1-1.色好みの源流:元良親王 待つ夕暮れ 帰る朝
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌」~貴公子たちの恋~ からの抜粋簡略改変版
色好みの源流:元良親王 一夜めぐりの源流
色好みの源流といえば誰しもが兼平を思い浮かべるであろうが、あまりに有名なその人を少しおいて、業平の愛人であった高子(たかいこ)と清和天皇との間に生まれた陽成天皇の第一皇子元良(もとよし)親王に的を絞ってみたい。
元良親王は歌も堪能で「元良親王御集(ぎょしゅう)」があり、その色好みぶりが物語風に展開されていて、かつリアルな記録性がみられるからである。その冒頭は次のような歌ではじまっている。
陽成院の一宮元良のみこ、いみじき色好みにおはしけれ
ば、世にある女のよしと聞ゆるには、あふにも逢はぬ
にも文やり歌詠みつゝやり給ふ。源命婦のもとにかへり
給ひて
くやくやと待つ夕暮れと今はとて帰るあしたといづれまされる
詞書にもあるように、元良親王は「いみじき色ごのみ」として世に知られた人物で、世間に「よい女」と噂されるような女には、一夜を共にするしないにかかわりなく、ともかく文を贈り、歌を届けるなど怠りなくされる方だったらしい。
ある日、源命婦という親しい女官の部屋においでになり、ふとした問いかけのように書きなぐさんだ歌がこの歌である。「今宵は来るか来るかと待つ夕暮れと、今はもう明るくなってしまうからと帰ってゆく朝と、どちらの情趣がまさっているだろう」というものだ。
この歌を必ずみつけるはずのところに書き捨てのようにしてあったのを、源命婦が目を留めたのであろう。次のような返歌で「待つ宵」に判定を下した。
今はとて別るるよりも高砂の松はまさりて苦してふなり
暁の別れは悲しくても、心には一夜を共にし語らった満足がある。それに比べれば「松」(待つ)夕暮れはずっと苦しいものだと答えている。親王はこれを見て、女性たちの答えに興味を抱き、交際のある所々に「くやくやと」の歌を贈って試みられた。その答えの中で「をかし」と思われた二首がのこされている。
つづく