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読書の森

占い師眉子の死 再篇 その3

占い師を開業する以前から眉子には浮いた噂が一つもなかった。

そこが男性客の興味を引くらしくて、常連の多い理由にもなっている。それが女性の反感をかうが、眉子が出かける時はいつもスッピンで高級マンションにはおよそ相応しくない服装をして、嫉妬する対象とは見えなかった。
たとえて言うなら住人に重い荷物を届ける女性配達員のような印象である。

それも、そそくさとちょっと離れたスーパーで食糧や生活必需品を整えるだけである。

角谷はそれもおかしいと思う。
美貌で名を売っている以上、一応は見られる格好をした方が相応しく見えるのではないか?
ひょっとして眉子は女性としてカタワのところがあるのか?
しかし、もしそうであるなら結婚歴があると言われるはずが無い。
今も瑞々しい外見を保っているのは何かあるのでは?と疑ったのだった。

角谷自身に離婚歴があった。職務の関係上、家に居る事や家庭サービスする事が殆ど無くて、結果妻に去られたのである。

妻が彼に持った不満は頭で理解出来るが、内心信じられない程物凄く腹が立った。愛し合った時の甘い言葉は何だったのかと、妻をめちゃくちゃにしてやりたいという衝動に駆られた時もある。
それは、あくまでも心の中での話で、人前で去った女への未練を見せる事は絶対無かった。仕事場では感情を抑えた沈着な態度で評判である。

角谷は考える。
もしかして、ただ金が無いと言うだけで妻に去られたかっての夫は眉子を深く恨んでいるのではないか?有名になってチヤホヤされてる彼女を殺したい程憎んでいたのではないか、ストーキングされてるのかも知れない。だからこそ彼女は人前で目立つ事を避けているのではないか、、と。



角谷の思いとは裏腹に、捜査は進まなかった。何故ならば一応社会的地位を持つ常連客のことごとくが「何も知らない。彼女は占いという職業とは裏腹に非常に割り切った考えの女性だった。むしろさっぱりし過ぎていた。個人的な付き合いなど一切ないから」と話して、それ以上の情報が皆無だったからだ。
マンションの管理人も、「家賃の滞納もないし、部屋の前も自分から綺麗に掃除してるし、騒音を立てる事も無い、挨拶もきちんとしてる行儀の良い住人だった」と言う。
近所の人も彼女のプライベートな部分を全く知る事がなかった。

他殺であれば、普通は青酸カリの入手ルートから犯人像を掴むところだが、仕事場の付き合い以外の交友関係が無い以上捜査の仕様が無かった。
彼女の使用するネット機器も全て調べたが、プライベートの付き合いの記録も検索も無い、一体こんな生活をよく続けられた、と言う印象だった。
ただし、昔の彼女を知る友人は「明るくて人好きのする人だった」と口を揃えて言っていた。


何の進展も無いまま、眉子の49日も済み、さらに無駄な年月が過ぎて、ついに、事件は謎に包まれたままで捜査本部は解散した。

青酸カリは眉子の飲んだ紅茶に混入していたのは確かである。
魔法瓶や飲みかけのペットボトルの中に入れてる訳ではない。
彼女が飲もうとしている紅茶(ピンク色のマグカップだったと言う)に毒を入れる為には側に来る必要がある。
と言う事は死亡推定時に彼女の部屋に居た人物と言う事になる筈だが、誰もそんな訪問者は見てないというのだ。


角谷はその人物こそ、眉子が破り捨てたであろう写真の中にいると直感した。
おそらく華やかだった会社員時代、二人は知り合った。
そして単なる友達以上の仲になり、めでたく結ばれた。その直後バブルが弾け、その会社が潰れた。



眉子の眠る墓は一年後の冬の日を浴びて静かである。
角谷はそっと足を止めた。

眉子の墓の前に背の高い男がうずくまっていた。
白いカーネーションの花束を手に持っている。
そこは都会の小さな墓地であった。
角谷は本能的にこの男だと思った。
「あなたが眉子さん、いや殿村真弓さんのご主人だった方ですね?」

男は顔を上げた。
虚ろな表情をしていた
「そうか。飛んで火にいる夏の虫、今は冬の虫ですね。
いや、もういいです。彼女がいない娑婆には未練はない」
寧ろスッキリとした様子で彼は腰を上げた。
知的な顔立ちが荒んだ生活でやつれて見えるのを、角谷は痛々しく見た。



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