ところで、女はいちごのような唇で
蛇が身を焦がすように、体をくねらせ
コルセットの骨の上から両の乳房を揉んで
麝香の香りがすっかりしみ込んだ言葉を、
流れ出るにまかせていた。
――シャルル・ボードレール『悪の華』発禁の断章
恐れられたこの私の腕に一人の男をきつく抱くとき、
あるいは、内気なくせに淫蕩で、か弱いのにたくましい、
この胸を、噛まれる苦痛に委ねるとき、
感動を恍惚となった敷物の上で、
ああ、不能の天使だって、私を恋いこがれて堕ちていく!
――同書同章
身も凍えるような恐怖に両眼を閉じ、
生き生きとした光で、また眼を開けたとき、
たっぷりと血を蓄えたらしい力強いマネキン人形にかわり、
両脇は雑然と震える骸骨のかけら。
それらがひとりでにたてるのは、冬の夜毎に、風がゆする、風見鶏か、細い鉄の棒の先の看板の叫びか。
――同書同章
プロローグ
我が名はマクミラ。
かつては冥界の神官だった。あるいは、人間から見れば魔女と呼ばれる存在なのかもしれぬ。冥界にいた頃には、もっとも縁遠いものが愛でもっとも身近な友人が孤独であった。だが、人間界に来てからは死がもっとも身近な存在となった。生きながら死んでいる、あるいは死にながら生きている不死者ヴァンパイアとして過ごしてきたからだ。
最近、気がつけば神と悪魔のことを考えている。
神とはいったい何か? 神学者共が答を出してきたが、満足ゆく答えは得られていない。あえて言えば、何かにすがらずにはいられぬ人間が生み出したもの。神こそ全知全能の存在という思いこみ。それが彼らに信仰を持たせている。
しかして悪魔とは? その存在が、すべての宗教人に肯定されていないのは興味深い。基督教の聖職者を例にとっても悪魔の存在を否定するものは多い。全知全能の神の対極にマイナスの力があるのは許せないというわけか?
「神」が人の信仰心の産物なら、「悪魔」は人のご都合主義の産物。その存在を信じることで、都合の悪いことは人をたぶらかしいたぶってよろこぶ悪魔のせいにすればすべて事足りるというのか? とんでもない!
人間の本性こそ悪であり、同時に矛盾する善を持った存在。嫌いな相手にはいくらでも暴力的になれるくせに、好きな相手にはいくらでも愛をそそげる。
なぜ人間をきらうかって? 神官だった頃、あまりにも多くのあさましい魂を見てきてしまったから。人間界に来てからあまりにも多くのあまのじゃくな者たちを見てきてしまったから。
といって、わたしが悪魔の側に立っているわけではない。人間界に来てからは奴らから冥界時代のうらみをはらそうとねらわれているようだし・・・・・・
本当かって? 別に信じてもらおうとも思わないし、あなたにそもそも神と悪魔の区別さえつくとも思えない。
わたしのこれまでの体験談が聞きたいって? よいだろう。こんな闇夜は冥界を思い出してセンチな気分にもなる。わたしが人間嫌いになった訳を気まぐれに聞かせるとしよう。
さあ、今宵の物語を始めようではないか。
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