「うわっ! 重たっ。こんなの引いて走ってんのかよ。すげえなあ」
引き手を体験している若者の言葉を耳にして、会長はあきれたようにして言い放つ。
「アナタの思惑通りといったところか。最後までバレなきゃいいんだが… 」
「なににしても、ギミックは必要です。他人の昔話を好んで聞こうとする人はいません。そこに苦労の末に成功を手にしたと付加価値がつけば、それが背ビレ、尾ビレがついたものだとしても感動秘話となってみんなが知りたくなり、誰かに話したくなるというものです。 …それにバレてもかまいませんわ。どこにも、同じ仕様だという説明はされてませんから」
恵はサラリと言い放った。こういった思いっきりの良さ、腹のくくりかたが自分とは違い、結局は、そういった強い意志を持った人間のやることは、間違った方向には行かないものなのだと分かってはいても、会長には容易には受け入れ難い。
「同意書と同じようなもんか。そんなもの誰も読まんところに逃げ口上が書かれとる。自己責任を落とし所にするのは、それを招いた消費者が浅はかだと言いたいようだな。それも近頃の風潮なのかもしれんが、人を騙してもバレなきゃいいってのはな… 」
「どうでしょう。消費者が何に興味を持っていて、なにを欲しているのか。それを汲み取るのかプランナーの仕事です。体験者が人力車の引き手の能力に感心する。自分では引けそうもないこの人力車を引いて商店街の若者が颯爽と駆け抜けていく。体験したからこそわかるスゴさを実感し、感情も移入する。スーパー・アスリートを見るような目で見て、それをまわりに伝えたくなる。やがてそれは事実になっていく。過去の偉人のエピソードなんてものは、ほとんどがそんなもんですよね」
「それは… 例えが極端だな… なんにしても、こちら側の押しつけでしかない」
「ヨーロッパではこんな言葉があります。悪い話題を振りまかれるより悪いことは、話題にもならないことだと。人を騙して金をむしり取っていると思うか、人に夢を提供してその価値を代金としていただいているのか、やっていることは同じでも、考え方、感じ方次第で真逆にもなってしまうのです。それに… 」ここで恵は悪い笑みを作った。少なくとも会長にはそう見えた。「 …それにですね。簡単にはバレないようにはなっていますから、ご安心のほどを」
会長はどうせそんなところだろうと、口元を引いた。
「商売なんてもんは、結局のところ人を欺いて、少しでも原価に粗利を付けるものだとは理解しているつもりだがね。それを悪意とするか、善意とするは、たしかに売り手の判断に委ねられているのかもしれない。わたしは古い人間だからな、そこらへんが割りきれない。だから簡単に足元を見られてしまう。それで息子にもたしなめられる」
苦笑いを含み、目をしかめる。
「なにを… 言われたのですか」
戒人が会長に向かっていったい何を言ったのか、恵にも気になるところではある。
「わたし達の世代の人間は、所得が倍増するという国の方針に乗せられて、死に物狂いで働かされ、用がすめばこんな商店街のような古きモノともろとも埋没させられるとね。だから自分は物言わぬ消費者として、目だたず、出過ぎず、生きていくんだと、いちいちごもっともじゃないか。そしてそれがいまの世に求められているなら、自分はそれでもいいのだと」
「まあ、そのようなことを。本人なりにいろいろと考えてはいるようですね。私もそこそこ会社勤めをしておりますと、やはり世代ごとに考え方は似通っていると思うことはあります。無理にひとくくりにするつもりはありませんが、どうしても主流があれば、それに対する対抗分子が生まれるものです。どちらにせよ、同じ影響下の中で生きてきたのがわかります。会長には、私の世代にどのような特色が見て取れますか?」
「そうだな、女性の地位向上を図ってきた世代だろうか? 無理もある、理不尽もある。おだてられて、叩かれて、それでやはり最後は使い捨てられる。あなたの未来がそうならないように、祈るばかりだ。まあそれぐらい言っても許してもらえるかな」
「なんなりと」
