private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over20.41

2019-12-21 07:43:06 | 連続小説

「それって、かなりムチャぶりされたな。おまえにそんな企画力とか計画力があるとは思えん。そりゃおまえも無謀すぎるだろ。ひとの人生背負うようなタマか?」
 おれはクルマのことをごまかすために、それにマサトに話したいこともあったから、矛先を変えたい一心で、今日のことをかいつまんで説明した。そりゃ、自分の都合のいい部分だけをつなぎ合わせるもんだから、つじつまが合わなくなってごまかそうとするから、よけいに中途半端な物言いになる。
 無謀なのはわかっている。だからマサトにこうやって話して、なにかいい手立てはないものかと協力してもらおうとしてるんじゃないか。なんだかんだ言って、おれはマサトのことを頼りにしてるんだから、、、 本当はマサト以外に話せるツレがいないだけだ、、、 
 なんて情に訴えて言えば、しょうがねえなあとか言いながらホイホイと手伝ってくれそうな気がしてたんだけど。だからってマサトから抜群のアイデアが出てくるなんて思っちゃいない。ここはまず少しでもクルマの話題から遠ざけたいだけだ。
「しかしなあ、朝比奈さんが歌をねえ。そりゃ魅力的だし、見た目もいいし、神秘的でもある。でもさあ、限りなく人望がない。ひとを寄せ付けないだろ。クラスのヤツらにも先生にも総スカンなんて学校中誰だって知ってるぞ。それを都合よく歌うたうから聴いてくれっていってもどうかなあ。どれだけうまくたって、感情が先にたちゃ、よけいに反発されるってこともあるだろ」
 マサトのヤツ、めずらしく論理的なこと言うじゃないか。オマエに言われるまでもなくおれだってそう思っているよ。だからなにかいいアイデアがないかって言ってるんだよ。ダメな理由を念押ししろとは言ってないよ。
 だいたいそんなこと朝比奈自体わかってるって。だからこそ、それをやりとげればスポンサーにアピールできるし、海外に出るための布石にもなる。それを乗り越えることが朝比奈の強い動機になっているのは間違いなく。その真剣さが帰りのときの集中につながっている、、、 と思う。
「ムリ、ムリ。そんなもん出るわけないだろ。歌なんて興味ないし。それにさ朝比奈さんがおれの言うこと訊くと思えない」
 そりゃよ、なんかいいアイデア出してから言えよ。誰が言ったとかじゃなくて、それ自体に魅力があれば関係ないだろと。おれもマサトに焚きつけるばっかりで自分が言い出したことなんだし、こりゃホントに責任重大だなあなんて、いまさらになってプレッシャーを感じ出していた。
 マサトは背中向いて、あたりまえのようにおれの愛蔵書をパラパラとめくりはじめて、もう関心なさオーラを放っている。おれも畳に寝転がって天井を見上げた。天井の木目やシミのひとつひとつがこどもの時から何ら変わっておらず、かぜを引いて学校を休んだ日のなんとなく体調が戻ってきて、寝てるのにも飽きはじめたとき眺めていたヤツだ。
 熊だとか、龍とか、宇宙人の顔だとか、一度そう見えたらもうそれ以外に見えず、こうしてたまに見上げるたびに同じことを思い出して、そしてこれからもことあるごとに過去に引きずられるんだろうか。そのときおれはこの日のことを思い出すんだ。この日以上の印象的な一日で塗り替えられない限り、、、 もうそんな日はないんじゃないだろうか、、、
 おれが見れるような景色はそんなもんだ。わたしには見たい景色があるって、そう朝比奈は言っていた。マーチン・ルーサー・キングが同じようなこと言ってたな。おれがマリイさんの話から思いつきで言っただけなんだけど、それが朝比奈のイメージと近かったのかもしれない。それなのにマサトじゃないけどその障壁は高すぎる、、、 ウチとお隣さんとの壁以上に、、、 落っこちたら誰も救ってくれそうにないしな。
 それなのにおれは、その景色を見たくてならなかった。朝比奈が学校の屋上から歌う。あの声で。みんなは茫然と見上げる。その歌を聴いて、そして歌い終わったときにどっちにころぶのか。罵声をあびるならまだしも、なかったことのようにムシされたらと思うと背筋が凍りつく。生きてくうえで、それから逃げちゃいけないときもある、、、 生きていくなら。
 誰にだってそんな思いはあるだろう。自分が見つけたり、たまたま目にした掘り出し物をみんなにも知ってもらいたい欲望。これをみんなに見てもらいたいし、知ってもらいたいって。いてもたってもいられない気持ち。みんなの驚く顔や、喜びの顔。だろう、やっぱりいいだろ。自慢げなおれ。おれじゃなくてもいい。だって、そんなのが同じ世代や仲間のあいだに流れるこころの拠りどころじゃないか。
