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読書の森

平和の国であなたを待つ 最終章

「愛国心って国を愛するって書くわね」
「うん」
「でも自分の国を愛してるからこそ、その国に喧嘩を吹きかける国は憎いよね。だからさ」
「だから戦争が起こるんだね」

頷く敏江は心から納得したと言う顔はしていない。
それにこんな簡単な説明で済まないのは美佐子もよく分かっていた。

「世界地図の中で日本列島は中国とソ連(今のロシア)に挟まれてる。今二つとも日本やアメリカと主張が違うよね、それとアメリカと二つの国が日本挟んで睨み合う形だと思わない?だから怖いんだ」
これも父親からの受け売りである。美佐子はこれを言って、チンプンカンプンといった敏江の表情が見たかったのである。

しかし、敏江は殊の外真面目な表情で頷いた。「そうだね、愛国心は持ちたいけど、戦争は起こしちゃいけない」



これは18歳になった敏江にとって、遠い日の忘れられない思い出となった。

1963年、彼女は高校三年生であった。
あれから両親が上京して親子水入らずの日々が戻ったものの、幼い日々ののどかな家庭とは異なっていた。
自信も意欲も失った父親と、家計を支えてキリキリ働く母と、金銭的援助をするけれど何かとうるさい親戚に挟まれて、敏江が求めたものは、どこかにある「平和で優しい場所」だった。

当時の雑誌に文通欄なるものがあって、知り合ったペンフレンドが全国各地の写真を送ってくれた。
その中の雪国に住む少女の顔が、どこか美佐子を思わせて懐かしかった。

美佐子は既に嫁ぎ、子どもに恵まれて幸せな家庭を築いていると言う。

「私も傷ついた分だけ幸せになりたい」と敏江は思う。しかしそれを暗い屋根裏部屋のおぞましい記憶が邪魔するのだった。

過去の狭い自分の世界に浸るより、これから広い社会を見てみたい。敏江はペンフレンドにもらった写真をめくる。

奥入瀬

花巻

蔵王

浄土ヶ浜

名古屋

京都銀閣寺

大阪道頓堀

足摺岬

鳥取

桜島

パラパラ写真をめくっていると、未だ見ぬ土地への憧れが募ってきた。

来年、1964年は初めての東京オリンピックの年だ。日本は戦争を乗り越えた平和で自由な国だ。
そうだ、ここが平和で優しい国なのだ。

誰かは知らないけれど、私はこの国で平和な国を訪れる人を待とう。いっぱい人が集まるといいな。

敏江は遠い空を眺めた。



追記:拙文を読んで頂いた方、感謝でございます。かなり無理のある展開で、この部分は不必要じゃないか?と思いますが。

勿論この作品はあくまでも創作です。
もともと2019年に作ったblog を基にしたものです。来るべき東京オリンピックの前に、訪れる人を「あなた」と捉え、どんな民族も受け入れる平和な国、日本と捉え、戦後を生き抜いた世代(訳ありの生育歴を持つ)を絡めて描くつもりだったのです。日本の成長を担う町工場を舞台にしたのもその為です。
ところが、現実にはコロナ禍が襲う大会となってしまいました。

今、まさに北京オリンピックが開幕したところであります。ネット、SNSなどコロナ禍などについて、どの情報を信じてよいか、不安になるのが普通です。
ただイデオロギーなど関係なく、無心に各選手の活躍を楽しみたいところです。




読んでいただき心から感謝いたします。

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