会長の最後の言葉に恵はトゲを感じていた。柳田の店で、会長がトイレに立った時を見計らい、恵は瑶子に話しかけていた。とはいっても話し合いにはならず、一方的に恵が問いただすような状況になり、会長が戻ってきて止めにはいらなければ、もっと瑶子を困らせることになっていたかもしれない。恵にそのつもりはなくとも、あまりにも瑶子へのコミュニケーションが不慣れであった。
瑶子は、いまだ自分がどうすればいいのかわからないままだった。仁志貴にいくら求められようと、自分が断ればいいだけの話しなのに、それを言い伝えている姿が想像できない。そうなればなったで自分は流されてしまうだろう。戒人につきあって欲しいと言われた時も、自分の気持ち以前に、戒人に断るという術を持ち合わせていなかっただけだ。けして戒人のことが嫌いなわけではなく、むしろ嬉しい思いの方が強かったのに、それを自分から選ぶとなると話は別だった。今回のことも、果たして自分にそんな権限があるのかと何度も自問してみても回答は見つからなく、このループからはい出せないままだ。
「瑶子さん。あなたはどちらに勝って欲しいと思っているの?」
この状態でのその言葉は、瑶子にとってほかの何よりも重い言葉であり、軽々しく答えられるわけはなく、あまりにも無遠慮すぎる質問だ。
「わたしには… わかりません… 」
「わからないって、それじゃあ彼らが可哀相なんじゃない。別に悪いことじゃないわよ、誰かのために勝負をするってことは。人の想いなんてのは、つねに自分の意志とはかけ離れたところにいつもあったるするわけでしょ。誰だってそんな選択を知らないあいだに繰り返している。もしあなたにそれが宿命づけられているとしたら、逃げてばかりいても、いつか克服しない限り、どこまでも追いかけてくるわよ。あなたはふたりの男性に求められている。自分があずかり知らないところで、実はずいぶんと昔から。だったら、それはあなたが結論を出さなきゃいけない選択のひとつなんでしょうね」
恵がいつもの調子でまくし立ててくる。半分くらいしか瑶子のあたまには入らなかったが、言わんとすることはわかり心にも響いた。自分が望んでいなくても、世界は動いている。いままで逃げていたことへの代償が膨らんで、ここまで来てしまったのだ。
会長がトイレから戻ってきて目にした、しおれて、くずれそうな瑶子を見て何が起きたのか不審に思うのはあたりまえだ。自分とは正反対の性格の人間にむかって、予定以上に熱くなってしまった。もどかしさが先行してしまったと反省してもあとのまつりだ。
会長が訊いても、なにも弁護しない瑶子なので、恵がなんとか取り繕ったが、はいそうですかと会長が信用するわけがない。さきほどの戒人の態度といい、まつりの、それも人力車レースをからめてなにかが裏で動いている。そうでなければ戒人が体力勝負に参加する理由が見つからない。すべてを晒さないのはいまに始まったことではなく、それらを全部含めて恵に賭けたのだから、いまさらとやかくいうわけにはいかない。
「さあ、みなさん! お待たせいたしました。本日の最終レースとなりまーす!」
MCが観客に向けて、チケットの消費と販売を促進するトークを織り交ぜる。
「お手持ちの、プレミアムチケット。まだ余ってませんか? 本日最終となりますので、お忘れなくご参加ください。まだ、プレミアムチケットをお持ちでない方は、この機会にご購入いただいて、ぜひレースにご参加ください。残ったプレミアムチケットは明日も使えますので、安心してお買い求めくださーい」
仁志貴がスタートラインに立つと、子供たちから声がかかった。
「タコス屋のお兄ちゃん、ガンバれー! ボク、お兄ちゃんに投票したからねーっ!」
昼間、仁志貴の店で体験学習をした子供たちだ。これまでもレースの出走者はすべて商店街の店員で、自分が手伝ったお店の店員が出てくれば当然のように子供たちも応援に熱が入るし、友達を巻き込んで次につなげていく。それも体験学習とまつりを一体化して盛り上げる仕掛けのひとつだ。
「ニシキー ガンバッてーよ。あたしが応援してるんだからー! 勝ったらお取り寄せのスイーツ、プレゼントしてあげるねーっ!!」
この、タメ口&上から応援は、ご存知であるところの葉菜だ。