 ひとのこころを変えるのは大変だ。かたくなな思いをこじ開けるのは逆効果でしかない。それなのにひとは変わりたがっているのも本当だ。誰かからのドアのノックを待っている。おれもそんな一縷の望みをマサトに賭けていたんだけど、どうもおれのノックでは響かなかったようだ。
 おれの愛蔵書もいいかげん飽きてきたらしく、マサトは、おれそろそろ帰るわと、ボソッつぶやいて立ち上がり、部屋を出ようと扉に向かった。おれもなんだか眠たくなってきたもんだから、玄関まで送る気力もなくおかまいなしだ。両親も寝ちゃってるだろうから、カギ閉めとかなきゃダメだなあとか気になりながら、カラダはいっこうに動く気配をみせない。
「あっ!!」突然マサトは大声をあげる。おれは何事かと上体を起こしマサトのほうを向いた。マサトは扉の前で天井を仰いでいた。天井にはサザエの貝殻が浮かんでいる、、、 今日のマサトとの出来事として刻印された、、、
「そういえば、朝比奈さんさ… 」
 マサトはそう切り出して、また長くなりそうな思い出話を語り始めるようだ。
「 …2年の時に音楽室に新しいピアノ入ったろ」
 そうだっけ。それがどうしたって言うのか。
「音楽の授業の時に、クラス全員に弾かせることになったろ」
 ああ、なんかそんなことあったな。どこかの社長の娘がピアノ留学するだかで、その記念にバカ高いピアノを学校に寄付したって。スタインなんとかって外国製で綺麗な漆黒のボディに下品な金色のナンチャラモータース寄贈とか書かれて、商品価値を著しく下げたとか先生も愚痴ってたヤツだ。
「授業の一環として、みんなに本物に触れてもらおうって名目だけど、ほんとうはピアノと娘の演奏を自慢したいためにやっただけさ。みんなそう陰で言ってた」
 それと、朝比奈とどう結びつくんだ。気になりだして眠気も覚めて、おれは身を起こして椅子に座りなおした。
「ピアノなんかまともに弾けるやるなんか限られてるだろ。その社長の娘と、ピアノ習ったことがある数人か、すこしカジったことがあるヤツぐらいだ。ほかはせいぜいネコふんじゃったとか、カエルの歌とか、ありがちな曲をワンフレーズ弾くぐらいで、おれなんかドレミって鳴らしただけだし」
 うんうん、オマエのハナシはどうでもいいから、先にすすみなさい。
「あれっ、そう言えば、イチエイ何弾いたんだ?」
 うんうん、おれのハナシもどうでもいいから。あれっ、おれ、どうしたんだろう。この記憶が薄いんだけど。
「おおかた、当日にカゼでも引いて休んだんだろ、ピアノ弾かずにカゼ引いて。ハッハッ」
 うまいこと言ったみたいなカオになってるぞ。うまくないし、ピアノもカゼも生まれてこのかたひいたことがない。
「オマエのことはどうでもいいんだけど… 」おれのセリフだよ。
「それで、やっぱり社長の娘さんはうまいなあって話で終わる予定だったんだろうけどさ。朝比奈さんだよ。やっちまったんだよ。彼女の順番になって、ピアノに腰かけるとそれだけでなんだか教室の景色が変わった、なにか起きそうな雰囲気がありありだった」
 ここでも景色か。マサトとキーワードを共有したくないな。おれも近ごろなんども目にしてきた朝比奈が持つ独特の雰囲気は、昨日今日で培われたものじゃないんだな。
「社長の娘は模擬演奏だから、一曲丸まる弾いたんだけど、ほかのヤツらは授業内におさまるように、だいたいワンフレーズって決まってた。あれ、たしかアビーロードのB面の最後のほうの曲、切ない感じのピアノではじまる」
https://youtu.be/F2dJgtj0J4A 
『ゴールデンスランバース』だな。
「そうそう、そんな感じの」どんな感じだよ。
「あれ、曲は短いじゃん。で、あのイントロ聴いたとき、おれ総毛だったよ。で、メロディ弾きながら、左手でボーカルのメロディ弾いて、みんな聴き入っちゃって、社長の娘が悔しげな顔しはじめるもんだから、先生が手をパンパンと叩いてそこまでそこまでって」すげえ茶坊主。
「でも、先生のそれもポーズだったんだよな。無理に止めさせることもなく、最後まで弾いて、ジャジャーンって締めると、みんな拍手喝采だった。2年のときはまだ朝比奈さんもクラスで孤立してなかったろ。だから、そのときはちょっとしたヒーロー、 …ヒロインか、になっていた」
 それは、まさにおれが思い描いていた景色であり、朝比奈が見たい景色の原色として記憶なのか。それをもう一度再現したいっていう気持ちは、朝比奈のイメージからは違うような気がする。マサトからの情報はありがたくもあり、一抹の物悲しさをもたらした。