秋風にそよぐ花びらを、14歳の厨ミホは無心に眺めていた。
明後日、彼女は股関節脱臼の手術を受ける。戦後間もない片田舎で医師が払底した時代に生まれた彼女は、治療の恩恵を受ける事なく、目立たぬ程のびっこをひく。
颯爽とカッコよく歩きたいとは言わない、せめて普通に見えたいと、彼女は大手術に臨んだのである。
昭和34年9月終わりの心地よい秋の午後だった。
手術後一週間経って、ミホは二人部屋に移った。
手術後一週間経って、ミホは二人部屋に移った。
隣のベッドに同時期に同じ手術を受けた松沢民子がいた。12歳の民子は嘘のように素直で、音楽が大好きな少女だった。
重く硬いギブスで脚を固定され、排泄も食事も寝たきりで受ける二人は同志のような気分になった。都会育ちで一人っ子のミホにとって、田舎育ちの民子の家族の濃い結びつきがひどく暖かく新鮮に思えたのである。
木造の病室の窓から見える青く澄んだ空をミホは飽きる事なく眺めてる。
持参した学習本も小説も、変化する空の様子や民子とのお喋りに比べると色褪せて思えた。
民子は大正琴を仰向けの姿勢のまま見事に弾きこなした。楽譜をチラッと見ただけで、華麗な音色を聴かせる技はちょっと天才的だった。
大正琴は普通の琴より遥かに小さく操作も簡単だが、ミホが扱うと音階を出す段階から躓いた。
自分自身の音感の凄さに民子は全然気づいていない。
音楽が好きで好きで仕方ないという印象があった。
他の科目は苦手らしくミホが雑誌のクロスワードパズルを完成させるだけで「頭いい!」とカワユイ顔を綻ばせて褒めた。
肝心の手術の痛みも経過や結果も、この新しい家族の様な女の子との交流に比べたら、ミホにとって色褪せて見えた。
ミホはただ家の歴史が旧いというだけの家の、たった一人の継承者だった。
親類縁者ばかりが多かった。
それまでの彼女の毎日は、大勢の大人に見張られ、学校へ行き、帰宅すると宿題を片付けて、後はただ与えられた本を読むだけの生活だった。
いかにも純朴な何人もの看護婦や可愛い民子との当たり前のお喋りは、ミホにとってとても新鮮だったのである。
邪険では決してなく、特別に気をつかわれる事もない親切は心地良かった。
身体は動けないままに、病室を通り抜ける涼しい風のように自由な雰囲気がミホを包んでいたのである。