満足って何なのだろう?
対価を払った分に見合うだけの「得るもの」がなければ
意味がないものになるとおもうのだろうか。
従来のようなココロからのもてなしが通用しなくなってきた気がする。
例えばこんな状況に出くわした。
新大阪から東京へ向かう新幹線に中国人旅行客3人が乗ってきた。
彼女たちは大きなキャリーケースをそれぞれ車内に持ってきて狭そうに三列席に
座っている。
京都で彼女たちの前席にひとりの女性が座った。
「座席を少し倒させていただいてもいいですか。」と丁寧に頼んでいた。
ところがこの中国人3人組はダメだという。
理由はこのスペースは私たちの代金に含まれているからと言っていた。
N700系の普通車はリクライニングを全くしていない状態は少し前傾なので
2時間強を過ごすにはかなり無理がある姿勢である。
京都から乗った女性は車掌に頼んで別の空席があるかどうか訊いていた。
残念ながら指定席は満席だったので
車掌は中国人3人組に大きなキャリーケースはドア前におくようにお願いしていた。
またまた、彼女たちは拒否。理由は誰かが盗むかも知れないから。
そこで近くにいた乗客が3人組が降りる予定の新横浜までドアは開かないから
問題ないと言っていたが、それでも無理で三人組と前席女性との間は
ちょっとした険悪ムードになっていた。
3人組は前席の背もたれを思いっきり叩いてみたり、トイレから戻るたびに
睨みつけるなど エスカレートしていくようだった。
しばらくは 名古屋までは車内は3人組の大声と高笑いが響くだけだった。
そして 名古屋で判明したこと。
それは3人組は自由席の切符で指定に座っていたということ。
検札がきてもその場にいないもう一人が持っているといい続けていたから
怪しまなかったのだろう。
名古屋で車掌から自由席移動と指定席料金を請求されて凄い剣幕で反論していたようではあるが、
車掌室に連れて行かれたのでその後はどうなったのかはわからない。
みんなのために我慢すること、集団でのマナーといったものは希薄になってきている気がする。
豊かさの代償か、ゆとり教育の弊害かどうかは知らないが
お金を払ったものが偉いという考えが浸透しているのかもしれない。
でも、裁量がないというか狭い価値観である。
この中国人3人組にとっては日本に来るには一生に一度の大イベントだったのかも知れない。
「せっかく来たのだから楽しく笑って過ごしたほうがいいのに。」
生で見た、触れたものの印象は絶大だから
さきの中国人のイメージが金太郎飴的に画一化していくのではないかと不安になる。
この3人を見ていて反面教師にしなくてはと反省もした。