伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

御利益の形

2007-10-04 18:52:34 | Weblog
正神界の存在、神から与えられる御利益とは、どんなもので
しょうか? それは、後に成って振り返ると、”何とかやって
来れたなあ” とか、今ふり返ると ”どうやってこなして来た
んだろか?” と考えるような、後から考えて、初めて分かる
様な御利益の与え方をされます。
ギリギリの状況が有り、本人は必死の思いはしたけれども、
現在は可も無く、不可も無い状況が、今に有ります。
正神が何故、分かり難い形での御利益を与える訳は、我々
が過去の因縁借金を返し、そして成長する目的の為に生ま
れて来るからです。人間の魂が成長するようにさせて、導く
のが正神の遣り方です。
人間は、苦しい状況では、正神から守護されているのに、
感謝出来ない愚かさが有ります。
一方で、幽界、地獄界の存在からくる御利益は、正反対
です。祈願、願掛けをすると、早い段階の目に見える形で
本人が認識出来るような現れ方をします。
事業の急展開や、病気の劇的改善などの奇跡的な形で起こ
ることが多いです。ただ、このような形の御利益を受けると
必ず、代わりに不足なことが、本人にも認識出来ない形で
知らない内に起こっています。
例えば、御金は手に入ったが、健康では無くなったとか、
自分の望みは叶えられたが、子供が急死したとか、・・・・
受けた御利益の大きさに比例して、違う形での不足や不幸
が後になって忘れた頃に遣って来ます。
この幽界、地獄界の存在がしていることは、人間のそれぞれ
の魂が持つ生命力の、価値感の再配分を行う魔術をしてい
るだけです。奇跡のような、無から有を生み出すような努力
生産を魔物がしたわけでは、ありません。
急速に与えられた物は、その分、別の物と交換されて無くし
ます。 奇跡を得ても、トータルで考えると、幸福の量は何も
変わっていません。
問題は、これだけでは終わらない事です。
魔物が働いた分の報酬が、要るのです。
人間は、願掛けにより、自分の貯金を別の形のものに、置き
換え
られただけです。 この交換手数料を、後から魔物は
請求して来ます。 それは、人の魂を食すことです。
食し足らなければ、家系の子孫へも、請求は続きます。
幽界が消滅しつつ有る現在、魔物は最後の収穫を目当てに
価値の付け替えを促す、スピリチュアル商品が世間に溢れてい
ます。販売者、霊能者自身も魔物に使役されていて、それを
認識出来ていない恐ろしさがあります。
先祖霊への感謝・線香供養と、天照太御神への生かされて
いる原点への感謝想起が、これらから遠ざかる手段です。

生かして頂いて ありがとう御座います

  
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コメント (89)
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