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小体な郷土料理の店で、広崎は豪快に酒を飲みながら、新鮮な魚料理を由芽子にタップリご馳走してくれた。
「これ何ですか?」
「のど黒の煮付けだ。産地は日本海だよ。僕は能登の生まれなんだ」
ゆったりとした笑顔で広崎は言う。
おおらかでありながら、由芽子が食べやすい魚料理を注文して、細やかに気を配ってくれた。
いかつい表情が崩れると優しい父親の様になる。
由芽子は殆ど有頂天になっていた。
初めてのデートで豊かな味の郷土料理を食べさせてくれた。
おまけに彼の古里を打ち明けたのだ。
愛されてるのではという期待感がフワフワと由芽子を包む。
広崎は薔薇色に上気した由芽子を可愛いと思った。
目も鼻も唇も小作りで、こけし人形の様に大人しやかな顔が、ピチピチした肢体とアンバランスで、妙に色っぽい。
多分人見知りなところがあるのだろう。
全然すれてなくって、言われた事をそのまま信じてしまう女に見える。
由芽子は広崎の死んだ妹と面差しが似ていた。
素直過ぎた妹は、幼い頃変質者に騙され強姦された挙句殺された。
彼はその時の哀切な感情を由芽子に投影させてしまうのである。
実際は由芽子と広崎は同い年であるが、入社時期が遅い為に、年下のウブ過ぎる女の子と見ていた。
由芽子は自分の年も家庭事情も誰にも打ち明けていない。
広崎にも由芽子に打ち明けていない事がある。
彼は家庭を持っていた。
妻と妻のコピーのような3歳になる娘がいた。
仕事が忙しく、妻は冷たく娘はなつかず家庭内は砂漠の様だった。
彼は極めてストイックな男で浮気らしい浮気をした事がなかった。
そこに現れた妹似の娘は、彼にとってひどく可愛い存在に見えたのである。