[地球を読む]日韓関係悪化 感情論より冷徹な視点…細谷雄一 慶応大学教授

日韓関係は、戦後かつてなかったレベルにまで悪化の一途をたどっている。
ことの発端は昨年10月30日に出された韓国大法院(最高裁)の判決だ。韓国人元徴用工訴訟で、大法院が日本企業に賠償を命じたことが転換点となった。これによって、従来の日韓関係の基盤が崩れ落ちた。
この背景にあるのは、慰安婦問題を巡る韓国の文在寅ムンジェイン政権の一方的な政策転換にほかならない。
日韓両国は2015年12月の外相会談で、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決される」と確認し、日本が支援財団へ10億円を拠出することなどで合意した。しかし文政権は、この政府間合意を「前政権によるもの」として、事実上無効とした。
さらに昨年12月には、韓国海軍駆逐艦による自衛隊機への火器管制レーダー照射事件も加わり、両国関係は坂道を転げ落ちるように悪化を続けた。
日本政府は今月2日、輸出手続きを簡略化する優遇措置の対象国(ホワイト国)から、韓国を除外することを閣議決定した。その理由として世耕経済産業相は記者会見で、「(韓国の)輸出管理や運用に不十分なものがあった」と指摘した。事実、韓国の輸出管理には不適切な事案がいくつも見つかっており、このまま優遇措置を続けることは安全保障面から困難であった。
だが、日本政府の決定を受けて文大統領は、「どんな言い訳をしようが、韓国大法院の判決に対する明確な貿易報復だ」と決めつけた。韓国への輸出管理の厳格化は、「非常に無謀な決定」であり「不当な経済報復措置」である、などと激しく非難した。一国の大統領の用いる言葉としては、あまりに感情的であり、激烈である。
この問題に対して、日本はどのように対応していくべきなのだろうか。
まず重要な前提として、日韓関係の現状を冷静かつ客観的に分析し、理解することこそが必要である。
日本にとって地政学的に最も重要なのは、同盟国である米国と、地域的な覇権国となりつつある中国という二つの大国の動向である。そして、米中両国と比較すれば、韓国の重要度は相対的に大きくない。
すなわち、米国との同盟関係を強固なものとするとともに、日中関係を安定的に維持することができていれば、日本の平和と繁栄は十分に確保される。これが外交の世界における大局的な現実である。
韓国との関係に膨大な外交的資源を投入して、過剰に引きずられたり、必要以上に反応したりすることは、賢明な判断とは言えないのである。
過度な反応 中露利する
歴史を振り返ると、日本にとって朝鮮半島との関係は常に難しく、また感情的にも多くの困難をもたらすものであった。
近代史において、朝鮮半島は日本と帝政ロシアの対立の舞台だった。両国は、自国の影響力を浸透させるために敵対してきた。
他方で、李氏王朝による大韓帝国の国内政治においても対立があった。近代化で先行する日本との関係を重視し、近代化路線を求める改革勢力と、清朝の中国との伝統的な関係を優先して日本の影響力を排除しようとする保守勢力との間で激しい確執が見られた。
いわば朝鮮半島では、内部の路線対立と大国間の争いが連動して日清戦争や日露戦争が勃発し、朝鮮戦争のような大国間の戦争にも結びついてきたのだ。
朝鮮半島でわき上がるナショナリズムは、対外関係の路線対立と絡み合う。それは現在においても同様である。戦後の韓国政治を動かしてきたのは、米韓同盟や対日関係を重視する保守派(国際協調派)と、南北統一を最優先して反米・反日感情を隠さない進歩派(民族派)の対立だった。
慰安婦問題も元徴用工問題も、共に「韓国国内の路線対立」に起因する。我々はまず、その事実を冷静に理解することが求められる。
より重要なのは、この韓国内の路線対立が常に、朝鮮半島を巡る大国間の争いに連動していることだ。
それは、長い時間軸で見るならば、ユーラシア大陸外縁部における海洋国家連合と大陸国家連合との間の地政学的な相克である。
日露戦争が一例だ。背景には、ユーラシア大陸外縁部の港湾都市間にシーレーン(海上交通路)の安全を確保していた大英帝国と、それに挑戦して南下を試みるロシア帝国とのグローバルな対立が存在していた。
伝統的に、海洋国家と大陸国家が衝突する舞台となるのは、海と陸が接する半島である。
朝鮮半島、インドシナ半島、さらには中東地域――。これらは、いずれもユーラシア大陸において陸と海とがつながる地であると同時に、戦略的要衝でもあった。朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして中東戦争が、主としてこの「三つの半島」を舞台に勃発したことは、前述したような地政学的な理由によるところが大きい。
そして21世紀になって、米国が三つの地域から徐々に軍事的な影響力を後退させることが、新しい趨勢となった。「三つの半島」で不安定化と地域的な対立が進んでいるのは、こうした事情が背景にある。具体的には、北朝鮮の核開発、南シナ海における中国の軍事基地建設、さらにシリア内戦とイラン核開発である。
これらの背後に、大陸国家連合である中国とロシアの影響力が増大している点を見逃すべきではない。三つの地域の国々は、中露の動向をにらみつつ、米国との関係を再定義している。
朝鮮半島では、文在寅政権の南北統一への激しい情熱と、韓国政治に対する北朝鮮の影響力拡大という流れが見られる。それは既に日米韓安保協力への強い抵抗として表出している。日本による輸出管理の厳格化とは全く関連がないのに、文政権が日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を繰り返し示唆するのは、それゆえである。
我々は反日政策への不快感に踊らされて視野を狭めてはならない。外交にとって、国民感情は無視できないが、同時に冷徹なリアリズムこそが不可欠である。
韓国が更なる感情的な行動に走っても、日本は報復するのでなく、冷静に自制を促すべきだ。双方の国民感情の悪化は不可避だとしても、両国関係の不毛な悪循環は避ける必要がある。
なぜなら、日米韓安保協力の破棄や米軍の朝鮮半島からの撤退を求める勢力が韓国政府の背後でうごめいているからだ。だとすれば、日韓関係の悪化は彼らの戦略的な勝利となる。
その結果、北朝鮮が軍事強国化を一層進め、中国がアジアで覇権的な地位を確立し、さらに米国の軍事的な関与の後退がもたらされたら、どうなるか――。それこそが日本が回避すべき帰結なのである。
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