまつ)との心中事件は実話で、当時かなり話題になり、これを題材にした作品がいくつも作られた。これはその代表作。ただ今日見取り上演される野崎村の中では心中場面はない。

タイトルの「新版歌祭文(しんぱん うたざいもん)」の「祭文」というのは、その名の通り「お祭りの文句」。神社での祈祷の際の祝詞(のりと)の一種。独特の節回しだったので、この節に合わせてセリフを付けていろいろ歌ってあるく芸能が発達し、これを「歌祭文」と言った。主に語られたのが、男女の情事や心中を語る内容だった。この「お染久松」の心中もこの「歌祭文」のネタになっていた、という下地をもとに、この作品は書かれた。今までの歌祭文の内容や、歌舞伎や浄瑠璃の先行作品を基にしながら、新しい設定や展開も盛り込み、より完成度を上げたため、「新版」とついている。

この演目に興味を持ったのは今日上演される野崎村という幕の名前のためだ。私の好きな宮尾登美子著「きのね」は第十一代市川團十郎をモデルにした小説で、その團十郎に嫁いだのは女中上がりの光乃だ。光乃が初めて女中として團十郎家に採用された際、まわりのものから光乃だから「お光」であり、お光とは歌舞伎の世界では野崎村にでてくる「お光」のこと、その過程を省いて「野崎村」と呼ばれたのだ。初めてこの小説を読んだとき、その野崎村の意味をわからずに読んでいたが、あとで歌舞伎演目の野崎村と知ったため、いつか観たいと思っていた。文楽の野崎村はテレビで観たことがあるが歌舞伎は今回が初めてである。

野崎村の百姓久作の家では娘お光と養子の久松との祝言を控え、うれしさを隠しきれないお光が婚礼の準備に勤しむ。そこへ訪ねてきたのは、久松が奉公する油屋の娘お染。実はかねてより久松とお染は恋仲で、一緒になれないのならば心中しようと誓い合っていた。そんな二人の覚悟を知ったお光は身を引く決意をするという悲恋。

せっかくお光が身を引いたにもかかわらず、お染と久松は結局最後に心中する(野崎村の幕ではお光が身を引くところで終るのでそこまでわからない)。いったいどうなっているの、と言う感想を持った。これではお光があまりにかわいそうではないかと思った。

お光は中村勘三郎が得意としていた演目だ。そのお光を今回演じた中村鶴松は一般家庭から歌舞伎界入りした異色の存在で、精進を重ねた結果、今では中村勘三郎家の三男と言われるまでになり、今回の猿若祭の野崎村では主役に抜擢された。すごいものだ、まだ28才だ。今日の演技も立派なものだった。てっきりお光は七之助が演じているものと思っていたが、鶴松だったので驚いた。また、七之助が立役を演じているのは初めて観た。

二、釣女(つりおんな)河竹黙阿弥 作(30分)

太郎冠者:獅童
大名某:萬太郎(34、萬屋、時蔵息子)
上臈:新悟
醜女:芝翫

三、籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)三世河竹新七 作(2時間)
(序幕吉原仲之町見染の場より大詰立花屋二階の場まで)

佐野次郎左衛門:勘九郎
兵庫屋八ツ橋:七之助
兵庫屋九重:児太郎
下男治六:橋之助
兵庫屋七越:芝のぶ
兵庫屋初菊:鶴松
遣手お辰:歌女之丞
女中お咲:梅花
若い者与助:吉之丞
絹商人丈助:桂三
絹商人丹兵衛:片岡亀蔵
釣鐘権八:松緑
立花屋女房おきつ:時蔵
立花屋長兵衛:歌六
繁山栄之丞:仁左衛門

「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」は勘三郎の当たり役の一つ、江戸時代中期、享保年間に吉原で実際に起きた衝撃的な事件を劇化した作品。十八世勘三郎が襲名披露狂言でも演じた。佐野次郎左衛門を初役で務めるのは勘九郎。下野国佐野の絹商人で、江戸で見かけた花魁、八ツ橋の美貌に魂を奪われる。次郎左衛門は、江戸に来るたびに八ツ橋のもとへと通い、遂には身請け話も出始めるが、八ツ橋には繁山栄之丞という情夫がいて、ある日、次郎左衛門は八ツ橋から突然、満座の前で愛想尽かしをされる。打ちひしがれて国許へ帰り、数カ月後、再び吉原に現れた次郎左衛門がやったことは・・・・

八ツ橋は初役で七之助が務める。

籠釣瓶とは刀の名前、この刀は籠で作った釣瓶のように「水も溜まらぬ切れ味」で一度抜くと血を見ないではおかない、という因縁のある妖刀村正。花街とは吉原のこと、そして酔醒とは酒の酔いを冷ますこと、酔いが冷めるようなことが起ったという意味か。

この演目は一度歌舞伎座で観たことがある。人気がある演目なので何回も上演されているのだろう。その時の佐野次郎左衛門は確か中村吉右衛門が演じていたと思う。吉右衛門の得意な演目だったが勘三郎も得意としていたようだ。

演技時間が2時間と長いが、その長さを感じさせない面白さがあった。ストーリー自体がわかりやすいし、途中、場面転換が4、5回あり、観ている人を飽きさせない工夫があり、また出演者も豪華メンバーだったからか。その中でも最初の場面は吉原の街の華やかさ、花魁道中の絢爛豪華さが充分でていて次郎左衛門でなくても充分刺激的な印象を受ける。イヤホンガイドで、廓(遊郭)というのはその街を取り囲んでいる壁を言い、花魁が逃げ出させないようにするために設置しているものだ、との解説があったのがリアルに感じた。

