つまりメインの作品、人気の出る作品とは見られていない訳。
なるほど、巨匠の傑作とは思えませんが、松本清張の足跡を考える場合非常に興味深いものがありました。
松本清張は40過ぎ迄、彼自身から見れば非常に不本意な生活を強いられていました。
貧しい生い立ち、冴えない外見、低い学歴からくる周りの人の侮蔑に満ちた視線に耐えていたのです。
創意努力して自分の才で大新聞社に入り、努力してした結果正職員として両親と妻子を養い、小さいながらも一家を構えていたのですから、客観的に考えれば劣等感に苛まれる事は無いとは思えます。
そして真面目に勤めていけば、少なくとも食べる事には困らなかった筈です。
しかし、彼は決して現状に満足出来ず、「馬鹿にされている」鬱憤を抱えていたのです。それは別に精神的におかしなものではなかったのです。
この状況や心理経過をリアルに描いているのが『背広服の変死者』です。
作者をモデルにしたらしい主人公が金銭的に追い詰められて自殺をしようとする場面から始まります。
作者をモデルにしたらしい主人公が金銭的に追い詰められて自殺をしようとする場面から始まります。
大新聞社の裏陰に置かれた広告部の校正係、職場の窒息感や定年後の夢の無い人生。作者の心情がかなりストレイトに吐露されています。
彼の他の作品に比べると、決して面白い話ではありません。
しかし、面白みのなさそうなキモい中年男、失礼ながら等身大の清張さんは、程なく大化けされます。
彼の、歴史や事象を分析する犀利な頭脳、広大なロマンを描ける独創性を、当時の同僚は誰も知らなかった事でしょう。
それ故に、この作品の内容が非常に興味あるものに変わるのです。
松本清張は確かに天才かつ努力の人で不屈の人であるけれど、成功者の誰にでも言える事ですがチャンスを捉えるタイミングが最高に良かったのだとも思います。
『背広服の変死者』の主人公は時勢を見る目も他人を見る目も確かですが、条件に恵まれず不遇な人だと捉えます。
清張自身、自死を考える状況に追い込まれていたそうです。
特に時勢や自分の条件において不遇をかこつ人、ひょっとしてこの本を読む事で救われるものがあるかと(勝手に思い)、ここに紹介した次第です。