「なにボーッとしてんの? またどうせ、高校男子らしい妄想してるんでしょ」
モーソー、というか勘違いで舞い上がってるだけだ。勘違いなのかどうか、確かめたいけど、そんな勇気はない。調子に乗ったひとことで、すべてを失うなんてこれまで何度もあったから。
「あのね、ホシノに見せたいモノがあるの。だから、ちょっとつきあって欲しいんだけど? 時間ある?」
テンぱってるおれに、やさしく噛み砕いて説明してくれているってのに、おれはまた、見せたいモノってとこだけに食いついて、さらに興奮状態に突入していく、、、 もっと、さわやかで、青春してるハナシにする予定だったんだけど。
さすがにこのまま突っ走るのは朝比奈に対して失礼だと、暴走するのもいいかげんにして、会話を正常化しなければ、、、 妄想が暴走、、、 韻をふんでも誰も喜んでもらえない。
もちろんおれはもうバイトは辞めているから、この場所に拘束されることはない。いつ、何時、どこにでも、お伴をしろと言われれば、なんら断る理由もない。そこで、疑問がわくのは、どこにどうやって向かえばいいのかということだ。
「バイクの後ろに乗って。これスクーターだけど中型だから、2人乗りオッケーなの。ホシノのメットは用意できなかったけど、すぐそばだから大丈夫だから」
なにが、大丈夫なのか、安全運転で走るから事故しないからとか、警察につかまるようなヘマしないからとか、どっちにしろ、おれは朝比奈との二人乗りって、キューティーハニーのオープニングを回想してしまい、実現すれば、それ以外のあらゆる不幸を受け入れる自信がある、、、 そんなこと言って大丈夫か?
「そうなら、問題なしね。じゃあ行きましょうか」イキます、イキます。
朝比奈がスクーターにまたがり、キーを差し込む。おれもその後ろにまがってみると、たしかにシートに余裕があり、ふたり並んで乗ってもなんら無理がない。朝比奈は後頭部を下げ髪の毛を左右に振り、そこにヘルメットを装着する。
おれは髪の毛が触れないように自然とのけぞっていた。スクーターの荷重がずれて気づいたのか、あっ、ゴメン。とさり気なく言われた。ベルトを首でとめてヘルメットが固定されると、髪の毛がそこから広がってところどころハネている。
ホントは髪の毛に触れれば良かったと後悔してたのに、期せずして評価が上がったようで、やっぱり朝比奈も高校男子の本質がまだわかっていない、、、 いばって言うハナシじゃない、、、 なんにしろこの距離感はたまらん。
「おい、おい、青春してくれちゃって、うらやましいな。オマエら」
おれがいい気分に浸ったてるところに、ジャマをするのはやはりマサ、、、 オチアイさんだった、、、 見ればマサトは久しぶりに来た客の対応に追われている。何度もこちらの方を振り向いては、おれたちの様子を伺おうと必死な表情だ。心配するなマサト。おまえにもいつか良い日が来るはずだ、、、 たぶんな、、、
「ホシノ。おまえがガス入れるのは大目にみてもいいけどよ、お嬢ちゃんにカネ払ってもらわねえとな」
なんと、朝比奈の強引な誘いに動揺しつつも、喜びいさんでついてく気まんまんで、スクーターのうしろにマヌケ面してまたがってるおれは、ガソリン代のことなどさっぱり忘れていた。
スタンドの身入りに関心がないのはバイトを辞めたあとだから、と言いたいとこだけど、バイト中もスタンドが儲かろうが、自分の給料には関係ないからヒマなほうがいいと思っていたな。
「失礼。カレとね、バイトはじめる前に、おごってもらうって約束してたもんだから。今日は給料日って聞いて、その約束を果たしてもらおうと。ねっ」
そう言って朝比奈は、うしろに乗るおれを親指で示した。そりゃたしかに夏休み前にそんなハナシをしたこともあった。それをいまこのタイミングで持ち出すか。それに給料もらったってなんで知ってるんだ。
おれがどう対応しようか戸惑っているなか、朝比奈は魅惑的な微笑みでオチアイさんの出かたを待っている。
たしかに給料はもらって、厳重にディバックの奥底に隠してある。もちろんおれが払いますよ。と言いだそうとするまえに、オチアイさんは腕を組んで大声で笑い出した。その姿はランプから飛び出した巨大な魔法使いのようで、さしずめ朝比奈は魔法使いを操る小さな妖精といったとこか。そしておれは、騒動を起こすだけおのそそっかしいサルだな。
「おもしれえお嬢ちゃんだ。もともとそうまでして取り立てる気はねえよ。いいだろ、気に入った。今回はおれが持つからそれでいいだろ」
オチアイさんはキーを操作してメーターをリセットし、そしておどけて片手を天に開いた。朝比奈は目を細めている。
