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 花ものがたり

パソコンでのお遊び作品とたまに出かけて写すフォトブログ。最近は日々の出来事などを書きとめ備忘録、何でもありのブログです。

入院中の母の事

2016年02月21日 10時10分08秒 | 母のこと

先月からほとんど毎日母の入院している病院通い続いている。

ゆっくり写真撮りも出来なく 昨年写した今頃の写真投稿しました。

可愛いセツブンソウの花の前で シャターを切っていたこと思い出しました。

                                     

母が入院している病院は 小さな食堂とコンビニが一つの部屋にあるのですが

食堂もカウンターとテーブル 2つ 

お医者さんも訪問客もだれでも利用してますが500円ランチ満足度は低いです。

コンビニ弁当も利用しましたが私の体に合わないようです。

吹き出物が出来 子供に 「母さんが顔に吹き出物 作ったの初めて見る」

と言われてしましました。

最近はお弁当を作って思ってゆくこともあり食堂で温めて食べてます。

あまり人がくる階で無く 人がいないので母と二人でお喋りしながら静かに時間が過ぎてゆきます。

母は寝てばかりではいけないので

廊下を3周くらいは毎日歩き二人で歩いた後 食堂で本を読んだりしています 

熱いタオルで顔や体をふいてやったりしています。

無論 週に2回入浴もさせて貰ってます。

  

  

 

  

  もうすぐ93才になる母 食事の時

  食後 食べたものが戻ってくる事や歯は少なく

  入れ歯の状態も良いとは言えずよく噛めないので

  お茶で流し込んでいるような状態が続いています。

  そのため柔らかいお野菜の煮たものや豆腐料理が多いのですが

  毎回 食事のくるたびに

  「不味いものがきた」とか 「食べられん 」 

  普通の柔らかご飯まで 「こんなご飯 食べられん 」

  と二口くらい口に持ってゆくだけです。

  口から出てくる言葉は 不満ばかり。

  まぁ 頭の中もしっかり残っている過去の記憶と

  固まってしまった脳の働かない部分が混ざり我儘な言葉も出てきて

  私と口げんかになってしまいそうです

  そこで食事は飲みやすい ゼリーや栄養がある飲み物 

  ソフトカップ等を中心に取っています。

  寝てばかりで食欲が無くて 食事の時間が苦痛な感じです。

  その中でも少しでも食べてくれるようにほんの少し

  おかずを持ってゆきます。

  先生は「何でもおいしい食べること出来るもの食べさせてあげて」

  っといわれますが  

  魚類一切口にせず 肉も食べたくないと あれも嫌いこれも嫌い・・・

  私は 「食べたいものなんでも持ってくるよ。欲しいもの言ってみて?」

  っといっても 御みかん 甘~いおかづ豆 ・・・・あと

                         出てきません。

        年取るという事はこういうものかなぁ・・・・。

    

  

   母の退院した後の生活を色々考えてますが

    元の様に自宅でどの程度生活してゆけるか  

   という事が分からないから悩みます。

   まず 一番困るのは私が車に乗れない事です。

           

   暗い話題でごめんなさい。

    母の事のタイトルの時はスルーしてください

      

  


色々あります

2015年12月27日 06時52分27秒 | 母のこと

実家の母が4日間 来ていました。

人を泊めるという事がほとんどない我が家

布団を出したり

冬場なので高齢の母が寒くてはいけないと

色々気を使いました。

夜中は敷き毛布を使っていたのですが

暑かったのでしょう

コンセントを抜いてしまいました。

普段と違う所に泊まっているのですから 今度は

抜いたコンセントを差し込む位置が暗くてわからなかったので

手探りで差し込むところを探したようです。

一階で母と私は寝てました。

コンセントの手前に 非常用のボタンがあり押すと二階で鳴るようになっています。

非常用のボタンを押したりして コンセント穴を探していた母

二階に鳴る音で 主人は

「 どうしたぁ  」

真夜中 起こしてしまいました。

     

ごめんなさい     

 


  昨日も自分の力の限り料理作って母や娘にあげました。

 私の備忘録

小豆おこわ  ( 3合 小豆60g)

鶏肉のから揚げ

とんかつ

関東煮

ポテトサラダ

レンコン酢煮

かき玉汁

昆布巻

分葱のみそ和え

膾   金時豆煮    

かぼちゃの煮つけ


法要を終えて

2014年11月05日 23時21分24秒 | 母のこと

 

 

  先日の日曜日は 私の父親の27回忌法要だった。

 

  昭和63年に父親は亡くなりだいぶ経ちます。

  親の両方の実家や

  父の兄弟 私たち夫婦のお参りなので人数が少なく

  気兼ねなく出来たし 久しぶりに顏を合わせるわけで

  会話の弾んだ一日でした。

  気兼ね無いといっても

  近所の方を呼んでないないということだけで

  血の繋がっていない方も含まれます。

 

  お寺さんのお経の後

  皆で 食事に出かけました。

  91歳 2人  84歳の叔母  77歳の叔母 叔父  皆で13名でした。

  出席できない 叔父もいますが

  ここで顔を合わせることが出来た方は

  50分に亘るお寺さんのお経の間も座っていられたし

  歩けるし その後の食事処での料理もしっかり食べることが出来

  お酒やビールも飲めました。

  

 

  家に帰ってきた後 雑談して次に 夕食を食べてもらいました。

  私は このメンバーで食事ができるのは最後と思って

  前日より 夕食時に出す料理を準備し

  当日は朝4時半に起き 色々揃えました。

 