勘九郎の次郎左衛門は父勘三郎に匹敵するような必死な演技ぶりだった、七之助の八ツ橋や妖艶であった。兄弟でこの演目の主役を演じているのを観て勘三郎もさぞかし喜んでいることだろう。

さて、今日の幕間の食事は歌舞伎観劇時の食事の定番、銀座三越の地下の日本橋弁松総本店の弁当にした。並六赤飯弁当(1,500円だったか)。弁松と言う店は以前には歌舞伎座前に木挽町辨松という店もあった。のれん分けかどうかはわからないが、日本橋弁松と同じような弁当を売っていたがコロナが発生した後、閉店したようだ。いずれも味付けの濃いおかずでご飯が進むように料理されているのでおいしい。

その三越の地下の弁当売場にまた京都祇園新地の鯖寿司で有名な「いづう」が出店していたので、思わず鯖寿司1人前2,980円を買って夕食で食べた。臨時で出店しているようだが、結構人気があるので出店回数も増えているのか。お金持ちそうな奥様方が列をなして買い求めていた。

歌舞伎観劇に来るときはいつも同じような席をとり、同じように三越で弁当を買い、松屋の地下でスイーツを買い(いつもは「茂助だんご」、今日は省略)、「いづう」の鯖寿司があれば買って帰る。このワンパターンだが、それが良いのである。


浅草公会堂「新春淺草歌舞伎」を観に行く

2024年01月17日 | 歌舞伎

淺草公会堂で開催中の「新春淺草歌舞伎」昼の部を見てきた。今日は3階席の最前列で3,000円。ほぼ満員だったが来ているのは90%以上おばさま方であった。11時開演、14時15分終演。時間的にちょうど良い感じだった。3回最前列は見やすいかと思ったら手すりがありそうでもなかった、2列目くらいが良いかもしれない。また、花道はほとんど見えなかった。

本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)十種香(じゅっしゅこう)
八重垣姫:中村 米吉(30、播磨屋)
武田勝頼:中村 橋之助(28、成駒屋)
腰元濡衣:坂東 新悟(33、大和屋)
白須賀六郎:中村 種之助(30、播磨屋、又五郎息子、歌昇は兄弟)
原小文治:坂東 巳之助(34、大和屋、三津五郎息子、大河ドラマ出演中)
長尾謙信:中村 歌昇(34、播磨屋、又五郎長男)

題名の由来は3段目,慈悲蔵が母のために雪中から筍を掘ろうとする場面が,中国の「廿四孝」(儒教の教えを重んじ孝行を推奨した中国で伝えられてきた24の親孝行の話)にちなむため。

舞台は越後の上杉(長尾)謙信の屋敷、「花作りの簑作」(中村橋之助)が出てくる。この簑作は実は武田勝頼。勝頼は前段で切腹したが実はそれは簑作であった。勝頼は簑作になりすまして上杉屋敷にうまく雇われた。左側の小部屋から死んだにせ者の勝頼の恋人で腰元となって屋敷に入り込んだ濡衣(坂東新吾)が出る。右側の小部屋からは謙信のひとり娘で勝頼の許嫁、八重垣姫(中村米吉)が出る。姫は勝頼が切腹してしまったので日夜嘆いている。部屋に絵師に描かせた勝頼の絵姿をかけ、十種香を焚いてお経を読む日々。姫は座敷にいる絵姿と同じ顔の簑作(勝頼)に気づき濡衣に取り持ちを頼む。起請(諏訪法性の御兜)が欲しいと言われ困惑すると、濡衣は本当のことを教える。そこに謙信(中村歌昇)が登場し「塩尻に使者に行け」と簑作に言う、そして武者に「追いかけて殺せ」と命令する。驚く八重垣姫。あわてて勝頼を追おうとするが、謙信が押さえつけ、さらに「お前もアヤシイ」と、濡衣も取り押える。

あまり変化のない場であるが、八重垣姫を演じた中村米吉が良かった。この八重垣姫は歌舞伎の中でも大役とされる三つの代表的なお姫様役の一つである。他の二つは「鎌倉三代記」の時姫、「祇園祭礼信仰記」の雪姫だそうだがまだ観たことがない。米吉はそういう役を立派に演じていた。

与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)源氏店
三世瀬川如皐 作

切られ与三郎:中村 隼人
お富:中村 米吉
番頭藤八:市村 橘太郎
蝙蝠の安五郎:尾上 松也
和泉屋多左衛門:中村 歌六(73、播磨屋)

お冨(中村米吉)は深川の芸者だったが木更津のヤクザ赤間源蔵に身請けされた、与三郎(中村隼人)は武士のお坊ちゃんだが木更津の親戚に預けられて謹慎中、その二人が海岸で出会い恋仲に。それが源三に見つかりお富は逃げて海に飛び込むが与三郎は全身を切り刻まれる(切られ与三郎)。お富は夜釣りをしていた江戸の質屋の大番頭の多左衛門(中村歌六)に拾われ妾として楽な暮らしをしていると、ごろつきに落ちぶれた与三郎が訪ねてきて、死んだと思ったお富が自分を忘れて楽々と暮らしているのに腹をたて強請る。多左衛門は、商売でも始めてそれからまた来なさいと与三郎に金を渡して帰す、多左衛門は帰り際にそっと自分の紙入れを置くがそこに入っていたお守り、それはお富の持っているのと同じもの。見て驚くお富、多左衛門は兄さんだった、これがわかり与三郎と寄りを戻すが・・・

