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日本歴史紀行

歴史紀行 69 - 2 石橋山の戦い 石橋山古戦場


石橋山古戦場
神奈川県小田原市石橋





治承4年(1180年)8月17日、平治の乱で勝利し、卓越した手腕で朝廷すら味方につけた平清盛。

清盛を筆頭にした平家による一門を極手厚くした政権下、清盛の義弟、一門の平時忠などは、〜平家にあらずんば人にあらず〜と豪語する有り様。

驕り高ぶる平家一門を象徴する政権下の処置として、かつて源頼朝に処した配流の罪を犯した一門の端くれでさえ、代官職にあたる目代を許される平家一門の課す様々な圧力に、
約20年もの歳月を耐えてきた関東地方の武士たちでしたが、その圧力も後白河法皇の皇子、以仁王が全国の源氏に発した令旨が平家一門を滅ぼす契機となります。


令旨を受けた頼朝は、しばらく事態を静観したものの、長年 清盛に仕えた従三位権中納言、源頼政が以仁王と共に挙兵したことに清盛は驚愕するものの、以仁王を追撃の末に討ち、頼政を京の宇治、平等院で自害せしめ、乱を収束させたものの、以仁王が全国に発していた令旨は、全国の源氏勢力を立ち上がらせる要因となります。 

8月になり頼朝は、舅の時政と挙兵を決意。
17日に伊豆目代の山木兼隆と後見人の堤信遠を襲撃して関東による源氏決起となります。


緒戦に勝利した頼朝でしたが、かつて父の義朝が本拠地とした鎌倉に向かう途中のここ、石橋山で平家方の大庭景親の軍勢と激突します。



石橋山古戦場2に続きます。





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