ハードボイル作家の東直己が、ささやかな身の回りの出来事を描いている。
主人公は「男性更年期障害」を自分で疑っている中年男。
気力が失せ、毎日しんどくて仕方ない。
彼は、ほどほどに家庭的で、高校生の娘を大事に思っている。
その娘が通りすがりの男に怪我を負わせられたのである。
それは、背中にタバコの吸い殻を落とされ、ごく軽い火傷をしただけの事件だが。
父親としては当然犯人が憎い。
しかし、犯人は知的障害者で、その犯行の動機はまるで無邪気なものだった。
犯人は最初「悪い事をした」と刑事に導かれた通りに自白した。
ところが、途中から本当の動機を語り始めたのである。
「彼女に僕がここにいる事を知って欲しかったから、たばこの灰を落として注意を引いてしまった。」
異性との付き合い方も経験できなくて、魅力的な女性を前にして戸惑う男が無自覚に起こした犯罪なのである。
主人公の父親は被害者側なのに、なぜか犯人に同情してしまうのだ。
ナイーブな者にとって、現在の社会の常識が今ひとつ分からなくなる事がある。
一体何に立ち向かえばいいのか分からないまま、場違いな行動をとってしまう。
その点で加害者も自分も同じだと、冴えない会社員として鬱状態に陥った父親は思うのである。
人が努力して世間で決められたレールを歩いていても、途中で足を踏み外す事はよくある事だ。
その時、もし自分の視界からレールが見えなくなったら、全然方向違いの道を歩いていくかも知れない。
「違ってますよ。こっち行くと正解ですよ」
と言ってくれる人は殆どいない。
皆、自分のコースを歩くことで精いっぱいである。
コースを外れれば、部外者扱いされる。
主人公は柔らかな神経でこの違和感を受け止めている。
それにしても、「立ち向かう」相手って何なのでしょうね?
身近な人ではない気が私はします。