伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

神社参拝は自己の神に参る事

2007-07-22 10:17:29 | Weblog

私は、近年は意識的にお参りしている神社は、伊勢神宮であ
り、白山は山全体が神社であると感じ、白山全体を遠方から
遥拝しに行っております。
昔は、近畿圏を中心に色々な神社に呼ばれるように参拝しま
した。神霊が頻繁に寄る神社、離れている神社があります。
神霊は自由に動くエネルギー体です。神霊が離れている神社
と言っても、神が居ないと言う意味では有りません。
神に感謝を捧げる気を出している人が、参ると寄って頂ける
ものです。 私達は、全員が 生きている内在神 を宿してい
ます。神社に参るとは、肉体が無い動きやすい神社の神霊に
生きた人に宿る神霊が会いに行くことに成ります。
神 どうしが、出会う場所が神社です。神社では、鏡を御神体
として祭っていますが、これは参る人の内在神を写す意味が
あります。神道では、古来より 自霊拝 と言い、鏡に写る
自分自身を拝する行法があります。
自己の内に宿る神を鏡に写し、お参りする場所が神社と言う
場所です。神社は、自己の内在神と出会う場所を提供する場
なのです。
参拝する人が、重要なのです。もちろん、その場(神社)が
神聖であれば、内在神と出会い易くなります。
皆さんの内在神は、根源神の分霊であります。全ての神霊の
因子を保有しております。神社ごとに、お参りすれば観応する
自己の内在神の現れが異なるのです。
私は、伊勢伊雑宮に参れば、自己の中に天照太御神を観じ、
奈良の大神神社に参ると、自己の中に潜む眷族の龍を観じ
ます。全国に沢山の神社が有りますが、それは自己の内在
神の現れがそれぞれの神社で違うと言う事です。
大事な事は、神は皆さんの中に居て、神社に居てるのでは
無いことです。
神社は 自己の神 と出会う場所を提供しているのです。
今まで、神社で御願いをしていた姿勢の間違いと、新しい?
考え方に気が付いて頂けたでしょうか?

生かして頂いて ありがとうございます

  
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コメント (86)
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