「なんだ、ニシキ。オマエは守備範囲広いな。ついに小学生まで手ェー出したのか!」
知り合いにひやかされ、ドッと笑いが起こる。
「それにくらべてカイトはオンナ、子供には人気ないな。しかたないから俺らが応援してやるよ」
「二代目! 頑張れよ。オマエに賭けたからな。ニシキに勝てるとは思ってないけどよ。会長が今年のまつりを盛り上げてくれたご祝儀だ」
組合の関係者のお年寄りが戒人を援護する。仁志貴に横並びするとあきらかに貧相で冴えない風体である。そんな内輪のやりとりが、まわりの観客にも親近感をさそう。カップや家族連れは子供に引かれて仁志貴を応援し、半官贔屓もあるのか年配者は見るからに貧弱な戒人に肩入れする。
声をあげて宣言する行為がまわりに飛び火し、知らぬ者までも、やれニシキだカイトだと云い合いはじめ、商店街の老人たちがうまい具合に合の手を入れるものだから、そのたびに笑いが起き、我も我もと最終レースへの参加にかきたてていった。
そのようすを見ていた会長は、恵に試すつもりで問いかける。
「これも、アナタの筋書き通りなのかな?」
「とんでもありません。商店街の方達のこれまでの鬱積がいい方向に向いたみたいですね」
「ただ、それを引き寄せる手はずは取ったはずだ」
「いかようにも… 」
恵が目を伏せて、首をかしげる。どこまでが演技なのか、どこからが既定路線なのか、やすやすと口に出す恵ではない。
「しかし、あの戒人がな。運動などろくにしたこともないんだ。あの仁志貴君とやりあえるはずがない。おかしいじゃないか。どうもな、こういうのは好きになれん。いくら楽に引けるようになったからといっても200メートル走るんだ。醜態をさらしてみっともないことにでもなれば、盛り上がったお客さんも興ざめ… ということにならんといいが。それともこれもアナタの策略の内なのかな?」
「どうでしょう? 神のみぞ知るといったところでしょうか」
会長は、その回答につまらなそうな顔をして言葉をつないだ。
「今回の夏まつりの企画に関してアナタは神みたいなもんだろう。ということは知っていると判断してよいのかな?」
恵は期せずして笑みが漏れた。続いて声を上げて笑った。会長はやれやれとあたまを振る。
「おそれいります」
恵が仕組んだのは、あくまでも陽動のみであり、それを実践するかどうかは本人たち次第だ。仁志貴が戒人にハンディを与えるべく、『ボタンを押さず』に人力車を引かせるための手は打っていた。果たしてその状況であっても、戒人が仁志貴と五分に渡り合えるのかは別問題で、そこまで図れているわけではない。ただ、先ほどの観衆の盛り上がりも、この状況が招いたことで、そういった風の流れのようなものは伝わってきた。
――うまくいけばお慰み。神頼みしたいのはコッチの方よ。
「いよーう、カイト。逃げずに出てきたことだけでもほめてやるぜ」
仁志貴が軽口を叩いても、戒人は無反応で硬い表情のままだ。普段目にしない姿に調子が狂う。
「そんなに入れ込んでると力でねえぞって、オレが言うことじゃないか」
仁志貴は手元のレバーに指をかけ、もてあそんでいる。まともに戦えば、負けることはない。どれほど戒人が準備してきたといえ二週間ではたかがしれているはずだ。
CVTの使用は引き手の外にある自転車のブレーキを流用したレバーを引くことで可能になる。これを握ったまま走ると駆動モーターが動き、走り出しが楽になり、速度が上がればCVTのおかげで軽い足取りでスピードが上がっていく。その機器が設置されていることで、CVTを使わなければ通常の人力車より重い荷重を引く羽目になる。一般参加者には緊急ブレーキなので危険回避のとき以外は使用しないように伝えていた。そもそもふつうに引けば重くてスピードが出ないので、危険になる状況にはならない。一応念のために走行中にレバーを引くとブレーキがかかるようにはなっている。これはレース参加者とごく限られた者だけが知っている機密事項なので、『レバーを引く』という言葉も使わないように徹底され、古いギャング映画で、暗殺の命令を『ボタンを押す』という隠語を使っていたのを面白がって、仲間内ではそう言いあっていた。
――カイトのヤツ、本当にガチでやるつもりなのか?
