3-1.元良親王 女性遍歴 監命婦(げんのみょうぶ)との密通
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌」~貴公子たちの恋~ からの抜粋簡略改変版
色好みの源流:元良親王 一夜めぐりの源流
「一夜めぐりの恋」という、痛烈なあだ名を平然と受け渡して女性との噂が絶えぬ親王であったから、その交際は広がるいっぽうであった。
源(監)命婦に方ふたがりたればなどのたまいければ女
逢事(あふこと)の方はさのみぞふたがらむ一夜めぐりの君となれれば
と聞こえたりければ障らでおはしにけり。又の日さておは
せて嵯峨の院に狩しなむと宣ひければ
大澤の池の水茎絶えぬともさがのつらさを何か恨みむ
これは「元良親王御集」にある歌。物わかりのよい監命婦との交際の一場面である。御集の巻頭で「待つ夕暮」と「帰るあした」の勝り劣りを交際ある女性たちに問う歌を届けたのもこの監命婦のもとからであった。「一夜めぐりの君」などとあだ名をつけられても、平気な顔で、「歌に負けましたよ」とばかりにすぐやってきてしまう。訳しりどうしの親しさが燃える場面である。
「方ふたがり」は陰陽道で天一神(てんいちじん⇒なかがみ)遊行の方向を避ける習慣だが、監命婦の家がその方向に当たっていたのだ。そこで親王は「お会いしたいのですが今日は方ふたがりでいけないのです」と使いを出したところ、この命婦の歌が返ってきた。本当に「方ふたがり」かもしれないが、それを言いわけとにらんでの歌で、だからこそ、にくいあだ名を奉ったのである。「私と会うなどという方向はいつだって塞がっておいででしょう。あそこで一夜、ここで一夜とめぐり歩いて、あなたはすっかり天一神そのもですよ」という愛情のこもった揶揄である。親王もこれには負けてまっすぐ命婦のもとに行きそこに泊まったのであった。
さてそれから、また無沙汰つづきで、久しくしてやって来たのだろう。次の歌の言いわけは、「じつは嵯峨院に狩りの行事があってね。いろいろと準備やら何やら忙しくてね」というもの。命婦の歌は、「御狩をなさる嵯峨にあるという大沢の池の水草の根が絶えるように、御消息がなかったとしても、何のつらいことがありましょう。あなたの御性分のつれなさは知り尽くしていますもの」と、なかなか負けていない。この才気ある挑発力は監命婦の人気の秘密でもあった。
つづく
女性の取り合いもあったよ。