この演目は初めて観るもの。昨年歌舞伎作者の河竹黙阿弥を題材にした小説「元の黙阿弥」(奥山景布子)を読んだが(こちら参照)、その中で、黙阿弥が作った「切られお冨」と言う作品が出てくる。この「切られお冨」は当時黙阿弥のライバルであった瀬川如皐が先に作ってヒットした「切られ与三郎」の書き換えであり、この「切られ与三郎」こそ本日上演の与話情浮名横櫛の通称であるのだ。そういったこともあり観たくなったのだ。

さて、今日の演目の解説をイヤホンガイドで聞いていて驚いた。この「切られ与三郎」を歌にしたのが今の60才以上の人なら知っている人が多いと思うが、春日八郎がむかし歌って大ヒットした「お冨さん」なのである。

粋な黒塀 見越しの松に
仇な姿の 洗い髪
死んだはずだよ お富さん
生きていたとは お釈迦さまでも
知らぬ仏の お富さん
エッサオー 源冶店

歌詞の粋な黒塀というのはお冨が住んでいる多左衛門の屋敷の洒落た渋墨塗りの黒い塀のことであり、与三郎とお冨は赤間源蔵に逢引きを見つかり、二人とも生きてはいないと思っていたのだ。それが両方とも生き残り、与三郎はゆすりたかりで生活し、お冨は大邸宅に住む身になっていたことから騒動になるのがこの演目だ。「玄冶店」(げんやだな)と言うのは現在の東京都中央区日本橋人形町3丁目あたりの地名で、今でいう高級住宅街、徳川家光に仕えた医師の岡本玄冶の敷地跡から、その一帯が玄治店と呼ばれるようになったそうだが、歌舞伎では実名を使わず「源冶店」としたものだ。今ではこの玄冶店と言う地名は残っていないが、ちょうどそのあたりに「玄冶店濱田屋」という料亭があり、人形町の交差点に玄冶店跡という石碑が立っているようだ。濱田屋は知っていたがこの石碑は知らなかった。こういう石碑などは原敬首相や浜口雄幸首相の暗殺現場にもあった(それを見たときのブログ)が普段は気付かないものだ。今度人形町に行ったとき確認したい。

さて、与話情浮名横櫛(切られ与三郎)であったが、与三郎役の中村隼人が良かった、大向こうから何回も声がかかっていた。また、お冨役の中村米吉もなかなか良かったと思う。この2人は両方とも似合いの役だと思った。また、蝙蝠安の尾上松也も良い感じを出していた。さすが座頭だ。

神楽諷雲井曲毬(かぐらうたくもいのきょくまり)どんつく

荷持どんつく:坂東 巳之助
親方鶴太夫:中村 歌昇
太鼓打:中村 種之助
大工:中村 隼人
子守:中村 莟玉
若旦那:中村 橋之助
芸者:中村 米吉
白酒売:坂東 新悟
田舎侍:尾上 松也

ウィキによれば、若手登竜門として歌舞伎の常連客らに親しまれている『新春浅草歌舞伎公演』の2024年開催が決定時点で興行主・松竹より「今回で一区切り」との話があり、座頭・尾上松也のみではなく、四代目中村歌昇や巳之助ら主な30代メンバー7名の卒業が決定されたので、巳之助は全員が一緒に出演可能な演目をと考え、三津五郎家の家の芸でもある『神楽諷雲井曲毱、通称:どんつく』を選択した。舞台上の賑わいを江戸時代の民衆にとってのエンタメとして、観客にも疑似体験して貰えれば嬉しいとインタビューにて語っている。

午前の部の最後を飾る演目として、新春歌舞伎出演の全員が勢揃いの所作を存分に楽しめた。

 

さて、今日の幕間の食事は、淺草松屋の地下で「ゆしま扇」の弁当にした。また、甘味は公会堂近くの舟和の「あんこ玉」にした。1個から売ってくれるので有難い。

2時過ぎに終わったので、蔵前のパンのペリカンに寄ってロールパン5つ入りを買って帰り、夕食で食べた。相変わらずおいしいパンであった。

 


月イチ歌舞伎「法界坊」を観る

2023年12月06日 | 歌舞伎

MOVIXで月イチ歌舞伎「隅田川続悌(すみだがわ ごにちのおもかげ)法界坊」を観てきた。初めて見る演目だ。2008(平成20)年11月、浅草の浅草寺境内に出現した仮設の芝居小屋平成中村座で上演され、NYでも拍手喝采とスタンディングオベーションの絶賛を浴びた串田和美演出の「法界坊」の録画。平成中村座は、中村勘三郎と演出家の串田和美が中心となって平成12年11月にスタートした芝居小屋。

今日はムビチケ3枚セット券を使い、1,900円(通常2,200円)で入った。30人くらいは入っていただろうか。シニア層が多かった。

出演
聖天町法界坊:中村 勘三郎
永楽屋手代要助・吉田宿位之助松若:中村 勘九郎
永楽屋権左衛門:坂東 彌十郎
永楽屋娘お組:中村 扇雀
道具屋甚三郎(実は吉田家の忠臣):中村 芝翫
花園息女野分姫:中村 七之助
仲居おかん・淡路七郎女房早枝:中村 歌女之丞
山崎屋勘十郎:笹野 高史
番頭正八:片岡 亀蔵

