何もないガランとしたアパートの一室、若い男女が共に暮らす最後の夜を過ごそうとしている。
引っ越し荷物は既にこれからそれぞれが住む部屋に運ばれていた。
小さな公園と小川に囲まれた部屋に初夏の心地良い風が入っていた。
二人は美味しい酒と好物のつまみを買い、裸電球になった眩しい室内で乾杯をする。
この辺りの二人の親しい他愛のない会話は本当に自然で、何故彼らが別れる事になったのか不思議になる程である。
二人はある残酷な真実をどうしても口に出せずにいるのだった。
歪みは二人がどうしても結ばれてはならない関係である事から生まれた。
二人の出生に纏わる秘密、ある不可解な死に関わっていないかという疑惑、を二人共聞き出したい。
ひょっとして、相手が人殺しではないかという疑惑は恐怖を呼ぶ。
一方、真実を暴いてとことんケリを付けたいという気持ちもある。
ギリギリの緊迫感の最中にも、男と女はあれ程愛し合った昔をつい懐かしんでしまう。
愛しい日々への未練と、見切るのが怖い現実は二人をかなり不安定にする。
それでも二人は向き合う長い夜である。
この小説は、この一晩の男女の心の戦いを描いている。
一見一幕のサスペンスドラマとも思える。
ミステリアスな作品であったが、決してミステリアスな結末ではなかった。
別れた後にふと湧いてくる解放感が淡々と描かれている。
風に吹かれて自由に歩いて行く二人が目に浮かぶ。
ただ、私の今の場合は別れたら解放感とはいかないだろう。
心の中で葛藤を続けた相手と別れを告げる時、さっぱりと清々しい気持ちになる事はよくある。
新しい出発なのである。
しかし、歳を重ねると、二度と再び会えない人ときっぱり別れるのはかなり辛いものになる。
それは最早恋愛とは言えない感情なのだ。
恋愛とは心の均衡を狂わせる様な物を持つ。
広い意味でも恋愛の嫉妬ほど人を迷わせるものはないだろう。
往々にして、それが恋にピリオドを打つ事がある。
どんな素敵な恋でも、燃える様な恋愛がいつか収まるのはごく自然な事だ。
そして、それから始まる人間関係が有りだと思う。
知り合った人と人との関係になる。
それが家族の場合もあるだろう。
だから、過去の愛の証を再現したくて
「あなたの私に対する気持ちの真実は何なのですか?」
と突き詰めるのは酷だ。
真実より、楽しかった思い出を覚えていた方が幸せだ。
恋愛に潔い別れは有ったとしても、思い出にまで別れを告げなくても良いと思う。
さて、私はこの作品の若い恋人たちのその後を知りたいなと思う。
再び会ったら、二人はどんな会話を交わすのだろうか?
読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️
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