読書の森

白いスニーカーと豊島園 その1

今年8月、大正、昭和、平成、令和を生き抜いた歴史ある遊園地「豊島園」は惜しまれつつ閉園しました。
もはや、二度とそこで家族や若者のさんざめきや笑い声を聞く事はありません。

これは、そんな遊園地にまつわる遠い昭和の物語であります。



その日の朝は高く澄んだ秋晴れだった。
早苗は張り切って作ったお握りを弁当箱に詰めて、バックに入れた。

新品の白いブラウスを身につけて鏡を見ながら、早苗はとびきり良い顔を作ってみる。
彼女は都立高校の二年生、文芸サークルに属している。

美人という程ではないが、ぴちぴちとした若さが早苗を輝かせて見せた。

今日大好きな裕一と会える、心が弾む日曜日である。
もっとも二人だけで会う訳ではない。

彼女は都立高校の二年生、文芸部の部員である。
今日は仲間と豊島園駅で落ち合う事になっているのだ。

共稼ぎで疲れて休日は遅寝を決め込んだ両親を起こさぬ様に、早苗は心の中でハミングしながら外に出た。


小さな豊島園駅の改札口に早苗が立つと、背の高い名取裕一と小柄な羽田亮が「大塚!」と早苗を呼んで手を挙げた。

「あら、二人だけ!」
早苗は目を丸くしてみせた(その方が嬉しいんだけど)。
裕一と亮は困った様に顔を見合わせる。

「皆気が重いって言うんだ。
遊園地に遊びに行くんじゃない、豊島園近くに住む中島のお見舞いに行くのが目的だからね」

(大塚、分かってんの?)
とでも言いたげに亮は早苗を睨む。

バレたか!
バレたっていいや、裕一が好きなんだから会えて嬉しいのは、自然の心理だもん。

早苗は心の中でうそぶいた。

文芸部は少人数のサークルで、ちょっと時代遅れのオタクの集まりと見られている。
部員の入りが少ないので困ってるのだ。

男子校という事もあり、この手のサークルに珍しく女子部員の数が不足している。

1年生の中島遥はひっそりとして目立たない部員だったが、このところずっと活動に参加していない。
授業には真面目に出ているので病気ではないらしい。

それで、部長の裕一と書記の亮が
「遥と豊島園で遊ぼう」という提案を出したのである。

引っ込み思案の遥は慣れないサークル内の人間関係を恐れているのだろう。
遊園地で遊んで皆と打ち解け合えたら心境が変化するかも知れない、と思ったのだ。

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