二人は揃いの半被姿でスタートラインに立ち、その時を待つ。仁志貴の指が伸びレバーに手がかかった。これを握らなければCVTは切れたままで、体験用で客が引くときと同じ条件となり、車輪の動きが重くなる。戒人はCVTを使って走るであろうから、それで丁度いい勝負になる算段であった。
戒人は仁志貴がCVTを使わずに走るとは知らないはずなのに、負け戦に向かう表情には見えない、なにか秘策があるのか、それとも、なにも考えていないのか。これまでの戒人なら後者だと思われるが、妙に腹の据わった態度からそうでない雰囲気が伝わってくる。これが恵の目論む化学反応なのだろうか。
――あいかわらず、ハッキリしないなオレも…
「よう、よう。さっさとおっぱじめようや」
仁志貴がMCの男に声かける。時間がかかればかかるほど、余計な気の迷いだけが増幅していく。MCの男は、お客がチケットを買い求め、馬番のスタンプを押してもらっている列が途絶えない限りレースをスタートできない。すこしでも売り上げにつながるなら時間が押してもしかたなしというかまえで、その間をもたそうとさらに観衆に呼びかけるためにいまだにチケットが売れている。
――さて、どうしたもんかな… これじゃあ余計なこと考えるなって言うほうがムリだぜ。あえて期待を裏切るのもオレらしいかな。
期待は両方にある。わざと負けて戒人に花を持たし、瑶子とのことにけじめをつけさせる。それが、恵からのそそのかしもあって、まつりの舞台にかこつけて描いた絵のはずだった。
戒人が仁志貴に体力勝負で、しかも瑶子を奪われたくないという前フリがあったうえで勝つというところがミソで、それほどまでに瑶子のことを想っているという図式が成り立つ。仁志貴のヒザが悪いのは商店街では万人の知るところで、それがもとで走れなくなっても誰も疑問を持たない。どちらにせよ、瑶子の気持は一切も考慮されておらず、その意識が強い恵は「彼女でよかったわね」と、多くの意味を含んだセリフを言いながらも楽しんでいた。
仁志貴にはその一方で、勝って瑶子に想いを伝え、どのような結果になるのか知りたい自分もいた。ある意味、自分が期待しているのはそちらなのかもしれない。仁志貴が瑶子に気持ちを伝えるために、いちいち戒人とレースをして勝つ必要はないところが、自分には不利な要因のひとつで、予定通りに進むことが多くの人の望むところなのだと知れば知るほど、まともにやるのがバカバカしく思えてきた。
はたして裏切りの先にどんな未来がまっているのか。それこそが本来の世界だとしたら、期待通りの方が実は裏切りの世界なのかもしれないと、都合のいい方向にもって行きたくもなる。
――自己チュウなのはいまさらだな…
そこで、仁志貴に意外な掛け声が観衆の中からかかった。
「おーい、ニシキ! おまえ、このレースに勝ったら。彼女に告白するらしいじゃねえか。そりゃ勝つしかねえなあー」
怪訝な顔を向ける先には、風呂屋の敬太がニヤニヤとして立っている。余計なことをと思いながら戒人を見ると、冷めた目つきで仁志貴を見ていた。
「おーっ、ニイちゃん。そりゃガンバらなきゃなー。彼女喜ばしてやれよー」
と、どうにも、見当違いな方向に流れていく。
「なによー、ニシキッ!! アタシというものがありながら、どういうことよーっ!!」
葉菜は本気とも冗談ともつかない奇声をあげると、観衆は大ウケした。
「なんだよ。けっこうあざといことするんだな」
葉菜の言葉に、ニヤついた顔をしていると、戒人がしれっと言い放った。皮肉たっぷりのその言葉を受けても仁志貴は動じない。
「別にオレが頼んだわけじゃないぜ。瑶子が聞いてたら逆効果でもあるしな。それにコイツはオマエにとっても同じことだろ」
自分の理論で推し進める仁志貴に、戒人があきれ顔で言う。
