「我が父レイデンは、冥主プルートゥより人間を苦しませる役目を負っていた。不安、嫉妬、苦悩、悲しみ、ありとあらゆる苦しみを人間に与え続けた結果、だんだんと脳波共振現象によって、自分が人間に与えた苦しみに自分自身も苦しむようになっていった。そんな時。父は、日本と呼ばれる小さな島国の東北に立ち寄った際に、我が母である深雪に出会った。雪の精であった母の純白の姿は、いっさいのけがれを知らず、冷たいが内に熱い情熱を秘めていた。母は、苦しむ人間を見続けたために疲れ果ても、その責務から逃れることができない父に優しかった。やがて、母は我を身ごもった。しかし、母は産み落とす時に、我が持つ16枚の羽によって激しく傷つき、その命を失った。最初、母にうり二つだった我に父は愛情を注いでくれた。だが、だんだんと父の悩みの影響を受けて、羽の色が黒くなるにつれて父は我を憎むようになっていった。父は、我の中に最も自分自身が忌み嫌う暗い部分を見てしまった。我らは出会う度、激しく争うようになった。父の打ち下ろす黄金の鉄槌に対して、我は母の形見である白銀のステッキで抵抗した。その内、父の鉄槌はだんだんと我がステッキに取り込まれてなくなってしまい、我がステッキは今のように黄金になった。なぜか父は、我と争っている時うれしそうだった。我は、最初父が我を傷つけることがうれしいのだと思っていた。だが、本当の理由は、我と争っている時には、父は人間を苦しませずにすむことがうれしかったのじゃ。闘い疲れて我が動けなくなると、父はとどめを刺すでもなく、あきらめたような顔をして人間界に下りていった。そのために、人間界には幸福な時期がくれば、必ず次には父が人間界に下りていく不幸な時期がやってくる。だが、不幸な時期の後にも、また父が冥界にもどるために幸福な時期がやってくる。我は、それでもよかった。仕事にかかりきりでかまってくれないよりは、まるでカウンセリングのように我と闘うことで気分転換をはかって、父が元気になってくれることがうれしかった。しかし、そんな日々も長くは続かなかった。父はある日、父が抱え込んだ苦悩が転移して、我が体内に蓄積されていることに気づいてしまったのじゃ!
最初は、うっすら黒いだけだった16枚の羽がだんだんと暗黒空間とつながりかねないほど黒くなった時から、父は我との闘いをさけるようになった。我は、全身が真っ黒になって魔界に落ちても、それで父が救えるのならかまわなかった。父に捨てられたと思った我は荒れた。それまで、たとえ闘いの形であっても続いていた父との絆が切れてしまったためじゃ。気づいた時には、冥界親衛隊との闘いに敗れて、極寒地獄コキュートスに落とされていた」
だまって聞いていたシンガパウムが言った。
「メギリヌよ。人間界でも神界でも、善と悪の境界線をはっきり引くことなどはできないのだ。まだお前はやり直せる。私には、お前の中に正しい心を感じる。お主の母も父も、お主が暗黒の氷天使になることなどは望んでおらぬであろう。何のあたたかみもない、絶対零度の暗黒空間に落ちてしまえば、永久に心まで凍りついてしまうぞ。寒い冬が過ぎれば、暖かい春が来る。冬の時代に耐えることを学んでこそ、春をよろこんで迎えることができる。お主の父レイデンが人間に悩みを与えるのも、苦しみを乗り越えることで成長して、よろこびを得ることを学ばせるため。苦しませること自体が目的ではないのだ。たしかに人間は弱い。苦しみに押しつぶされそうになったり、乗り越えられない時もある。だが、そのために人間には家族や仲間がいるのだ」
「知ったようなことを・・・・・・」
「私も仕事にかかり切りになって、母を失ったナオミとの絆を失いかけた時期がある。もしかしたら、私の娘がお主のようになっていたかもしれないのだ」
「冥界や天界にまで知られた鬼神、シンガパウムとも思えぬ長広舌じゃな。昔話に花を咲かすとは、年を取ってもうろくしたか?」
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