東寺、といえば「五重塔」だけにあらず
1200年前、真言宗の開祖・空海は遷都まもない平安京を護る官寺である東寺の運営を任された。自分を指名してくれた嵯峨天皇に粋を感じたのだろう。自らが唐で学んだ当時の最先端仏教である「密教」の概念を立体模型でわかりやすくかつ魅力的に表現することに心血を注いだ。それが今も東寺の講堂に伝わる「立体曼陀羅(りったいまんだら)」である。
「曼荼羅」とは、密教で最も根本的な存在である「大日如来」を中心に、様々な仏様のラインナップと役割を図式化した“チャート図”のことだ。密教の布教(密教の教えの説明)目的が大きかったことから、持ち運びしやすい絵として作成されるケースがほとんどだ。しかし空海は、京の都での真言密教の布教プレゼンを万全なものにするために、あえて仏像として制作した。空海が立体曼陀羅に込めた情熱は、格別の中の格別だったのだと私は思う。
東寺・講堂の立体曼陀羅の仏様は計21体、寺のお堂に安置されている仏像数としてはとても多い。如来・菩薩・明王が5体ずつと四天王・梵天・帝釈天6体という構成だ。
講堂の東側の入口から入ると、まずは持国天と梵天にお会いする。持国天は怒りの表情が見事だ。見る者に緊張感を与え、ゆがみのない気持ちで仏様たちと向き合いなさいと言わんばかりの表現が印象的だ。持国天の後ろにいらっしゃる梵天は、対照的に完璧な無表情で「静かに私を見つめなさい」と言っているように聞こえる。持国天との対照的な表情の違いは、同じ仏師の作かはわからないが、見事なテクニックだ。四天王・梵天・帝釈天6体はいずれも講堂創建当初の作で、すべて国宝だ。堂の端に安置されていて人間が運べる大きさなので、火災の際に救出されやすかったのだろう。
持国天・梵天の左側には「五大菩薩」。中尊以外の4体は講堂創建当初の作で国宝だ。無垢な気持ちで仏の教えを実践する菩薩としての姿をとてもピュアに表現している。漆が黒く変色した表面がかえって、「私に祈りなさい」と見る者に思わせる効果を高めているような気がしてならない。
五大菩薩の左は、須弥壇の中央に鎮座する「五智如来(ごちにょらい)」」だが、残念ながら戦国時代1486(文明18)年の土一揆で講堂とともにすべて焼失している。現存する中尊の大日如来が講堂再建直後にまずは造像され、残り4体の造像は江戸時代になってからだ。重要文化財・大日如来の巨体は、まさに密教世界の王者にふさわしい威厳と風格を備えている。落ち着いて微動だにしないように見える眼は、祈る対象の仏というよりも、尊敬する対象の偉人のように大日如来を見せている。センターにふさわしい素晴らしい表現だ。
五智如来の左には「五大明王」。5体すべてが講堂創建当初の作で国宝だ。中心の不動明王は大日如来の化身で、見る者を仏教に帰依させることがその役目である。不動明王は通常、見る者を激しく睨みつける表情で造られるが、この不動明王はその迫力がややソフトなことが印象的だ。
最も左端には、講堂で最高のイケメンとして絶大な人気を誇る「帝釈天」がいらっしゃる。やや下を向きながら、象に座っている姿はとてもりりしく、若い父親が幼子をじっと見つめているような表情だ。
朱い講堂は金堂の風格とは対照的
それぞれの仏様にじっくり向き合うと2~3時間たってしまう人もいる。それほど東寺の立体曼陀羅は強い魅力を持っている。仏像よりも庭のイメージが強い京都の仏教寺院の中で、東寺には日本トップクラスの仏教美術の殿堂があるのだ。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
東寺のイケメンを独り占めできる
東寺
原則休館日:なし
※金堂・講堂内陣の諸仏は常時公開
※他の仏像や建物は、公開期間が限られている場合があります。