ストーリーは、お家騒動もの。お家は「𠮷田家」。簡単なあらすじは、

・お家乗っ取り派の悪人の陰謀で家宝「鯉魚の一軸(りぎょのいちじく)」が紛失
・お家断絶
・若君の松若丸は町人になって町中の店に手代要助として奉公しながら家宝を探す
・店の美しい娘お組と恋に落ちたり、悪い番頭(お組が好き)にイヤガラセされたりする
・この番頭は、お家騒動で出てきた悪い家来の仲間
・苦境に陥る若君を、昔の家来(道具屋甚三郎)やその関係者が陰日なたに助ける
・若君の元の許嫁の野分姫がやってきて、お組と険悪になったり若君と痴話喧嘩になったりする
・最後は家宝も見つかって悪い家臣も罰を受けて、お家再興になる

この演目は、奈河七五三助による狂言。お家騒動もので、法界坊という小悪党の坊主がからむ。法界坊は 町の乞食坊主だが、金と女が大好き、お組に惚れていて要助にいろいろイジワルをする。法界坊のインパクトが強いので、この人が実質上の主人公になっている。法界坊はお組の父親を殺し、さらに野分姫にも言い寄って抵抗されたので殺してしまったりするが、最後は道具屋甚三郎に殺されてしまう。法界坊は悪党ながらも愛嬌溢れる人間的な魅力がある人物として描かれている。

お家騒動解決の後は、所作(踊り、大切所作事)になり、本演目の大きな見どころのひとつ。法界坊の亡霊と、殺された野分姫の亡霊とが同じお姫様の扮装で出てきて踊る。この部分だけ独立して出すこともあり、そのときは「双面水照月」というタイトルで呼ばれる。勘三郎演ずる法界坊と野分姫の霊が合体したお組そっくりな葱(しのぶ)売りの女(「双面(ふたおもて)」と言われる)が、徐々に本性を現しながら変化に富んだ舞踊劇を見せる。

鑑賞したコメントを書いてみたい

  • 月イチ歌舞伎は亡き中村勘三郎の作品を多く取り上げているが、本演目も勘三郎が主役で八面六臂の活躍を繰り広げる、歌舞伎にかける情熱の熱さにいつも感動させられる
  • 歌舞伎は通常、終幕後のカーテンコールはないが、本作はカーテンコールがあった。それもその筈だ、最後の所作が終わって幕が閉じても拍手が鳴り止まないのだ。これは良いことだと思う。ニューヨークでこの作品を演じた時、スタンディング・オベーションにより拍手が鳴り止まなかったというのもわかるような気がする
  • 勘三郎の法界坊と橋之助(芝翫の甚三郎のかけ合いが面白かった。両者は10才違いだが、当時でも押しも押されぬ看板役者、自分たちが歌舞伎界を背負って立つ気概があったのだろう、アドリブをかなり入れたであろうセリフのかけ合いが素晴らしいと感じた
  • 15年前の上演だが、この当時から既に野分姫を演じていた女方の七之助の妖艶さが光った。最後の所作で勘三郎が野分姫と法界坊の合体した葱売りの女を演じていたとき、台詞は後ろで七之助が黒子になって話していた
  • 串田和美の演出だろうが、開演直後に主要な登場人物の紹介があったのはユニークであった。役者が一人ずつ順番に出てきて、その役をアナウンスで説明するのだ、これは良いことだと思う
  • 最後の場面、「双面水照月」の所作(踊り、大切所作事)が大仕掛けで楽しめた。所作と言えば、踊りだからおとなしい感じのものが多いと思うが、本作は派手な動きが多く、観客を十分楽しませる工夫がなされていた、これもあって閉幕後も拍手が鳴り止まなかったのだと思う

十分楽しめた演目だった。


博多座から歌舞伎「夏祭浪花鑑」を観る

2023年10月26日 | 歌舞伎

テレビで放映されていた令和5年6月博多座歌舞伎公演「夏祭浪花鑑」を鑑賞した。約2時間。テレビの放映でも副音声で歌舞伎座のイヤホンガイドが聞けるのでありがたい。題目の通り夏に上演される演目である。舞台で田んぼの近くで泥まみれになり、その泥を裸になって水をかけて洗ったりする場面があるためでもある。

出演は

片岡愛之助(団七九郎兵衛)
尾上菊之助(一寸徳兵衛)
中村萬太郎(玉島磯之丞)
上村吉太朗(傾城琴浦)
中村梅枝(団七女房お梶)
中村鴈治郎(釣船三婦)
中村歌女之丞(三婦女房おつぎ)
嵐橘三郎(三河屋義平次)
中村雀右衛門(徳兵衛女房お辰)
尾上菊市郎(大鳥佐賀右衛門)

この演目は夏の大阪を舞台に老若男女の義侠心が濃密に描かれる。

主人公は団七で、和泉の国に女房のお梶と一緒に住むてんびん棒かつぎの魚屋、お梶の父親義平次が悪賢く、夫婦を困らせる。これに団七の友達の釣船三婦(さぶ)と女房のおつぎがからみ、この二組の夫婦が玉島家のバカ息子磯之丞と身請けした琴浦夫婦を助ける、そして義平次が金のため琴浦を売り飛ばそうとして団七と刃傷沙汰になる。

