private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over24.21

2020-02-29 15:01:55 | 連続小説

おれたちは、、、 朝比奈は、受付のおねえさんに、、、 澤口さんに、退室の手続きをしてもらい、お礼を言って図書館をあとにした。澤口さんは、室内のときとは打って変わって他人行儀な対応になっていた。最後にだけまわりにわからないように、ちょっとだけ手を振ってくれたので、おれたちもそれにあわせて控えめにあたまをさげた。
「彼女も、いろいろと気をつかう立場みたい」
 朝比奈はそんなことしないんだろうな。そんな仕事場だったら、さっさと辞めてしまうだろうし、そう考えれば未来は明るいのか。
「そう。そう思う? わたしもね、それなりに自制はしてるんだけど。ただ、ただひとつ言えるのは、それで自分が楽しいかってこと。判断基準はね、それだけ。楽しさがそのときだけでよければ、そうするし、ながく続けたいならそのように振舞う。そうあればいいと」
 それができないから、おれたちは無駄な争いをするし、ひとを好きになったりもする。そんなふうに感情をコントロールできるのはどうしてなのかと、いまさら面と向かって訊くたぐいのはなしじゃない。
 澤口さんだって長く勤めたいからこそ、やれることと、やれないことを切り分けていると考えればいいだけのことだ。その分、あの音響ルームで楽しめばいいんだ。
「どちらが目的で、どちらが要因なのか、それじゃあわからなくなる。彼女もそこらへんのことに、そろそろ行き詰っているんじゃないのかな」
 朝比奈のスクーターは自転車置き場の隅に止めてあった。整然と並べられた自転車の列から外れてすみっこに、それでも横柄な態勢でとめてあるように見えるのは、おれの気持ちが風景をゆがめているのか、勝手な偏りが映像を正確に処理できなくなり、おれなんかじゃしょせんそれぐらいの感じ方しかできないんだから。
 そしておれは、このスクーターを見ると、朝比奈とケイさんのやりとりを思い出して、いろんなストーリーがあたまをよぎり、そんなおれの情動を乗せたスクーターを恨めしく見てしまう。
 何の確約もない関係と、朝比奈の人生論は、そこにどんな選択肢もあることを示していて、だからおれが朝比奈と行動を一緒にするのと同じように、ケイさんとの行動を重ねる時も存在しているんだから、、、 もちろんそれ以外のおとこもあるだろう。
「自由に飛ぶ蝶を追いかけて、捕まえるともう大して興味をそそられなくなる。追っかけているときが一番楽しかったなんてよくあることで、それがわたしたちなんだよ。我慢できずに手に入れてきたものにどれだけ価値があったのか、あとで後悔したことって、ねえ、何度もあるでしょ。ホシノよ、少年よ、もっと自由になりなさい。カラダも思考回路も」
 そりゃ朝比奈は自由気ままに日々を過ごしているから、、、 ように見える、、、 もしくは見せようとしている、、、 認めないだろうけど、、、 実際はどうかなんて誰にもわかるはずはない。そしておれは、多くのことに束縛されて生きている、、、 ように見られている、、、
「そうね、ホシノは帰る場所があるからそうなのよ」
 帰える場所があるとか、また意味不明のこと言ってくれちゃって。自分こそどうなんだって問い返してやりたい。ウチに来る理由を言いやしないのは、そこに理由などいくらでも創れる裏返しか。おれは朝比奈の思いのままで、もちろん拒否権もあるんだけど、それを行使するだけの勇気はない。
 朝比奈はスクーターにまたがっておれの動きを待った。すべてはそういうことで、おれには多くの権利があるにもかかわらず、朝比奈の意にそぐわない行動はできない。その先にある代償が大きすぎると自然に判断させられているからだ。だから整列している列から自分の自転車を取り出し出発を待つしかできなかった。
「自転車で来たんだ」
 いろいろと出発間際にあって、自分の足で来るには時間がなくなっていた。それなのにその原因である母親とのやりとりの中に、朝比奈を家に呼んだというキーワードはなかった、、、 そのときはまだ走る選択肢はなかったから、、、 
「そう、それは良かった。昨日の今日だから、ニケツはやめたかったから、押してこうとしていたから。だから、ね」
 朝比奈が前を指さすから、おれは自転車を漕ぎはじめたから、そのスピードにあわせて朝比奈はスクーターを走らせたから、、、 とかね。
「カラまわりしてる」
 そうして、おれたちは公園のなかを並走してく。ふたりで話しができる距離で。これはこれで法規に反しているとか、あいかわらずおれはそうして楽しいより正しいを優先させている。
