父は写真が嫌いで残っているものは少ないですが、これは結婚前兵隊時代のものです。
父の父、つまり私の祖父は先妻を病で亡くし、後妻を娶りました。その長男が父です。
先の奥さんは美しくて聡明そして祖父によく尽くしたそうです。祖父はこの妻を溺愛していました。ところがこの人、娘三人を生んで間もなく儚くこの世を去ってしまったといいます。
娘三人の名義上の母親が必要ですので、これまた家柄の釣り合う家から読み書きに長けた祖母を娶ったのです。
この娘たちに子供が出来ているので、祖母にとってだけ私が初孫という訳です。
祖父は次男で、冒険心や情熱、行動力が相当あった人のようです。先妻の死後、情熱を商売だけならいいのですが、多くの女性との恋にも向けたとか。
当然祖母は全然面白くない、子供は4人産んだけど夫から愛されてる実感ゼロだったそうです。
祖母は、家事、育児は全部女中さん(お手伝い)に任せて、商売の経理の他は好きなお芝居を観ていました。
父はこの祖母のうっかりミスで、体の見えない大事なところに醜い傷を負っていました。
父は行動的な事が全て嫌いで、家でおっとりと歌を聴いてるのが好きだったそうです。祖父は父を情けなく思い嫌ってた。
それに比べてどちらの母からも生まれた女の子は皆優秀で実行力に優れてます。
父親の人生の挫折で決定的なのが、家の破産です。
祖父が甥の事業の保証人になって、その事業が大失敗したため、保証人がその借金を払う羽目になりました。
その時、祖母は持参した自分の財産を守る為に、即戸籍の上で祖父と離婚しました。
子どもに借金がかからなかったけど、全部祖母と姓が違います。
利に聡いというか愛が無いというか。
後年私が戸籍謄本を見ると父の両親の姓が異なっていて嫌な思いをしたのを覚えてます。
父は通っていた学校を中途退学させられ、借金を背負わせぬ為か、一時期台湾の商家に奉公に出されました。当時の台湾と日本は密接な関係を持って異国に行った感覚ではなかったそうですが、よくもまあ残酷な事をしたと思います(伯母から母、母から私に伝わった話です)。
父は自分の生い立ちについて全く喋りませんでしたが、両親からはほとんど愛されず、体(性器)に欠陥を持ち、しかも学校を中退している、とても人に言えた経歴ではありませんね。
仕事に就くときもホントの事を言えません。この父は世間知らずの可愛い母を見た時、この人なら自分を救ってくれるかも知れないと夢中になってしまったのです。
好きな女性を妻にしたい一心の父はその時は行動力に満ちていたのでしょう。妻を得るための嘘もついたでしょう(同情はできます)。
上は先祖の菩提寺の鐘のいわれです。
上は先祖の菩提寺の鐘のいわれです。
徳川家の侍が休みどころとしたというこの寺、実は関ヶ原の時には西軍も東軍もこの辺りをウロウロしていたのかも知れません。
岐阜県はそんな歴史の種が一杯ばら撒かれたところです。
(赤ちゃんの頃の母)
(赤ちゃんの頃の母)
母は1925年生まれで、恵まれた家庭でした。祖父は大垣の庄屋の家の長男、祖母は結婚前に師範を出て小学校の教師をしてました。
戦時下においても、母は名古屋一の進学校を出て、財務局で勤めた、まあいわば、当時のエリート女性だったのです。
(母と生後6か月の私)
戦後間もない昭和20年10月この二人は結婚しました。
父はたいそう母を愛していたので、姑や小姑ばかりの実家で新婚時代を送るのを避けました。
養老の滝(今の岐阜県養老郡養老町)、孝子伝説で有名な綺麗な滝に近い山深い一軒家で母と二人で暮らしました。そこから市内に通勤していたのです。父は長男でしたが、姑や小姑の多い実家で新婚の母が暮らす事を気遣ったのだと思うのです。二人っきりで生活したかったのかも知れません。
そのころが父にとって最高の時代ではなかったでしょうか。
よく母と連れ立って家の近くを散歩していたそうです。
新妻にもっと贅沢させたかったのでしょうか、父は仲間と一緒に会社の品物を闇で売ってしまいました。
甘い生活が一変、父は取り調べを受ける身となりました。
母は家に閉じこもり、ひたすら家の中を綺麗にして、父の帰りを大人しくまっていたそうです。見かねた父の親戚が「子供もいないし、事情も知られてないのだから、実家に帰ってしまえば」と言ったそうです。
その頃妊娠中だった訳ではありません。
実家が火の車で戻れなかった。
それと「牢屋に入れられちゃって、私が居なくなったら、可哀想だし」と言う父に対する思いだったそうです。
この話を母から聞かされた時小学6年の私は非常に腹が立ちました。
洗いざらい打ち明け話をなんで子どもにするのか!
なんで自分ひとりで生きていこうという気概を持てないのか!とです。
しかし当時は出戻りの女一人で生きてくのは、今以上に非常な困難があったのです。
今は、母は頭の良さの割に計算がまるで出来ない情に脆い人だったと同情しています。