見せ場としては、

  • 団七と一寸徳兵衛の立ち回り、義兄弟の契りを結ぶ場面
  • 磯之丞の玉島帰国に同行を申し出たお辰に対し、美人が同行すると間違えが起こると三婦(さぶ)が反対し、お辰は火箸を自らの顔に当てて心配には及ばないと言う場面
  • 団七の舅義平次殺しで本物の泥や水を使った立ち回りの場面(泥場)

この最後の泥場は、この歌舞伎の一番の見せ場、長屋裏の場で団七と義父の義平次が言い争いになり、勢い余って団七が義平次を殺しす場面、夏祭の行われている宵の口、長屋裏の田んぼの近くで親子で泥まみれの刃傷沙汰になる、泥を洗い落とすのに本物の水を使ったりして、臨場感がある。また、表通りには祭りの竿灯傘が提灯のあかりを綺麗につけて通り過ぎる色彩の妙。素晴らしい場面だ。

今回の演目で注目すべき出演者はなんと言っても主役の団七を演じた片岡愛之助だろう、歌舞伎以外でもテレビや映画などで大活躍だが、関西出身なので、この役は絶対やってみたい役だっただろう。以前は13世仁左衛門が得意とした役だが、それ以外でもそうそうたる役者が演じてきた。愛之助もこの役ができると判断されるくらいに成長したのであろう、よく演じていたと思う。また、同じ上方の鴈治郎も難しい役をよく演じていた。また、団七女房を演じていた中村萬太郎も出番が多く、頑張っていた。

歌舞伎ファンなら是非観たい演目であろう。

 


国立劇場「妹背山婦女庭訓(第二部)」を観る

2023年10月06日 | 歌舞伎

先月に引き続き、初代国立劇場さよなら特別公演を観てきた。今月も3等席、4,000円の3階席だ。前月に比べれば観客はかなり入っていたが、2階席は空いている席が目立った。車で来たが駐車場料金が500円というのがうれしい、歌舞伎座だと確か2,700円だ。

今日来て菊五郎(81)が体調不良のため休演となっていることに驚いた。3日に発表があったようだが気づかなかった。菊五郎は2日に誕生日を迎えたばかりだ。愛着があった国立劇場最後の公演に出れないのはさぞかし残念に思っていることだろう。

今日の国立劇場だが、先月と違い、花道は通常通り舞台に向かって左手に1つだけになっている。また、国立劇場は歌舞伎座と違い、桟敷席がない。これも今日で見納めだ。

通し狂言 妹背山婦女庭訓、三幕四場<第二部>
近松半二=作、戸部銀作=脚本、高根宏浩=美術

序 幕  布留の社頭の場「道行恋苧環」
二幕目  三笠山御殿の場
大 詰  三笠山奥殿の場
     同 入鹿誅伐の場
藤原鎌足:尾上菊五郎⇒時蔵
豆腐買おむら:中村時蔵
杉酒屋娘お三輪/采女の局:尾上菊之助
宮越玄蕃:坂東彦三郎
烏帽子折求女 実ハ藤原淡海:中村梅枝
荒巻弥藤次:中村萬太郎
入鹿妹橘姫:中村米吉
大判事清澄:河原崎権十郎
漁師鱶七 実ハ金輪五郎今国:中村芝翫
蘇我入鹿:中村歌六

大化の改新(645)に関連した作品で、飛鳥時代の話。だが、橘姫の振る舞いは平安朝、お三輪は江戸庶民風など江戸時代にできた歌舞伎では時代考証は全くなされていないのが特徴とイヤホンガイドで言っていた。

苧環(おだまき)の苧(お)というのは麻糸のこと。これをくるくる巻いたものが「おだまき」。芝居で使うのは、糸巻きに持ち手のついたかわいらしいもの、赤糸と白糸をそれぞれ巻いた2本の苧環、2本の糸を結び合わせて男女双方で持って、変わらぬ仲を祈る。

「道行恋苧環」は有名な所作(踊り)。橘姫とそれを追う求女(もとめ)、そこに嫉妬に狂った造り酒屋の美しい娘お三輪が登場するが、橘姫は去って行く。追う求女は苧環の赤い糸を橘姫の着物のすそに縫い付け糸を頼りに橘姫を追い、お三輪も白い糸を求女の着物に付け二人を追う。出演者3人はセリフがない踊りだけ、竹本連中が義太夫節で語る。上演時間は約30分。

「三笠山御殿の場」では、入鹿の三笠山御殿に漁師の鮒七(実は鎌足の家臣)が来て、入鹿の動きを探るためわざと人質になる。橘姫が御殿に帰還し、追ってきた求女が鎌足の息子淡海と知るが、愛する求女に協力を誓い兄の入鹿を裏切る。お三輪も到着するが官女に虐められ、最後に鮒七に嫉妬に狂った女の生血で入鹿を殺せると言われ、惚れた求女のためになるなら、として刺し殺される。上演時間が約2時間。

「三笠山奥殿の場」と「入鹿誅伐の場」では、お三輪の生血と鹿の血を降り注いだ笛の音により入鹿は追い詰められ、宝剣を鎌足率いる軍勢に取り戻され、天下は太平になる。上演時間は15分。

「三笠山御殿の場」は2時間近い上演で、かつ、内容的にもちょっと退屈するところがあり、疲れた。ただ、3幕目が短かったので救われた。

この演目の女庭訓とは、女性が守るべき作法という意味。この演目の中で、お三輪は愛する求女のためになるならと、自分が犠牲になり、自分の生血を蘇我入鹿の誅殺のために利用することに納得する、また、橘姫も惚れた求女のためになるならと肉親の入鹿を裏切り三種の神器の宝剣を奪う。この女性の生き方がこの物語の核心となっているので演目名に女庭訓という用語が使われている。

