private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over14.3

2018-03-10 21:00:50 | 連続小説

 たしかに朝比奈の側から言えばそうなるだろうけど、それでオトコが満足するかといえば、それでは世の中が余りにもつまらないものになってしまう。女の子達から舐めまわされるような視線を浴びたこともないおれが言うのもどうって話しだけど、そうかと言ってそんなオトコどもが頻繁にいるわけでもないから、いわばオトコの理論で世界が動いている前提ですべてが語られているならば、頭脳明晰、先読み抜群の朝比奈には、もうそれだけで充分なほどその先の展開が目に浮かび、確信があるほどそれを破壊する必要に囚われていくみたいだ。
「欲望の放出も大切だけどね。実際はね、それほど多くの時間が残されているわけじゃないでしょ。こんなことで貴重な時間を使っちゃっていいわけ? わたしからどれだけ多くのものを奪おうとしてるのか、わかってるのかしらねえ。それにあなたもね。ホシノくん」
 はい、そうですよね。朝比奈に関わろうとするひとつひとつの行為が、朝比奈から貴重な時間を、、、 何をするための時間かは知らないけど、、、 奪いつづけている。今日も1時間ほど不毛に時間が流れ、それを取り戻すためにさらに時間が必要となっていく。
 朝比奈は不敵に笑った。おれはなにか間違ったことを言っているのだろうか。
「体験というのが、それほど重要だとは思わない。すべては脳の中で電子の流れの映像化であって、想像が実体を越えて意識を動かすだけよ。ホシノがこうなってるのもイメージの結合の結果でしかない」
 そうなのか。イメージだけで生きられれば、ずいぶんラクで幸せな人生が送れそうなんだけど。ああそうか、イメージが貧困だからその程度の人生しか送れないんだ。成功より失敗を恐れ、幸運を祈り不幸を探して、そして、平和を願いつつ、戦いを求めている。
「そんなものね。すべては不安がそのひとを縛り付けている。こうなったらどうしよう。ああだったらどうなる。そうしたらこんなひどいことが起こるんじゃないか。心の均衡を保つために不安から逃れようとする行動をとりながら、過度の幸福は、あえて不安要素を探そうと求めていく」
 それはつまり意思の強い朝比奈はあらゆるものを手にして、不幸を想像しない分、そこに陥ることもない。じゃまするヤツラは排除され、戦わずして自分の棲みかを勝ち取っている。それでもままならないのはオトコ達の好奇の目なんだ。近づいてくるオトコを振り払うことをできても、その代償として貴重な時間が消費される。最善は誰からも絡まれないことだけど、そこまでコントロールできないのは朝比奈が持つイメージを、助平根性を持ったオトコ達が凌駕しているからなんだろうか。おれだってイヤらしいことを考えるパワーにはかなり自信がある、、、 ああこれが妄想のなせる業か、、、 虚しくともそれで人類が生きながられてきたと思えば受け入れるしかない。
「ホシノの家ってさあ… 」
 なんだか、唐突の質問だった。イメージの世界から現実に引き戻された。そういういいかたってよくあるけど、だったらおれたちはいったいどの世界に生きているのだろうかと考えることもあり、記憶だけが唯一の頼りならこれほど脆いものはないだろう。この時間だって、こんなに長居してる場合じゃないはずなのに、おれにとってはとても短く感じられる、、、 朝比奈はどうなんだろう、、、
「 …これまで、なにかカッタことあったの?」
 勝った? 誰に? おれの家が? おれ自身は誰かよりまさった記憶はない。走っていた時だって、一位になったことはなく、そこそこの順位、それが伸びしろがあると言えるうちに走れなくなったのは好都合だったのかもしれない。どちらにしろ負け続けの時代、、、 この先もそれほど大差ないはずだ、、、
「ああ、そうじゃなくって、動物。いま子ネコ飼ってるでしょ。これまでになにか飼ったことあったのかなって?」
 ああ、動物。ないない。だいたいあの母親が生き物を飼うって考えられない。はて、どうして今回は飼う気になったんだろう。学校でハムスターを飼うのが流行った時期があった。自分も飼いたいっていったら、ウチはウチ。ヨソはヨソと、一刀両断だった。部活をはじめた時に、ジョギングのお伴に犬を飼いたいっていったら、町内会長が飼ってるジョンといっしょに走って、ついでに散歩のバイト代貰ってなにか御馳走してちょうだいとたかられた。
「そうなの。今回は、イレイなのね」
 慰霊、仏壇に供えるアレ? 親ネコは死んだみたいだけど、家に慰霊を飾る予定はないはずだ。
「じゃなく、これまででは考えられないのかって?」
 朝比奈のツッコミの言葉も短くなっていく。おれにはこうして引き続き、朝比奈の貴重な時間を浪費させるぐらいしかできない。すべての言葉が相手との意思を疎通させるわけじゃない。いやきっと、そうでない方が多いのに、おれたちはわかったように会話をして、裏切られ、期待を超え、そうして生きてきた。
 
