和楽の会民謡 それは会主だけしか使わない会名(民謡大会などの記名にて) いつの日か会員が 「私は和楽の会民謡なのよ」と嬉しそうに話してくれる日を夢にみて 私は毎日コツコツと頑張って歩んでここまで来た しかし来年は、まずは音戸の舟唄全国大会にて初めて私以外の会員が使用してくれる予定となっている 全国で和楽の会民謡と仲間内で話しをしたとしても・・ 恐らく誰一人として知っている民謡人はいないであろう いや、全国であそこだけは唯一、知っている方がいらっしゃるだろう それは隠岐の島 そこなら私のブログを読んでくださっている民謡仲間が最低お一人いらしたと御聞きした覚えがある
先日、和楽荘に床屋のお客様で大学生(男性)さんが三味線を持参して私のお部屋で30分間ほど練習をしてくれた どうも彼の話では家では周り近所に迷惑にならないよう音を出せないのだとか だから和楽荘ならば隣はゆめタウンだしお部屋の中なら全く問題はないので堂々と練習をして音が出せるのである 現在、三味線歴は始めて4ヶ月くらいだろうか・・ 構えは福岡県の仲間が丁寧にアドバイスしてくれていたこともあってか、弾ける曲目も3曲くらいに増えていた もちろん完璧にはまだ無理なのだが大学生らしく暗譜しているのには驚かされた 曲目は、黒田節 こきりこ節 炭坑節を弾けるように頑張っている。 昨日は炭坑節を弾いていたのだが、なかなかのものだった。 私は彼の三味線の音を遠めに聴きながら楽しく仕事をしていた この江田島の中にこんなに若い学生さんが三味線を始めたというのは非常に嬉しいことであった。
そして本日、和楽の会民謡に新たな入会者が来店してくれた 車で約2時間も掛かるような広島の奥からはるばる江田島の和楽荘までお越しくださったのであった。 いわさんは若い頃、高知に長い間住んでおられ、そこから東京に移り就職された。 ご両親を心配する時が来て広島に帰ることを決意、だが民謡を共に楽しむ仲間が欲しかった。 そこでネットで広島の民謡会をくまなく探した。 その中の一つに和楽の会民謡があった。 私の音戸の舟唄を聴いてどうも気に入ってくださったらしく、会への入会を希望してくださった。 私は長いお付き合いをしたいため中途半端で返事は出来なかった。 そのため広島に住んでいるなら一度お会いして人柄を確認したかった。 私は無理を承知で和楽荘への来店をお願いしてみた。 いわさんは呉に行く用事があったので、そのついでに私のお店へお電話をくださった 「今から伺ってもいいですか」 「はい 嬉しいです どうぞ お待ちしております」 私は必死にお店のそうじを簡単に済ませた
東京ナンバーのいわさんと初対面を交わし嬉しかった。 この方が和楽の会民謡に新しい風を運んできてくれた大切な方である。 私は、いわさんの三味線の音が妙に気になった。 本物の民謡の心を知るにはただ一つ 和楽器の音を聞くしかないのだ その音で大体の性格や物の考え方、性格などが聴こえてくる いわさんに珈琲とを味わっていただき、さあ、いわさんの三味線と初対面である。 その三味線は黒く光っていた重厚感が漂っている重みのある音を出しそうに私には見えた 楽しみだな そして接木を外し組み立て音を出し始めた。 最初は緩んだ糸を張った直後なので音程が安定しない だが、その音はハッキリとしパンチがあり津軽独特の腹に響く迫力が主張していた 久しぶりに本格派の津軽三味線の演奏を聴くことが出来た。 春のお祝いコンサートでの友情出演者である 亀谷さん以来であった。
津軽っていいですね
その音は、私の中では出せない音だったし別世界であった そう違う世界だった 三味線、しゃみせんと言っても隠岐しげさ節と津軽じょんから節では弾き方から音の出し方、三味線のすべて、リズム、全く違う。 いわさんの青森民謡曲を何曲か聴かせていただいて後に私達もと母との隠岐しげさ節と秋田小原節をいわさんに聴いていただいた。 いわさんは笑顔で拍手してくれた そのあとは、いわさんが私達と何か合わせられる曲はないものかと、東京音頭やソーラン節、外山節などを弾いてくれた 私はすかさずソーラン節は母に唄ってもらい、尺八は即興で近い音を探しながら吹いて合わせてみた 初めての新たな仲間とのセッションだった いわさんは「今度、ここに遊びに来るときには、皆さんと合わせられる曲を弾けるように練習しておきますよ」と笑顔で言ってくれた。 和楽荘の名料理長がきっと喜ぶであろう
これで和楽の会民謡は1名増え広島県に3名となったのである(母、いわさん、私) 和楽の会民謡の歴史に1名更に増えたことは大きな喜びであり、又、他の会員もおおいに喜んでくれるものと感じている次第でございます いわさん、これからどうぞよろしくお願い致します。 ブログファンの皆様も、どうか私どものゆく末をお見守りくださいますよう、心からお願い申し上げます いつもブログランキングをポチットクリックしてくださりまして誠に感謝申し上げます