今日の公演の出演者では、なんと言っても、橘姫の米吉、お三輪の菊之助の二人が大活躍だった。米吉は好きな女方である。お姫様役をやらせると本当にかわいらしい姫という感じがして良い。若手女方の中では一番好きだ。また、菊之助は菊五郎の休場でさぞかし心労もたまっているだろうが、良い演技をしていた。菊之助は立役より女方の方が合っているのではないかとさえ感じた。

求女、実は藤原鎌足の息子淡海を演じた梅枝だが、なよなよしたダメ息子という感じがしたが、これがこの役の人物像なのかもしれない。身分の高い鎌足の息子だから上品な、繊細な男性という設定なのかもしれない。美女二人から惚れられるような男には見えなかったが、当時はこういう男がもてたのだろう。

さて、今日の開演は12時であったので、開演前に国立劇場の2階のレストラン「十八番(おはこ)」で昼食をとった。今まで一回も利用したことがなかったので、一度試して見ようと思い、入ってみた。メニューは2千円、3千円するお弁当の他は蕎麦とラーメン、カレーしかなかったので、かき揚げ蕎麦950円を注文した。まわりを見渡すと、おばさま方はほとんど高価なお弁当を食べているので驚いた。

良い思い出になった。


国立劇場「妹背山婦女庭訓三幕<第一部>」を観る

2023年09月23日 | 歌舞伎

初代国立劇場さよなら特別公演を観に行った。今日は、3等席、4,000円のチケット。国立劇場は10月の公演で閉場になる。9月と10月の2ヶ月にわたり「妹背山女庭訓」の通し上演をやると言うので、両月とも観に行ってみようと思った。今月は第一部。座席を見渡してみると観客の入りは半分くらいか。さよなら公演にしては寂しい状況だった。人気俳優がでていないためか。

松竹の歌舞伎座公演では、いわゆる通し上演をやるのは滅多にない。それはこの演目にしてもそうだが、通しになると時間がかかり、1日がかりとなるからであり、午前の部だけ、午後の部だけ見るというのが難しくなり、興行的に採算が取れないからであろう。したがって、ある演目の人気のある幕だけをアラカルトで上演するいわゆる「みどり狂言」となる。

芸術性を重視して「通し上演」をあえてしているのが国立劇場である。民間でなく国立だからこそできることだろう。その姿勢は評価できるし、その存在意義は大きいと言えよう。今回の演目の通し上演は平成に入って以降、数えるほどしかないと言うのでさよなら公演としては価値がある演目であろう。

通し狂言 妹背山婦女庭訓三幕<第一部>
近松半二=作、戸部銀作=脚本、高根宏浩=美術

序 幕  春日野小松原の場
二幕目  太宰館花渡しの場
三幕目  吉野川の場

太宰後室定高:中村時蔵(68、萬屋)
太宰息女雛鳥:中村梅枝(35、萬屋、時蔵長男)
大判事清澄:尾上松緑(45、音羽屋)
久我之助清舟:
中村萬太郎(34、萬屋、時蔵次男)
(※ 太宰と大判事は境界を接し、仲が悪いフリをしている)
蘇我入鹿(皇位を狙う逆臣):
坂東亀蔵(45、音羽屋、彦三郎と兄弟)
腰元小菊:
市村橘太郎
采女の局(帝の恋人、鎌足の娘、逃走中):坂東新悟(32、大和屋、彌十郎の息子)

この演目を観るのは初めてかもしれない。奈良時代を舞台にした話で、歌舞伎作品の中でも一番古い年代を扱っている作品。序幕と二幕目はそれぞれ20分から30分程度の短い幕、三幕目の吉野川の場が今回のメインであり、2時間弱の幕である。

だいたいのストーリーとしては、宮廷をクーデターで乗っ取った蘇我入鹿が不和な太宰と大判事両家の娘雛鳥と息子久我之助が恋仲なのを知り、さらに久我之助が自分のお目当ての采女の局をかくまっているのを突き止め、両家に娘と息子を自分のところに差し出せと命じる。両家はこれを拒否するために、娘と息子を自ら殺さざるを得なくなる、と言う悲劇。不和にある両家の子供どおしが恋仲になる、というのは「ロミオをジュリエット」を思い出させるが、それに負けないくらい奥深いストーリーになっている。

メインの吉野川の場は、吉野川を挟んで妹山、背山を背に両家の屋敷が向かい合う構図、この舞台景色は、尾形光琳の紅白梅図屏風を連想させるが、舞台に咲いているのは紅白の梅ではなく、満開の桜である。悲劇の舞台ではあるが、華やかな設定になっている。そしてこの場の特徴は、舞台が吉野川を挟んで2つに別れているのに合わせて、花道も左右両側にあると言うことだろう。

この演目は数えるほどしか演じられてこなかったが、主役の定高(さだか)と大判事は、過去においてはそうそうたる顔ぶれの役者が演じてきた。今回、定高は時蔵、大判事は松緑が演じたが、いずれも初役である。二人に取っては名誉なことであろう。そして定高の娘雛鳥は時蔵の長男梅枝が、大判事の息子久我之助は次男の萬太郎が演じた。時蔵としては最高の舞台となったと言ってよいだろう。自身も定高を非常にうまく演じていたと思う。

