伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

七夕のお祝い

2007-07-07 19:30:25 | Weblog

質問 : 
七夕は一年に一度、願い事が叶うといいますが、星に願い事はして
もいいのでしょうか?やっぱり感謝のほうが、いいのでしょうか?
人間は太古の頃から祈りということを、し続けてきましたが、祈りは
とても美しく感じます。祈りもお願いごととなるから感謝のほうが
いいのでしょうか・・
返答 : 
そもそも、神霊に祈願をするようになったのは、何時か
らでしょうか?
現在の文明の遥か昔、太古の世界に意識
を遣ると感じられるのは、
神霊と生き物、人間の意識の
交流が全員に有る世界です。
その当時の人間の神霊に対
する思いは、自分達は何か分からないけれど 自分達の
命の
元 であり全ての生き物を 生かしめている存在 
を、理屈では無く
直感により当然の事実と受け入れてい
ました。
当時も自然災害や争いは、有りました
し、天候による
食物の不作もありました。しかし、神霊と人間、一人、
独りが1対1の関係で神と交信し、常に神との一体感を
感じることが出来ていたので、不幸な事も、良いことも
常に全力で味わい、喜怒哀楽を神と共に体験して生きた
ようです。これが カンナガラ 状態です。
私達も、胸の奥に居る内在神を意識した生き方、をして
行くと、胸が熱くなり、自己の中に既に神が居た事を知
るでしょう。人生には、楽しい事も、悲しい辛い事も、
沢山有りますが、カンナガラ(神と共に居ること)に
目覚めると、不幸から逃げる思いや、神に助けを祈願
する気持ちになりません。もう、神と一体の上での不幸
ですから、ただ全力で明るく味わおうとする心が沸いて
来ます。そうなると、訳の分からない奇跡が勝手に来ま
す。そして、神を称え感謝する気持ちが出て来ます。
これが、祝詞です。 神を、お祝いする言葉です。

人間が神との交信が出来なくなってから、神にお願いす
る風習が始まりました。無垢な子供に、欲しいものは神
にお願いしたら叶うと教えることは、子供から努力を無
くし人間は非力だから祈るしか無いと、子供が内在神
から離れる事を教えています。
七夕は、年に一度、織女と彦星の出会いを 祝う日 
であると子供に教える日です。

  
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コメント (20)
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