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読書の森

紫姫の駆け落ち その2

惨たらしい殺人は、佐代子に取り憑いた物怪の仕業として隠蔽された。
哀れな佐代子の死体は忌むべきものとして打ち捨てられたが、後に実家の兄が密かに葬った。
そして、この事件そのものが闇に葬られたのである。

泰清はやや寛容さに欠けるが、夫としても君主としても非の打ち所の無い男だった。
丈のある凛々しい夫を佐代子は慕っていた。形だけでない、いかにも睦まじい夫婦として城下に噂が流れる程だった。
真相は見事に隠されて、夫妻の死は流行り病いによる急死と伝えられた。

事件当時10歳だった高井飛雄馬は数少ない真相を知る一人だった。
当時城付きの小姓だった彼は嫋やかに美しい佐代子を慕っていたのである。

何故こんなとんでもない悲劇が突然起きたのか、多感な彼は不思議でならなかった。



今の飛雄馬は泰昌に仕える忠義の武士であり、紫姫と城を結ぶ役目を持つ。
紫姫より九つ上の彼は、やんちゃな妹の様な姫がただ可愛いかった。
姫も、武骨で無口だが律儀に世話をしてくれる飛雄馬に頼りきっていた。
飛雄馬は姫の為にも、葬り去られた事件の真実を知りたかった。

両親を早くに失った彼は、既に一家を構え、若くして二人の子どもを持つ。家族を守る思いが人一倍強い男である。
狂いでもしなければ、突然仲睦まじい夫婦のがお互いの命を奪う事はないと信じている。

飛雄馬は佐代子の姻戚に当たる。
彼の母方の祖父の妹が佐代子の伯父に嫁いだのだ。
それ故、佐代子に特別な親しみを感じていた。
彼女は穏やかで優しい人で、事件があった日の昼も飛雄馬に笑顔を見せてくれていた。
ただ悩み事があるのか、げっそり面窶れしていたのが今も心にかかる。

彼が生まれて初めて美しいと感じた女が佐代子だった。
密かに憧れた、言わば初恋の女性であった。
飛雄馬は、自分の幸せな時代の思い出の為にもこの事件の謎を解きたかった。

穏やかな雛の一対の様な夫妻が悪人である筈がない、誰か邪悪な人間の仕掛けた巧妙な罠によって恐ろしい事件が起きたのではないか?





読んでいただきありがとうございました。

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