お家のため、主君のため、自分の子供さえ犠牲にするのは歌舞伎ではよくある話である。「寺子屋」の松王丸は世話になった菅丞相の息子を助けるため自分の子供を身替りに殺し、「熊谷陣屋」の熊谷直実は敵の若武者・平敦盛を殺したことにして実は自分の子供を殺して主君に敦盛を殺したと報告する。ただ、だからといって歌舞伎が演じられたこの時代(江戸時代)にそのようなことが当たり前に行われていたか、と言えばそうではないようだ。町人相手の歌舞伎では、武士は大変だなあ、と言うことを見せるためにそのようなストーリーにしたと言うことのようだ。

さて、今日は劇場近くの先日行ったパン屋さんル・グルニエ・ア・ パン 麹町本店でサンドイッチを買って劇場内の休憩所で昼食を取った。

 


国立劇場に「狂言三代 野村万作・萬斎・裕基」を観に行く

2023年08月05日 | 歌舞伎

国立劇場で第四回 古典芸能を未来へ~至高の芸と継承者~「狂言三代 野村万作・萬斎・裕基」を観てきた。今日はS席8,000円。客層は女性が多い感じがした。一人で来ている人も多いようだった、平日なので会社帰りに観に来たのであろう。良いことである。

この公演は、日本の大切な古典芸能である狂言の伝統を正しく伝え、現代に生かす野村万作家三代の芸と継承を披露するもの、人間国宝で日本芸術院会員である野村万作(92歳)、人気と実力を兼ね備え最も勢いのある狂言師・野村萬斎(56歳)、次代のスターとして期待を集める若き狂言師・野村裕基(23歳)の三代の狂言の伝統を未来へ生かす芸を見せるものだ。

野村万作は恥ずかしながら、むかしネスカフェ・ゴールドブレンドの宣伝に「違いがわかる男」として出ていたことしか知らなかった。萬斎は映画の「のぼうの城」や「七つの会議」に出て良い演技をしているなと思った。「七つの会議」では、一番最後の調査委員会のヒアリングで役所広司演じる委員長から萬斎演じるダメ社員が「今回の不正の根本原因は何だとお考えですか」と聞かれて、「そんなこと言っていいんですか」と、「どうぞ」と言われて言ったセリフが良かった。これは池井戸潤の原作にはなかったと思う。

狂言・能はいままで接する機会が無かったが、今回良い機会だと思って観に行ってみた。国立劇場も今年10月に閉場し、建替えをするので、見納めに行ってみたかったこともある。狂言について全く知識が無かったので、この公演の公式ページや国立劇場のHPを見て予習してみた。国立劇場のHPにはいろんな勉強の材料がアップされており驚いた。日本の伝統芸能を普及させようとの意欲を感じるり、事前予習に大変参考になった。

その上で、今日の狂言を見た感想を述べてみよう。

  • 初めての公演見物だったが、面白かった。第一部の小舞は古典用語でわかりにくかったが、解説があったのは有難い。また、船渡聟は現代語でわかりやすかったし、物語としてもわかりやすかった。
  • 今日の公演で一番面白かったが第三部の「鮎」だ。台詞も口語体でわかりやすいし、ストーリーもわかりやすい、また、人が鮎を面白く演じていたのがおかしかった。
  • 能や狂言というと、どうしても堅苦しいものだとの意識があったが意外と親しみ安いものだとわかったのは良かった。これは野村萬斎がいろいろ新しい試みをしているからなのか、狂言界全体の傾向なのかはわからないが、良いことだと思う。
  • 演じている役者さんたちも若い人が多く、後継者がなかなか集まらない悩みはあまりないのかな、と感じたが実際はどうなのだろう。
  • 野村万作さんは92才でなお現役で舞台を務めているのはすごい。解説の方の説明だと、若さを保つ秘訣は後進の指導などであるという。生涯現役でいつまでも頑張ってほしい。

さて、今日の公演は5時半開演、休みを含め約3時間の公演で、終演は8時半くらいだった。最後の演目のボレロは15分の演技で、その前に30分の休憩があったので、そこで食事をした。歌舞伎座のように近くにデパートもないので、今日は国立劇場内の売店で買ったサンドイッチを食べた。3階に休憩所がありテーブルがいっぱいあったのでそこで食べた。

また、機会を見つけて能・狂言を観に行きたい。

<演目と出演者>

一、狂言三代による小舞

  • 「鮒」野村裕基、地謡:高野和憲・野村太一郎・中村修一・内藤連・飯田豪
  • 「通円」 野村萬斎、地謡:高野和憲・野村太一郎・中村修一・内藤連・飯田豪
  • 「住吉」 野村万作、地謡:高野和憲・中村修一・内藤連・飯田豪

二、狂言「舟渡聟(ふなわたしむこ)」
船頭・舅 野村万作
聟 野村裕基
姑 高野和憲

三、新作狂言「鮎」
池澤夏樹・作
野村萬斎・演出/補綴
国立能楽堂委嘱作品

小吉 野村萬斎、才助 石田幸雄
大鮎 深田博治
小鮎 月崎晴夫・高野和憲・内藤連・中村修一・飯田豪
笛 竹市 学
小鼓 大倉源次郎

四、「MANSAIボレロ」 野村萬斎


歌舞伎座「七月大歌舞伎」を観に行く

2023年07月27日 | 歌舞伎

歌舞伎座「七月大歌舞伎」夜の部を観に行った。今日も席は3階A席6,000円。ここが一番コストパフォーマンスがよいと思っている。客は圧倒的に女性が多かった。

今月の夜の部の公演の目玉はなんと言っても「め組の喧嘩」だ、過去に一度見たことがあるが随分時間たってハッキリ覚えていないが、面白い演目だと感じていた。この演目は菊五郎一家が演じることが多かったが、今回は当世團十郎が辰五郎を演じるという、当世團十郎が辰五郎を演じるのは今回で3回目だそうだ。