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先日、和楽荘に床屋のお客様で大学生(男性)さんが三味線を持参して私のお部屋で30分間ほど練習をしてくれた どうも彼の話では家では周り近所に迷惑にならないよう音を出せないのだとか だから和楽荘ならば隣はゆめタウンだしお部屋の中なら全く問題はないので堂々と練習をして音が出せるのである 現在、三味線歴は始めて4ヶ月くらいだろうか・・ 構えは福岡県の仲間が丁寧にアドバイスしてくれていたこともあってか、弾ける曲目も3曲くらいに増えていた もちろん完璧にはまだ無理なのだが大学生らしく暗譜しているのには驚かされた 曲目は、黒田節 こきりこ節 炭坑節を弾けるように頑張っている。 昨日は炭坑節を弾いていたのだが、なかなかのものだった。 私は彼の三味線の音を遠めに聴きながら楽しく仕事をしていた この江田島の中にこんなに若い学生さんが三味線を始めたというのは非常に嬉しいことであった。
そして本日、和楽の会民謡に新たな入会者が来店してくれた 車で約2時間も掛かるような広島の奥からはるばる江田島の和楽荘までお越しくださったのであった。 いわさんは若い頃、高知に長い間住んでおられ、そこから東京に移り就職された。 ご両親を心配する時が来て広島に帰ることを決意、だが民謡を共に楽しむ仲間が欲しかった。 そこでネットで広島の民謡会をくまなく探した。 その中の一つに和楽の会民謡があった。 私の音戸の舟唄を聴いてどうも気に入ってくださったらしく、会への入会を希望してくださった。 私は長いお付き合いをしたいため中途半端で返事は出来なかった。 そのため広島に住んでいるなら一度お会いして人柄を確認したかった。 私は無理を承知で和楽荘への来店をお願いしてみた。 いわさんは呉に行く用事があったので、そのついでに私のお店へお電話をくださった 「今から伺ってもいいですか」 「はい 嬉しいです どうぞ お待ちしております」 私は必死にお店のそうじを簡単に済ませた
東京ナンバーのいわさんと初対面を交わし嬉しかった。 この方が和楽の会民謡に新しい風を運んできてくれた大切な方である。 私は、いわさんの三味線の音が妙に気になった。 本物の民謡の心を知るにはただ一つ 和楽器の音を聞くしかないのだ その音で大体の性格や物の考え方、性格などが聴こえてくる いわさんに珈琲とを味わっていただき、さあ、いわさんの三味線と初対面である。 その三味線は黒く光っていた重厚感が漂っている重みのある音を出しそうに私には見えた 楽しみだな そして接木を外し組み立て音を出し始めた。 最初は緩んだ糸を張った直後なので音程が安定しない だが、その音はハッキリとしパンチがあり津軽独特の腹に響く迫力が主張していた 久しぶりに本格派の津軽三味線の演奏を聴くことが出来た。 春のお祝いコンサートでの友情出演者である 亀谷さん以来であった。
津軽っていいですね
その音は、私の中では出せない音だったし別世界であった そう違う世界だった 三味線、しゃみせんと言っても隠岐しげさ節と津軽じょんから節では弾き方から音の出し方、三味線のすべて、リズム、全く違う。 いわさんの青森民謡曲を何曲か聴かせていただいて後に私達もと母との隠岐しげさ節と秋田小原節をいわさんに聴いていただいた。 いわさんは笑顔で拍手してくれた そのあとは、いわさんが私達と何か合わせられる曲はないものかと、東京音頭やソーラン節、外山節などを弾いてくれた 私はすかさずソーラン節は母に唄ってもらい、尺八は即興で近い音を探しながら吹いて合わせてみた 初めての新たな仲間とのセッションだった いわさんは「今度、ここに遊びに来るときには、皆さんと合わせられる曲を弾けるように練習しておきますよ」と笑顔で言ってくれた。 和楽荘の名料理長がきっと喜ぶであろう
これで和楽の会民謡は1名増え広島県に3名となったのである(母、いわさん、私) 和楽の会民謡の歴史に1名更に増えたことは大きな喜びであり、又、他の会員もおおいに喜んでくれるものと感じている次第でございます いわさん、これからどうぞよろしくお願い致します。 ブログファンの皆様も、どうか私どものゆく末をお見守りくださいますよう、心からお願い申し上げます いつもブログランキングをポチットクリックしてくださりまして誠に感謝申し上げます
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