『理論は現実に従う』
ー書籍紹介:「P.F.ドラッカー 完全ブックガイド」ー
ドラッカー書籍の翻訳にすぐれた上田惇生氏著「ドラッカー完全ブックガイド」を読んでいたら、糸井重里氏との対談でドラッカーの文中に『理論は現実に従う(Theories follow events)』という言葉を見つけたと話していた。そのくだりは「ほぼ日刊イトイ新聞」で読むことができる。
この言葉は社会生態学者を自称するいかにもドラッカーらしい。現実の中にこそ答えがあるにも関わらずそれを体験したり観察しようとせず、頭で考え答えを作り出し平然としているような「学者」にありがちな姿勢を批判しているのだ。事実より理論を重視し、理論を妄想でテコ入れした誤った事象をもとに正論とすることを許してはならない。事実を後回しにしてセオリーが先に立ってしまうと、本質を見出せず誤った答えを導いてしまうというわけだ。これは「顧客は誰か、顧客は何処にいるのか」という“マーケティング”発想の支柱になる考えにもつながっていると思う。
ところで、バウハウス(1919年から1933年まで、ドイツのワイマールで始まった芸術とデザインの運動)の理念には『形態は機能に従う(Form follows Function)』というのがある。これと現実の捉え方がよく似ていると思う。「形態は機能に従う」とは無駄がなく使いやすさを重視した機能的なデザインこそ美しい形になるということを意味している。このモダンデザインの本質を示す言葉と知ってかしらずか、ドラッカー博士が「マネジメント」を語る際にその本質をバウハウス同様に言い当てたのは興味深い。
ドラッカー博士が2005年に永眠してから20年近く過ぎようとしている。
私がドラッカー博士の書籍の中で一番感銘を受けたのは1993年に刊行された『ポスト資本主義社会』だ。時代の転換期にいかに対応すべきかについて書かれた内容に心躍らせた。その当時、私は情報インフラの整備や博物館運営に携わっていたが、仕事に行き詰まった時に本書を開くと必ずこの先どうすれば良いか答えが書かれており、博士に何度も助けられた。あれから30年が過ぎたのに今でも新しさが失われていない。問題解決は現場に密着した「マネジメント」にあると改めて思うのである。
「P.F.ドラッカー完全ブックガイド」には、ドラッカー博士のほぼ全ての書籍が紹介されている。博士の書籍はどれをとっても価値があるが、はじめて博士の書籍を読む人にとってこのガイドは気軽に読めるわかりやすい解説書だと思う。「マネジメント」の本質に触れた箇所を発見することもできる。もしドラッカーに興味があるならここから始めてみてはいかがだろう。もちろん、ドラッカーを理解し「マネジメント」について学ぼうとするならば、いずれかの名著を手に取りじっくり読むことをおすすめする。時間はかかるかもしれないが、満足のゆく結果につながる筈だ。
「P.F.ドラッカー 完全ブックガイド」
2012年5月17日 第1刷発行
著者・上田 惇生
発行所・ダイヤモンド社
<著者紹介>
上田惇生
うえだ・あつお(1938-2019)
翻訳家。ものつくり大学名誉教授、立命館大学客員教授。64年慶應義塾大学経済学部卒。経団連会長書、国際経済部次長、広報部長、ものつくり大学教授。
ピーター・F・ドラッカー教授の主要著作のすべてを翻訳。もっとも親しい友人、日本での分身とされてきた。『プロフェッショナルの条件』ほかを編集。著書に『ドラッカー入門』『ドラッカー時代を超える言葉』などがある。ドラッカー学会代表(2005-2011)、同学術顧問(2012-2019)。
<本書について>(カバー「本書の読み方」より)
本書では、ドラッカー教授のすべての著作を紹介します。並び順は原著の発行順としました。時系列で追っていくと、教授がたどった道程が見えてきます。
その96年の生涯は、まさに現代史そのものでした。それぞれの時代にどんな歴史的事実が起こったのかを合わせると、教授がいかに早いタイミングで次の時代をとらえていたかがわかります。
それにしても、圧巻のラインナップ。改めて全体を見ると、これだけ多くの分野を広くカバーした教授のすごさが伝わってきます。
<P.F.ドラッカー氏について>(本書より抜粋)
Peter F. Drucker
1909.11.19 - 2005.11.11
ドラッカーの横顔
ピーター・F・ドラッカー
1909年、オーストリア・ウィーン生まれ。
フランクフルト大学卒業後、経済記者、論説委員をつとめる。1933年ナチス・ドイツの不興を買うことを承知の論文を発表して、ロンドンへ移住。マーチャントバンクでアナリストをつとめた後、37年渡米。ニューヨーク大学教授などを経て、71年、ロサンゼルス近郊のクレアモント大学院大学教授に就任、以降この地で著作とコンサルティング活動を続けた。
ファシズムの起源を分析して後のイギリスの宰相ウインストン・チャーチルの絶賛をうけた処女作「経済人の終わり」、GMのマネジメントを研究した「企業とは何か」をはじめ、その膨大な著作群は、「ドラッカー山脈」とも呼ばれる。そのカバーする領域は、政治、行政、経済、経営、歴史、哲学、文学、美術、教育、自己実現など多方面にわたっており、さまざまな分野に多大な影響を及ぼし続けた。
東西冷戦の終結、高齢化社会の到来、知識社会への転換といった社会の根源的な変化をいち早く示した現代社会最高の哲人であるとともに、体糸としてのマネジメントを確立し、「分権化」「自己目標管理」「民営化」「ベンチマーキング」「コア・コンピタンス」などマネジメントスキルのほとんどを生み育てたマネジメントの父である。
GEのジャック・ウェルチ、P&Gのアラン・ラフリー、グーグルのエリック・シュミットなど、ドラッカー教授をと仰ぐ世界的経営者は多い。「エクセレント・カンパニー」のトム・ピーターズ、「ビジョナリーカンパニー」のジム・コリンズといった著名な著述家たちもドラッカー教授の薫陶を受けている。親日家としても知られる。1934年、ロンドンの街角で雨宿りに偶然入った店で目にした日本画の虜となり、室町水墨画などのコレクションを有する。
2005年、あと8日で96歳の誕生日を迎えるという日に永眠。「20世紀の知的巨人」「マネジメントの父」など、ドラッカー教授を賞する言葉はたくさんあるが、本人は自らを社会生態学者と規定した。生涯を通じた最大の関心事は「社会的存在としての人間の自由と平等」であり、そのために社会、組織、企業はどうあるべきが、個人は何をなすべきかを問い続けた。モダン(近代合理主義)を超え、21世紀を支配するポストモダンの旗手である。
(おしまい)