雨が降り出した。
空を見上げて、卓二が顔を顰めた。
「傘持って来なかったの」
加耶は問いかけた。
卓二は黙って頷いた。
「私は持ってる。最後に卓二の家まで傘さしてってあげようか」
「いい。走って帰るから」
言うなり卓二は駆け出した。
丈のある身体を屈めるようにして。
あの何度も馴染んだアパートまでの道が浮かぶ。
わき起こる懐かしさに逆らうように加耶は唇を噛んだ。
「これで二人はもう会わない、会っちゃいけない」
卓二のアパートは駅から8分、飲み屋とパチンコ屋が向かいにある崩れかけたような汚い部屋だ。
加耶はそこで卓二に抱かれた。
肉の歓びより先に、心が満たされた。
加耶は初めて見た時から、ずっと卓二が好きだったから。
二人は同じ学校を卒業して、別々の企業に入社した。
何処か世の中を斜めに見た様な卓二が、ありふれた会社員になった理由を聞くと「金の為だ」
と悪ぶって言った。
加耶は度々会っても、捉えきれない卓二の気持ちを追うのに疲れ果てた。
どうせ、卓二から誘うことはないからと会うのをやめた。
暫くして友達か噂から聞いたのは卓二の失職だった。
所詮、一般社会と相入れない夢想家の卓二を加耶は誰よりもよく知っている。
胸の何処かに穴が空いた気がした。
3年後、彼女は新宿紀伊国屋でバイトで働く卓二と偶然再会した。
転々と職を変える卓二が心配で、その度に様子を聞いてしまった。
二人でしたたかに飲んだ夜、加耶は泣いた。
「何で、私はあなたみたいな男が忘れられないんだろう?どこがいいんだろう。私って馬鹿だ、本当に馬鹿だ」
「俺も馬鹿だ。どうせ二人馬鹿ならいいじゃない。一つになろう」
火照った耳許に卓二の囁きが甘く聞こえた。
身体を開いた時、限りなく卓二は優しくて、乱暴な言葉と裏腹なものを感じたのである。
(続く)
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