「自分の土俵に人をあげといてよく言うよな」
「それは日常であって、運命でもある」
仁志貴は腕を組み小芝居を始める。
「オマエはいつもそうやって、わかりずらい、もっともらしい、哲学的な言葉でごまかすなっつーの。そうやって、オンナ口説くんだからな。オレがやってもうまくいかないのに… なんにしろ、ヨーコちゃんがここに居なくてよかったよ」
「どこで見てるんだよ」
戒人は含みがあるように片方の口角をあげた。
「ナ・イ・ショ」
「恵さんかっ!」
今度は、仁志貴がツッコミを入れる。なんだかんだで、仲のいい二人であった。
会場では新たに手にした話題で勝手に盛り上がり始めていた。
「よーし! ニイちゃんたちガンバレー! どうせなら、勝った方が彼女に告白すればいい」
「なんだか、嫁取り合戦だなそりゃ」
「そりゃいいや、飲み物タダになるより、おもしれえ」
調子づいた客たちが、好き放題に声をあげていく。それがいちいち観衆にウケるものだから、これはいい風が吹いているとMCがさらに煽ってくる。
「さあ、これは見ものです。勝った方が彼女に結婚の申し込みをするといった。前代未聞の事態になりましたーっ!!」
「勝手に決めるなって!」
戒人と仁志貴と、そして時を同じくして恵がツッこんでいた。
「前代未聞ってなによ? 今日はじめて人力車レースしてんのに。日本語間違ってない?」
恵が気にするささいなことなど誰も構っちゃいない。酔いも手伝ってボルテージはあがる一方だ。どこからともなくコールが巻き上がった。
「おーとーせっ!」「おーとーせっ!」
プロレスで絞め落とす時のコールを、女をおとすに引っかけている。
「ふーん。飲み物タダより、かぐや姫争奪の方が盛り上がるのね。やっぱり現場を見ないとダメね。現場百篇とは刑事だけじゃないのね」
「時田さん。それは私に対して嫌味ですか?」
冷静な言葉と表情は一致しておらず、口元が微妙に痙攣してた重堂がそこにいた。
「あーら、いつから居たの? 駅前の商店街、見ていなくて大丈夫なんですか? そ・れ・と・も、敵情視察?」
あきらかにからかいモードで重堂をおちょくる。いくら馬鹿にされようが、からかわれようが重堂は堪えない。むしろ嬉しがっているように自虐的な言葉もなめらかだ。
「心配には及びません、おかげさまで閑古鳥が鳴いてますから、わたしがいなくてもなんの問題もありません。むしろ、おれませんから」
会長は、駅前の状況にそば耳を立てている。
「そう、よかったわね。これで晴れてわたしの下で働けるじゃないの。ただし、食いぶちは自分で見つけて来てよ。仕事もらえると思ってたら大間違いだから」
恵がさらに屈辱的な言葉を放なとうとも、かえって喜ばれてしまう。
「あなたの足の下で働けるなんて願ってもないことです。あなたが独立する折には、喜んで得意先のふたつみっつ持ち込んでお供いたしますよ。厳しい態度や言葉とは裏腹に、わたしへの期待は高いようですね」
「足の下って… 言ってないし。それに… なによ、ウラハラって、新たなハラスメントなの? うーん、裏事情暴露ハラスメントとか?」
「……」
もちろん、重堂を黙らせるために、わざとボケてみた。
一部の緊張感のないところは差し置いて、全体的にはいい具合に会場も温まっており、馬券受付場もクローズし、スタートラインの二人に観衆の目が注視された。
頃あいと判断し、MCの男は花火師に合図を入れると、仕掛け花火が点火され、五つの打ち上げ花火に次々と着火していき、カウントダウンとともにサイズが大きくなっていく花火が打ち上がった。観衆は花火が打ち上がるたびにオーッと声をあげ、残り3つ目からはカウントを始め、ゼロの雄叫びとともに最高潮へ達していった。
そして、ふたつの人力車が、それぞれの想いを含んで動き出した。