成城に家を持ち、妻と二人の子供がいる。
人情味あふれる弁護士として人気が高い。
TV番組に出演した事もある。
その電話が事務所にかかってきたのは、5月の末の事である。
葵からだった。
紛う事ない葵の声に、和人は上ずった。
そして、今日思い出の茶店で会う事になったのだ。
「君、どうしてこの茶店を指名したの?」
「あの頃の茶店で残っているのはここだけですもの」
和人の脳裏にいくつもの?マークが浮かんでいる。
あれからどう暮らしてきたのか?
今も独り身でいるのか?
何故今になって電話をかけてきたのか?
戸惑う和人の心は手に取るように葵に伝わる。
葵はずっと独りだ。
両親が亡くなった後、アルバイトの店員をしながら食いつないできた。
今日会えるのは、子供がいなかった叔父の遺産が手に入ったからだ。
ようやく、この先暮らす当てがついた。
和人に逢うのに金が目当てだと思われたくない。
「やっと会えるのだ。
和人、学生時代からずっとあなたが好きだった。
それなのに、あの男は無理やり大切にしてきた私の身体を奪ったのだ。
単に物珍しいからという理由で。
それで、私は計画を立てた。
憎い男の殺人計画だ。
男が襲い掛かり、逃げる途中に殺したと見せかける。
全てをばらすという私の挑発に乗ったあの男は怒って私を追いかけた。
弁護士は上手く私の目論んだ筋書に乗った。
私は和人に縋りたかった。
ステージママとパパから逃れて和人に会いたかった。
しかし、あの頃の世間の目が怖かった。
知らない土地に引っ越して、息を潜めて暮らす内に、罪の意識をはっきり自覚した。
私は殺人犯なのです。」
葵は必死に言葉を心の中にしまい込んだ。
和人はゆっくり冷えたコーヒーを飲み干した。
そして驚いて眼を見張った。
葵が泣いている。涙が後から後から止まらない。
「どうしたんだ」と声をかけられない自分が和人はもどかしい。
窓の外、6月の雨は柔らかに降り続いていた。
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