「オニーサン気前がいいのね。ありがとう。また寄らせてもらうわ」
てっきり、あなたにおごってもらう理由がないとか、大人を困らせるようなセリフを言うかと思ったんだけど、さすがの大人の対応だった。
どこかの木からセミが一匹、飛び立ってスタンドを横断してく。この日差しと照り返しの中、セミが数10メートル先の別の木へ移動する理由はなんなのだろうか。単純に考えれば、吸っていた木の蜜が枯渇して腹がへり、やむにやまれず別の食糧源にありつこうとした決死のダイビングとか、、、
そこで、浅はかなおれが考えるには、もっと近くにある木を選べばいいのにとか、広域で状況を観察できる側だけにあり、当の本人はそれが最適の選択だったはずだ、、、 セミにそこまでの知能があればだけど、、、 なんだかふたりの会話に入り込めず、そんなどうでもいいことを考えていた。
「そうか、常連になってもらえば、安い投資だったな。おれも商売上手って社長に喜ばれる。スタンドが… 続けばのハナシだがな。お前らがいつまでもイチャついてると、ウチのバイトの仕事がはかどらないから早く帰れよ。それにしてもな… 」
早く帰れといいながら、なんだか話が終わらなさそうなんで、年配のひとってそういうとこあるだな。年配っていっても5歳しか変わらないけど。それにイチャつくとか、そんなこと全然ありませんから。
「オレぐらいの年になるとなあ。こう、夏休みがきて、オマエみたいな新人のバイトが入ってくると、ああ、また一年たったんだって、そう思うわけよ。この一年なにをして、なにを手にできたのかなって。オマエらはまだ、そんな感じ方しないんだろうけどよ。だからだ、だからよ、そうならないうちが実は一番いい時期ってことなんだと思う。いろいろあるけどな、それもすべていい経験ってやつだ。なんていうとオッサンくさいか」
なんて言うと、朝比奈はじゅうぶんオッサンだよ、と小さいけれど聞えるようにつぶやいた。さっきはオニイサンって言ったよな。
苦笑いしているオチアイさんが、オッサンかどうかっていうことより、いったいおれたちが、その心境に達するまでにあとどのくらいの時間が残されているのかわからないし、いま生きていくことだけで精一杯で、気がつけばオチアイさんの見た景色と重ね合わさっているなんてことになりかねない。
限りある期間に咲き乱れ、ひっそりと散っていく桜のはかなさに意味があるように、若者たちのこの時期ってやつにも意味があるんだろうけど、その意味を知る頃にはもう後戻りできないところまで来ている、、、 そんなもんだ。
オチアイさんはうしろで手をヒラヒラと振って行ってしまった。マサトの作業も終わりそうで、いつまでも長居してる場合ではない。朝比奈は行くわよと小さく口を開いて右側のハンドルをグッとひねった、、、 スロットルっていうらしい。
走り始めはグッとからだを後ろに持っていかれた。だからって勝手に朝比奈にしがみつくわけにもいかず、、、 ホントは良い口実で、しがみつけばよかった、、、 とっさにシートのへりをつかんだ。スクーターが軽く横滑りした。
「なれてないのね」 ええまあ。シロウトなもんで、、、
「はなれてると、バランスが取りづらいの」 そうなんだ。深い言葉に聴こえるなあ、、、
「腰に手をやって。わたしの」 はい。よろこんで、、、
「そう、それでカラダを密着させて」 えっ、マジで、、、
「下半身は密着させないでいいから」 あっ、、、
朝比奈と、オチアイさんとの掛け合いではおれは蚊帳の外だった。なんだか、ふたりのあいだだけで通じる符丁の言葉で会話しているようで、実際の言葉とは別に何かを確認していたみたいに、、、 勝手な想像だけど、、、
すべてがなんでもわかってしまうのは、ある意味つまらないし、現実的ではない。それなのにすべてを知ろうとしてしまう。おれは口をつむんでいた。その報酬をいま受け取っているのだとしたら、なんにでも割り込もうとするのは、もらいが少ないんだな。
この暑い中でも朝比奈のカラダは、ひんやりとして心地よかった、薄い布が二枚隔てているだけの距離、、、 おれと、朝比奈の、、、 この状況は、なんだか肌が触れ合っている以上に接近感があった。鼓動と、脈動がつたわり調和していく。もうそれだけで、すべてがわかりあえたような気持ちになれ、それでなんだか、さっきのオチアイさんとのことがよけいに身にしみてくるようだ。
たしかにこの態勢だと、朝比奈のハンドリングで右に左に振られようとも、変にバランスを崩すことなく心地よく走っている。朝比奈もふたり乗りに慣れているようで、それはおれに新しい嫉妬を生み出していた、、、 これまでもだれか別のヤツと、、、