母親がネコを飼おうとした理由を考えてみた。そうだなあ、なんでだろ。考えられるのはあの時、朝比奈が居たということと、その前に庭先でネコが死んでいたってことぐらいしか思い浮かばない。さすがに子ネコを無下にするには寝覚めが悪いと思ったのか、朝比奈の手前、捨ててこいとは言えなかったのか。母親にだってさまざまな理由があり、それにともなう行動がついてくる。一緒にいればそれにつきあわされ、それがいやなら離れるしかない。それが誰だったおなじのはずだ。
「要因はいろいろとあるものね、それがあの子ネコの持っていた運なのかもしれないし。いいわね、そうゆうのって、動物だけじゃなく、人が生きていく過程にも、それなりのモチベーションや、エモーショナルがあるって思い知らされてるみたいで」
 なにを思い知らされるのか、おれにはマスターベーションかエロチシズムぐらいしか知らんけど。
 そんなもんなんだ。おれたちは単調に毎日過ごしているようで、すべてが偶然の積み重ねで成り立っているとしてもなんらおかしくない。マンホールのフタが外れていれば、壁のブロックが倒壊すれば、ビルの窓が外れれば、いつ自分が死ぬかなんてわかったもんじゃない。そういう不幸なニュースは日々散見されているというのに、誰も次は自分だなんて思いもしないんだから。
じゃあ、あの子ネコちゃんは、ホシノ家で初めて飼われた動物ってことか」
 うーん、どうだろうか。そういえば小学校の時に、縁日で売られていたカラーヒヨコを買った記憶がある。これは前もって母親には相談せず抜き打ちで持ち帰った。
 赤やら、緑やら、青のヒヨコがめずらしくて、ニワトリになったらどうなるんだろうと、お祭りの行くからって母親から貰ったなけなしの100円で緑のヒヨコを、、、 おれの好きな色はみどりだ、、、 ひとつ買った。自慢げに家に持って帰ると、母親に呆れられた。そんなヒヨコすぐに死んじゃってニワトリになるわけないでしょ。かき氷でも食べた方がよっぽど良かったのに、って、、、 友達はかき氷も食べて、おれは両方買えるお小遣いをくれなかった母親を呆れたかった。
「あったね、そうゆうの。わたしは遠巻きにしか見てないけど、とにかく怪しげで、あの口上とか、まわりの雰囲気で買わなきゃいけないような気になるのよ。引いた位置で見てるとね、近過ぎて見えないモノが見えるでしょ。 …それで、どうなった? ヒヨコ」
 次の日に、野良ネコが咥えて逃げていくのを見た。キャベツかレタスかと思ったんだろうか、、、 ああ、ネコだからふつうか、、、 
 
夏休みが終わると、友達のだれもカラーヒヨコの話題にはならず、どこかで色のついたニワトリを見たなんてはなしもなかった。
「あたりまえでしょ。スプレーで色付けただけなんだから。成長すればもとの白いニワトリに戻るでしょ。そこまで成長するのはまれだろうけど。その時からの縁なのかもね。ネコ飼うのも」
 ああ、そうか。だから、今回のネコはその償いか、、、 そのわりには態度でかいな、、、