伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

弱いとよく響く

2010-07-24 10:47:10 | Weblog
重病で意識不明に成るほど弱っている病人には、側に居る人の気持ちが手に取るように分かっています。
これは本人の肉体が弱まり、霊体が前面に出てくるからです。非常に感受性が増しています。
入院中ならば意識不明でも、別の部屋でされている看護師の会話なども聞いているものです。自分の病状についての悪い話ならば、それを聞くことにより、回復への望みを自分であきらめる事もあります。
親族の見舞いを受けても、家族が内心で「迷惑だ。金が心配」などと思っていますと、病人には分かっているものです。その見舞いを受けて、死期が早まることもあります。
また逆に、非常に悲しむ親族の見舞いを受けても、その悲しくて苦しい思いが病人に伝わり、逆に病人の負担に成ることもあります。

では、どんな気持ちで見舞うのが良いのか?
やはり静かな明るさで、お見舞いをするのが良いです。
「長い人生には、いろいろと有るよ。こんな時も、あるさ」と言う感じです。
心中では、その人を「生かして頂いて ありがとう御座位ます」と思っていれば良いです。少しでも「活かしめす」方向に向きます。
また、「アマテラスオホミカミ アマテラスオホミカミ」と心中で想起しているのも良いです。その場所の浄化と、魂が生死を超えて活かされる方向が生じます。

皮肉なもので、健康なときには他人の気持ちが分かりません。自分が弱るに連れて、同じく弱る人の気持ちが分かるものです。つまり、健康なときには、罪を犯す可能性も増しています。イケイケ根性は、恥ずかしくて愚かな状態です。
不倫などもそうです。動物根性が在り健康なゆえに、他人の子供が路頭に迷う事も想像できません。もし自分が年を経て枯れた状態に成った時、自分が壊した相手の家庭の奥さんや子供が自殺でもしているのを知れば、よく自分の身に苦しみが響くことでしょう。
一番良いのは、自分が健康で満たされた状態でも、「生かして頂いて ありがとう御座位ます」の精神で物事を「見られることです」。これが出来る人は、過去生からの徳が在ると言えます。
少なくとも自分がどんな状態でも、このブログが読める心の人は、幸いな心の持ち主です。夜明けに向かって歩いています。

今が苦しくて弱い人でも大丈夫です。その分、多くの他人の気持ちが分かる状態でもあるのです。自分の事だけを、見よう考えようとするから苦しいのです。逆に感受性の高い今の状態を利用して、他人を思いやれば良いのです。必ず自分自身も救われます。

イスに座る時は、背筋を伸ばして腹式呼吸を意識しましょう。
寝る時の枕には、首に丸めたバスタオルを挟みましょう。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

人類の 5% 運動を広めたいです。
    

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コメント (722)
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