霊仙山(1,094m)
「~ それと、私にはこの道の登り始めたところにある今畑という集落との出合いがある。今畑は廃村となって久しいが、こんこんと湧き出している井戸と小さなお堂のようなお寺が、今も集落の一部として生き続けている。春はそこここにフクジュソウが花をつけ、人々が生活していた頃の生き生きとした集落の姿を思い起こさせる。初めてこの今畑と出合った時は、小さなお寺の前の傾いた土地に畑が耕され、その横にクリンソウが花を咲かせていた。今畑という集落との出合いが、さらに西南尾根により深く傾かせることになったのではないだろうか。しかし今畑を訪れるたびに、次第に人の生活してきた温かみがなくなってきているようで、寂しさを感じている。いずれはこの今畑も草木に埋め尽くされてしまうのだろうか。 ~」
(『鈴鹿の山を歩く』草川啓三(ナカニシヤ出版))
東京から新幹線・東海道線・近江鉄道線を乗り継いで、多賀大社前駅から乗合タクシーで西南尾根の登山口へ向かいます。途中に、スクリーンという名前の駅があり、「スクリーン」は社名を指しています。近江鉄道には、「フジテック前駅」や「京セラ前駅」もありますが、ここだけ駅名に「前」が付いていません。
車道は芹川にぴったり沿っていきます。車窓からも、水が澄み切っているのが分かります。奥へ奥へと分け入っていく雰囲気の濃い景色です。東海道新幹線を米原で降りてから、1時間しかたっていないのが信じられないほどです。
途中に「河内の風穴」があります。今日は行く時間がないですが、総延長が10km以上もあり、関西ではもっとも大きな鍾乳洞といいます。
分け入ってやっとたどり着いた登山口はとても奥深い場所でした。そこにいくつか廃屋が建っているのが、また信じられない気がします。いくつも停まっている車だけが新しいです。
急な傾斜を登ると、一息つくように平地が現われ、ここにも廃屋が残っています。整然と積み上げられた石垣がいくつもあり、家だけでなく蔵もあり、畳が上げられています。大きな壺もあり、透明な瓶が固めて置かれているところもあり、地面に焼き物のかけらが落ちています。
ここまで車を走らせるのは不可能です。歩いてくるには大変な場所ですが、確かに昔人々の暮らしがあったのです。タイムスリップした景色とはこういうものかと思いました。細くて頼りない電信柱があり、電気も通じていたようです。
大きなお寺の先、急斜面にお墓が建っています。廃村となっても、お墓だけは現役という感じがしました。
(登頂:2022年5月上旬) (つづく)