太った中年

日本男児たるもの

マハティールが語った

2012-05-22 | weblog

マハティール元首相、日本の政治にもの申す。消費増税と原発再稼働をやめ研究開発投資を

上記JBpressのマハティール元首相インタビュー記事は論旨が明快で読みごたえがあった。

但し非常に長いので転載は割愛。以下はマハティール語録の抜粋。

・国民の声が直接リーダーに届く制度に変えることを検討してもいいのではないですか。国民が日本をどうしたいのかをはっきりと示し、そのうえで政治家の意見を聞いて、この人はと思う人に首相になってもらう。

・とにかく、日本は米国の顔色ばかりうかがっていては豊かになれません。もっと日本自身のことを考えないと。

・私からすると、日本は米国を富ますことに熱心に見えます。そろそろそんな考えは捨てて、日本自身を富ますことを考えるべきではないでしょうか。

・そして優れた日本製品が買いたくても買えなくなった国もあるということを日本は知るべきです。円を切り上げたことでそうした国の豊かささえ犠牲にしたことになるんです。

・私が首相であった時代には、原発の導入は全く考えませんでした。それは、原子力に対する知識が未熟だからです。マレーシアが未熟というのではなく、人類という意味でです。

・今日、ある国が(第2次世界大戦のような)戦争を起こすことは不可能でしょう。戦争である国を征服することはできるかもしれないが、その国を支配し続けることはできないのです。それが歴史の教えです。

とまあこんな感じで日本の抱える問題にズバズバ切り込んでいく。面白かった。ではまた。


金環日食

2012-05-20 | weblog

金環日食「安全に見て」 21日午前7時半ごろ

月が重なり、太陽がリングのように輝く「金環日食」が21日朝に迫った。日本で見られるのは約25年ぶり。晴天なら東京、名古屋、大阪など主要都市で見えるほか、月が太陽に部分的に重なる「部分日食」も含めれば、ほぼ全国どこでも日食が楽しめる。

日食が見られるのは21日午前6時~9時ごろ。西の地域ほど早い。太陽が欠け始めて元の姿に戻るまで2時間30分前後だ。うち金環日食になるのは午前7時半前後の最長5分ほど。九州南部から東北南部の広い範囲で見られる。

観察法は主に二つ。一つは「日食グラス」を通して見る方法だ。グラスは専用の市販品を使う必要があるが、中には粗悪品もあるので注意しよう。

もう一つはピンホールカメラの原理を使って間接的に見る方法。紙やカードに穴を開けて日光を通し、壁や地面に映った太陽の像を見ると、日食のときは欠けた太陽の形をしている。地面に映る木漏れ日も、金環日食ならリングの形になる。陽光を通す葉と葉の隙間がピンホールの役目をするからだ。

動画サイト「ユーチューブ」の国立天文台チャンネル(http://www.youtube.com/user/NAOJchannel)などインターネット中継を視聴して楽しむ方法もある。金環日食でもレンズを太陽に直接向けると、カメラの素子が焼ける可能性がある。スマートフォンや携帯電話で撮影するなら、木漏れ日などを写すのがいい。

(朝日新聞)

そうかユーチューブでライブ視聴できるのか、と思ったが比国とは時差が約1時間ある。

つーことは朝6時半前に起床しなければならない。まあ無理だろうな。諦めるか。ではまた。

国立天文台チャンネルは最悪の画質だった。上記が一番いい。


入れ墨職員

2012-05-14 | weblog

橋下市長「組織として異常、免職も」入れ墨職員

大阪市環境局の職員約3200人のうち約50人が、同局の調査に「入れ墨をしている」と回答したことを巡り、橋下徹市長は14日、市役所で報道陣に、「組織として異常だ。すぐ懲戒免職は難しいが、分限(免職)はあり得る」と述べ、人目に触れる部位に入れ墨をしている職員の分限免職を検討する考えを示した。

大阪市では、橋下市長の指示で、全職員を対象に入れ墨の有無を調査中。橋下市長は、「(民間企業でも)大方は入れ墨を許していない、というのが僕の感覚。身分保障に甘えた公務員の世界だから、横行している」と指摘。「市民の目に触れる公の職員が入れ墨をして、市民サービスをやるというのはおかしい」と主張した。

(読売新聞)

入れ墨はゴミ収集係の現場職員だろうな。(暴力団)組織の区別がない。

ハシゲは大阪市環境局と産廃業者の癒着による利権を断ち切るのが狙い。

大阪市職員は2ヶ月に1度のペースで覚せい剤、痴漢等、不祥事を起こす。

ちょっと理解し難い。ではまた。


指定弁護士控訴

2012-05-10 | weblog

小沢元代表控訴 一審尊重へ制度改正を

一審無罪の小沢一郎民主党元代表を検察官役の指定弁護士が控訴するのは疑問だ。そもそも検察が起訴を断念した事件だ。一審無罪なら、その判断を尊重するよう検察審査会制度の改正を求めたい。

新しい検察審制度で、小沢元代表が強制起訴されたのは、市民が「白か黒かを法廷で決着させたい」という結果だった。政治資金規正法違反の罪に問われたものの、一審判決は「故意や共謀は認められない」と判断している。

つまり、「白」という決着はすでについているわけだ。検察が起訴する場合でも、一審が無罪なら、基本的に控訴すべきではないという考え方が法曹界にある。国家権力が強大な捜査権限をフルに用いて、有罪を証明できないならば、それ以上の権力行使は抑制するべきだという思想からだ。

とくに小沢元代表の場合は、特捜検察が一人の政治家を長期間にわたり追い回し、起訴できなかった異様な事件である。ゼネコンからの巨額な闇献金を疑ったためだが、不発に終わった。見立て捜査そのものに政治的意図があったと勘繰られてもやむを得ない。

小沢元代表はこの三年間、政治活動が実質的に制約を受けている。首相の座の可能性もあったことを考えると、本人ばかりでなく、選挙で支持した有権者の期待も踏みにじられたのと同然だ。

新制度は従来、検察だけが独占していた起訴権限を市民にも広げる意味があり、評価する。だが、新制度ゆえに未整備な部分もある。検察官役の指定弁護士に一任される控訴判断はその典型例だ。検察でさえ、控訴は高検や最高検の上級庁と協議する。

指定弁護士の独断で、小沢元代表をいつまでも刑事被告人の扱いにしてよいのか。「看過できない事実誤認」を理由とするが、検察審に提出された検察の捜査報告書などは虚偽の事実が記載されたものだ。どんな具体的な材料で一審判決を覆そうというのか。

むしろ、「白か黒か」を判定した一審判決を尊重し、それを歯止めとする明文規定を設けるべきだ。最高裁も二月に、控訴審は一審の事実認定によほどの不合理がない限り、一審を尊重すべきだとする判断を示している。むろん被告が一審有罪の場合は、控訴するのは当然の権利だ。

検察による不起訴、強制起訴による裁判で無罪なのに、「黒」だと際限なく後追いを続ける制度には手直しが急務である。

(東京新聞 社説)

他の大手新聞は指定弁護士の控訴を当然だとして相変わらず小沢さんを攻撃している。

東京新聞の社説だけが真っ当なことを記している。マスコミは狂っているね。ではまた。