 公園のベンチでは、体を密着させて楽しそうに話しているカップルがいた。耳元でささやいているのか、頬に口づけているのか、法律に違反しているわけじゃないけど、いちじるしく道徳は乱しているんだから、目を逸らそうとするのはなにも子連れの母親だけじゃない。
 ヤツらはいま、自分たちだけの世界で存在していて、まわりのことは目に入っていない。それが幸せの頂点に近いポジションだとは考えていない。これからももっと高みを目指せると信じている。それなのに頂点を知った記憶が、これ以上の幸せを感じない限り衰退していくしかない。
「誰も不幸になると思っていまを生きていないよ。この幸せは永遠に続くと思っているし、不幸だけは自分におとずれるとは考えていない。だけど終わりはかならずやってくる。自分の内なるところから、外界の影響から、ところかまわず、時を選ばすに。気づいて初めてこんなはずじゃなかったと、時を巻き戻したくなる。そのときはもう二度と訪れることはない」
 そうだろうな、そこまで先を見据えて今を生きる人間はそうそういやしない。だからって、いまの快楽の中で刹那的に生きる選択肢を選ぶのも、どこか逃げているようでおれにはしっくりこなかった。
「運動系だからね、ホシノは。ストイックにものごとを成し遂げた先にあるものこそ快楽として認めようとしている。それもいいんじゃない。そういうタイプは本質的には家や血に属してる」
 文科系とはあたまの構造が違って成長するとでも言いたげな、それとも帰れる場所があるのは運動系で、ないのが文科系とでも選別できるとか。
 だいたいおれなんか家に帰るのが遅くなるぐらいで言い訳を用意して、それもせいぜい部活で遅くなるとか、汗だくだから銭湯寄ってから帰るとかぐらいで、昨日だって、なんのおとがめもなかったのは奇跡的だ、、、 だからその分、朝にカラまれたのか、、、
「なに? ホシノ、無断外泊したことないの? 夏休みなんだから口実になるイベントなんていくつかあるでしょ。もう学生最後の夏休みも終わっちゃうんだけどねえ」
 夏の思い出になるようなイベント。ああ、なにも思い浮かばない。これまでは部活とその合宿、しかも女子とは別の場所。恥ずかしいくらいなにもなさすぎて返す言葉もない。今年はガソリンスタンドバイトや、朝比奈が連れ立ってくれてるから、いい思い出作りに一躍買ってくれる。
「思い出づくりのために生きてるわけじゃないでしょうけど、どんな生き方だって、最終的にはいい思い出になったりする」
 悪い笑顔を携える朝比奈は、だったら何て言い訳するつもりなんだ。バイトが遅くなっちゃって電車がなくなったから、とか。マリイさんが急病で一緒に病院へ、とか。バンマスがわたしのこと離さなくて、とか、、、 それはいかんな、、、
 どうやら、かくも人生の選択肢は多すぎると勘違いして、自分の本当の欲求がなにかなんてわかりゃしなくなるらしい。ならば、お気に召すまま好きにすればいいさ、、、 あとは神のご加護があればいい、、、
「わたしはいいのよ。いつもイイ子にしているから神に信用されてるの。いちいち連絡しなくても心配されないから、おかまいなく」
 おかまいなくって言われれば、よけいにかまいたくなる。だっておかしいだろ、イイ子が無断外泊としても心配されないなんて、、、 その時点でイイ子じゃないし、、、 常識的に考えれば、親から見放されているとか、親と同居していないとか、、、 やっぱり、おれのアタマはカタく、画一的なものの見方しかできない、、、
 いずれにせよ朝比奈の私生活について謎は深まるばかりで、そいつはいつまでたっても闇の中なんだろうな。すべてを明らかにしないところが朝比奈の魅力を作り出しているのは間違いなく、たとえ明らかにしてもどこまでが本当であるかなんてわかりゃしないし、そんなものになんの価値もないと何度も言われている。
 そいつを証明するかのように、おれのぼやきもどこ吹く風で、朝比奈はソッポを向いている、、、 ソッポではなく、通りの向こうの人だかりをみていた、、、 なにか事故でもあったのか、クルマが渋滞し、ひとだかりはひとり、ふたりと増えていく。
「通り抜けられそうにない。わき道から行こう」
 ウインカーを出して左折するので、おれもそのあとに続く。事故ならパトカーも来てるか、やって来るから、たしかにそこで引っかかるのはうまくない。もはや勝手知ったるおれの近所とばかりに朝比奈はおれを置いて行ってしまった、、、 おれはいつでもその準備はできている、、、



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