作者は、竹柴其水で、河竹黙阿弥の弟子だった。当初12代守田勘弥宅に寄宿し、森田座のために作品を書いたが、のちに河竹黙阿弥に入門して新富座の立役者になり、その後明治座の立役者になり、主に市川左団次の作品を書いた。め組の喧嘩は彼の代表作。なお、河竹黙阿弥の人生についてはこちらのブログ参照。

この作品は江戸の花形、火消しの鳶職人と相撲力士の喧嘩と意地の張り合いを描いた作品。鳶職人は建築現場で働く職人だったが、ある時期から火事の現場で類焼を防ぐ役割も担うようになる、江戸の町を火から守る公共的な仕事をしていると言う自負があり、管轄は町奉行。一方、力士は大名お抱えで、刀の帯刀を許されている武士階級待遇の誇りがあり、寺社奉行管轄。あるとき、力士が大名と一緒に品川の遊郭「島崎楼」で派手に遊び、隣の部屋の障子を倒してなだれ込んでしまったが、そこは鳶職人が飲んでいた部屋。さあ、ここで鳶と力士の喧嘩が始まり鳶の親分辰五郎も居合わせて騒ぎになるが、遊郭の店主の哀願により、店主や力士の顔を立てて、引き下がることにしたが、内心は収まらない、そして、今度は芝居小屋でまた鳶と力士が一騒動を起こすと、鳶たちの堪忍袋の緒が切れて・・・・

2時間近いが1幕で、途中で何回か場面転換がある。舞台設定は派手で、カラフルな色取りで、喧嘩が主題のためアクションも多く、全く退屈しなかった。團十郎の辰五郎、男女蔵の九竜山、右團次の四ツ車、雀右衛門のお仲など、よく演じていたと思う。そして、最後に、両奉行所のはっぴを重ね着して、鳶と力士の間に割って入り、手打ちをさせる喜太郎の権十郎もさまになっていた。

神霊矢口渡(福内鬼外 作)

娘お舟 児太郎(29、成駒屋)
新田義峯 九團次(51、高島屋、團十郎門弟)
傾城うてな 大谷松(明石屋)
渡し守頓兵衛 
男女蔵(56、瀧野屋、團十郎門弟)

この演目で娘お舟を演じたのは中村児太郎、父は九代目中村福助であり、名門成駒屋の血筋。2013年に父の七代目歌右衛門襲名と同時に十代目中村福助の襲名が予定されていたが、父の急病で保留になったままである。福助は2018年には復帰しているが、まだ本調子ではないのだろう、親子でつらい日々を送っているが、是非、完全復帰して親子同時襲名を成し遂げてほしい。

鎌倉八幡宮静の法楽舞(松岡 亮 作、新歌舞伎十八番の内)

静御前、源義経、老女、白蔵主、油坊主、三途川の船頭、化生/團十郎 
三ツ目・町娘・五郎姉二宮姫/ぼたん
提灯・若船頭・竹抜五郎/新之助
僧普聞坊/
僧寿量坊/
僧隋喜坊/玉太郎
蛇骨婆/九團次
姑獲鳥/児太郎
僧方便坊/
種之助

新歌舞伎十八番とは、歌舞伎十八番を撰した七代目團十郎が、さらに自分の当たり役を網羅した新十八番を撰じようとしていたが、その志半ばで死去したため、五男の九代目團十郎が跡を継ぎ明治20 (1887) 年頃に完成させたもの、現代ではほとんど上演されない演目も多いが本作は平成30年に新たな着想により復活上演されたもの。九世團十郎没後120年という節目の今年、上演する。

この演目で興味深いのは、河東節、常磐津、清元、竹本、長唄囃子の五重奏だ。舞台にこの五つの唄い方、三味線方がブロックごとに陣取って時に順番に、時に一斉に演奏をするのはこの演目だけのことだ。こんな舞台はここでしか見られないだろう。

演技として、七変化する海老蔵もよかったし、息子の新太郎、娘のぼたんの演技もかわいくてよかった。演出もエンタメ性が強く出ており、伝統的な歌舞伎を知らない人でも十分楽しめただろう。

今月は全体的に面白かった。

さて、今夜の幕間の食事は久しぶりに銀座三越で買った弁当だ。私は淺草今半の牛肉弁当1,300円、嫁さんは大徳寺さいき家の鯖寿司、稲荷、だし巻き玉子のセット1,100円をえらんだ。

また、最初の幕間には甘味を楽しむことにして、私は仙太郎の焼和菓子(若あゆ)にした。嫁さんは確か同じ仙太郎のあんこの入った冷たい菓子だった。

最後に、今日、弁当を買いに銀座三越地下に行ったときに、京都祇園新地の鯖寿司の「いづう」が出店していた。最近、期間限定でよく出店しているが、今月も出店していると言うのは、安くはないけど評判が良いからであろう。京都に旅行したときにはなるべく買って帰るようにしているが、年に何回も行くわけではないので、東京出店は有難い。鯖姿寿司の一番小さいやつ(5貫)2,800円くらいだったか、買って帰った。

鯖の不漁で大きさが小さくなっているようだが、おいしかった。

お疲れ様でした。