  食べきれないお鉢物の料理は持ち帰ってもらい

  お寺さんを交えた13人の一日が無事終わった事は

  何よりの私の思い出となると思っています。

 

  今日はその時使ったお客用の長盆  お鉢  取り皿 お椀

  とっくり  杯   湯のみ茶碗   おやかん  お寺さん用蓋付き湯呑等を

  元の位置に片付けに行ってきました。

  当日に 娘と一緒に綺麗に洗ってありましたが

  縁にて乾燥させ 改めて今日 箱に収めました。

 

  今まで準備からすべてやった事が無くどこに何があるかわからなかったので

  器を 出すときはどれを出してよいか解らず

  困ましたが 片付けるのはどうにか元の所にそのまま収めることが出来ました。

 

  父が亡くなった時は葬儀は自宅だったので

  茶碗 湯呑等たくさんの数が必要でした。

 

  大鉢  皿茶わん 湯呑他 色々

  50以上揃えてあり

  もらい物なども増え その数が相当あり

  収納してあるものは 一か所だけでなかった。

  母は 23回忌まではすべて 一人でやってきたのですから

  とても大変だったことを知りました。

 

  ここ2.3年 物忘れ 耳が遠くなったこと等で

  今回は出すのに母はさっとは思い出せなく

  時間がかかりました

 

  

 

  腰が痛いと言いながらも 

  今日も私が片付けをやっている間に

  畑で 里芋を掘って 共同井戸で洗って私にくれました。

  確か 前回 掘った時も

  畑の畝に近づかないで

  私が掘る 里芋を 一個づつ分けて土を除くことしかしてなかったのに

  今日は 私があまりに忙しくしているもので

  鍬で里芋を2株ほど掘り

  洗って綺麗にして渡してくれました。

 

  頑張っていてくれてて 感謝の言葉以外ありません

  でもどう考えても どこからそんな 力を出したのか

  不思議で不思議で・・・・。

 

 

                                      いつもまとまりのない

                   文章でお恥ずかしいのですが

                   頑張ってもここまでなので 。

                   誤字 間違いも スルーしてください

  

 

  

 

  

 

 

  


昨日は・・・

2014年10月28日 10時39分14秒 | 母のこと

 昨日は主人と実家に出かけた。

日曜日に実家で法要があるので母の着る服の準備やそのほか用事を兼ねて出かけた。

91歳の母は日差しが入る 内縁側にいた。

田舎の内縁は広くて太陽が出てるときは温室状態です。

母が日曜日の服を着てみた後 喫茶店に主人が行こうと言い出した。

母にとってはお出かけ。

さぁ大変とばかりに 化粧 入れ歯の掃除そして裸になって肌着からの着替え・・・

私は それはしなくていいというけどいうことは聞かない。

たんすの引き出しから洗ってあるのを出してすべておきがえです。

当然帰っていたら家着に着替えそれを洗うのが母のルール。

隔週でゆく お医者さんの時も同じです。ほんの1~2時間でも 家では家の服と決まっています。

草曳きやら 花壇に入ると衣類が汚れるからです。

戸締りをしていざ 喫茶店に。

店内は花が一杯飾ってあり 押し花が額に飾ってあったり、こじんまりとした 明るい 調度品も可愛い感じの店内。

お客さんは居なく3人で大声をだしても気になりません。

母は 今日 縁にいたら宅配の方が見え「雨が降ってきたから 洗濯物を入れるように」 と教えて貰らった と 嬉しそうに2回も話します。通り雨で次ぐまた日が射してきたとも。

宅配の方も 耳の遠い母にいつもこうしてハンコ貰っているのかと思うと 大変だと思います。

家の前や横にも人が通るとチャイムが鳴るようになっていますが電話のベルの音さえ聞こえない母

土間の奥のキッチンにいるとき玄関に人が来てもわからないことが多いのです。

天気も良く 母と幸せな時間を過ごせた私ですが、これから寒くなるけど 元気で過ごしてほしいと願うばかりです。

痛みのあるとこがあったり生きてゆくことは楽しいや嬉しい事ばかりではありません。

むしろ 苦痛やいやなことの方が多いもの 気弱で神経質な母が 生かされ 体重が 33K  身長も140センチに縮みました。 でも日々こうして 食べたり また歩けることは私にとって本当に有難くこの上ない幸せです。

疲れてさっと立ち上がれない日でも両手をついてお尻を揚げそっと立ち上がることも。転ばないようスリッパは履かない。

緒のある履物しか家では履きません。

また 手を貸してもらえないから自分でやらなくてならず体を常に動かし続けている そんな毎日です。


何気ない一枚の写真

2014年10月20日 14時06分22秒 | 母のこと

    この秋もここに立てた記念の写真

 今月のはじめに

91歳の母の眼科検診に 遠く離れたところまで

電車 地下鉄を乗り換え出かけました。

地下鉄の階段はどうにか上り下りできました。

 

数年前から 

 

「もうこれんかもしれんから」と

電車の窓から移りゆく景色を眺める母

 

そういいながらも 45k離れた名古屋栄に

この秋も立つことが出来ました。

 

私は 最後かもしれないと

テレビ塔を携帯で記念に撮りました。

二人で向かい合って昼食を食べるのも

ずーと続いてきたことです。

  

 

 

また次は 来年の春です。

もし行くことが出来たなら

足腰が今より衰えていないことになります。

 

 さてどうなるでしょう。

 

家に帰ってからも「 もういけないかも」

と呟いています。

 

から 車で行くという選択もあります。

                                    9621歩