すぐにガードマンが駆け付け、犯人は取り押さえられたが、百合は腕から噴き出すような血を流していた。
普通でない有様に、救急車を呼ぼうとしたマネージャーを止めたのは百合である。
加納百合は熱狂的なファンを持つ歌手、平成の歌姫と呼ばれている。
「このコンサートを中止することは私を愛してくれたファンを裏切ることになる。
幸い今日が幕日である。
後半日持たせたい。」
百合は蒼ざめた顔で懇願した。
看護師の資格を持つスタッフが、とっさにギリギリと包帯を巻いて止血処理をした。
事件は極秘裏に扱われ、マスコミに漏れることはなかった。
百合の歌は本物のエレジーである。
高く澄んだ声は一段と冴え、事情を知っているものには壮絶な響きに聞こえた。
アンコールが済んだ後も観客の拍手は鳴りやまなかった。
楽屋に帰った百合はすぐに病院へ運ばれた。
夜はビロードのように街を包んでいた。
安定剤を打たれ、死人の様に病院のベッドで眠る百合。
診察室ではヒソヒソと話が続く。
「そんな、左腕を一本切るなんて、彼女は観客の前に立つシンガーですよ。しかも奇跡の歌姫と言われるんだ。身体に傷をつけるのなら、傷を消せばいい、切らないで治す方法は無いのですか?」
マネージャーの桜井は激高していた。
いかにも理知的な表情をした医師、園部は宥めるように説明した。
「ナイフに毒が塗ってあったのです。直ぐに処置すれば腕は助かったのに、時間が経ったために、毒が回って壊死しかけている。ですから、これ以上危険な事態を避けるためには切断しかないのです」
桜井はぐらりと地面が回ったと思った。
百合は十年来の恋人である。
彼女を見出した時からずっとそうだった、二人だけの秘密。
あの美しい白い腕が無惨に切られるなんて、考えただけで気が遠くなりそうだ。
その時、若い医師がやってきて、園部に何事か囁いた。
園部は慎重に頷き、にっこりと桜井に微笑んだ。
「いい方法が見つかるかもしれません」
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