カフェロゴ Café de Logos

カフェロゴは文系、理系を問わず、言葉で語れるものなら何でも気楽にお喋りできる言論カフェ活動です。

第2回・第3回『〈政治〉の危機とアーレント』を読む会のご案内

2017-10-31 | 『〈政治〉の危機とアーレント』を読む
佐藤和夫『〈政治〉の危機とアーレント』の読書会です。
第1回の様子はこちらをご覧ください
第1回『〈政治〉の危機とアーレント』を読む会・議論のまとめ
スカイプ通信での対話を行います。参加希望の方はメッセージをお送りください。




第2回『〈政治〉の危機とアーレント』を読む会 ⇒ レジュメ
【開催日時】2017年11月8日(水)20:00~21:30
【読み合わせ箇所】第2章「『人間の条件』と20世紀」
   第1節「『人間の条件という言葉とアンドレ・マルロー」(p.63~p.76)
   第2節「シモーヌ・ヴェイユ『労働の条件』と『人間の条件』」(p.76~p.89)
※第3節『「人間の条件」の中での「私的所有」=「自分らしさのためのプライヴァシー」は第3回と合わせます。

人間は「〇〇である」と本質的に規定されるものではなく、「条件づけられた存在である」という『人間の条件』のタイトルの意味を考える内容となっています。とりわけ、「労働」という人間の条件を考えることは、「過労死」が深刻化している日本社会において重要です。

第3回『〈政治〉の危機とアーレント』を読む会
【開催日時】2017年11月30日(木)20:00~21:00
【読み合わせ箇所】第3章「自分らしさと私的所有」(p.105~p.130)

「プライヴァシー」を「自分らしさ」を確保する居場所と捉え、それが切り崩されることの危機を論じています。

第2回『〈政治〉の危機とアーレント』を読む会・レジュメ

2017-10-31 | 『〈政治〉の危機とアーレント』を読む
第1回『〈政治〉の危機とアーレント』を読む会が終わったばかりのような気がしますが、第2回のレジュメをアップします。
初回のレジュメは本の内容に忠実にまとめてしまったので、かえって細かい話の解説に拘泥してしまいました。
その結果、話題がアーレント読解に終始し、具体的な社会問題や生き方を問う議論が少なくなってしまったという反省点がありました。
そこで、今回は思い切ってレジュメの内容を短くし、次の二つの論点に絞り、各人で思い思いそのことについて具体的に考えてきてもらいながら対話に参加していただきたいと思います。

⓵人間が思考できる条件/思考停止してしまう条件とは何か?
⓶奴隷的ではない労働の条件とは何か?

今回、読み合わせる第2章は、人間は「〇〇である」と本質的に規定されるものではなく、「条件づけられた存在である」という議論から、その条件を吟味しようという『人間の条件』のタイトルの意味を考える内容となっています。
話の流れから、今回は第1節「『人間の条件という言葉とアンドレ・マルロー」(p.63~p.76)と第2節「シモーヌ・ヴェイユ『労働の条件』と『人間の条件』」(p.76~p.89)までの読み合わせに区切りたいと思います。(カフェマスター・渡部 純)


佐藤和夫『〈政治〉の危機とアーレント』第2章 『人間の条件』と20世紀

1.『人間の条件』という言葉をめぐって―アンドレ・マルローとブーバー=ノイマン
(1)哲学が「人間とは何か?」と本質を問うてきたことへの異議
⇒人間は環境や制約(条件)との関係の中でしか存在しえない

(2)信じるにはあまりに残酷な現実を前にして、人はどのようにふるまうのか?[p.70]
●マルロー『人間の条件』の清ジゾール
「みんな、ものを考えるから苦しくなるのだ…もしこの思考なるものが姿を消せば、この光の中に散らばっているなんと多くの苦痛が消えてなくなることだろう」[p.70]
●ブーバー=ノイマン
「自尊心を失うような自暴自棄にも陥らず、絶えず私を必要としている人間を見出し、友情と友好な人間関係を築けたことが」力となり生き延びることができた
⇒「考える」営みが個人的性格ではなく世界との関係において規定されてしまう問題
⇒どんな人間になるかは一人ひとりが作り上げる人間関係の目を抜きにはあり得ない
⇒人間がどのような「条件」において悪魔か天使になるかが問われなければならない

(3) 実存主義への批判
●「死に対する勇気ある挑戦によってのみ、自らを死から救うことができる」(マルロー)
⇒「革命」が社会的政治的条件にではなく、人間の条件そのものに向けられた[p.65]
●「思考」の闘いから「政治」(行動)へ逃避しようとする実存主義にとって公的領域に接近できるのは「革命のとき」だけだった[p.75]

2.労働の条件と人間の条件―シモーヌ・ヴェイユ
(1)アーレントがマルクスの労働観を批判する上でヴェイユは決定的な影響を与えた
●労働と生命の必要から最終的に解放されるという希望は、マルクス主義のユートピア的空想[p.77]
⇒「朝は狩りをし、午後には魚釣りをし、夕べには家畜を育て、夕食後には批判をする」
⇒この空想は労働運動の原動力となるが、反「人間の条件」的な「民衆のアヘン」なのだ!

(2)「労働」という人間の条件から解放されることはない
●どれほど「労働」のなかに「仕事」の積極的面が含まれていようと、生産力が上がり消費水準が上がろうとも、「労働」の要素が消えるわけではない。[p.81]
●「労働する動物」という人間観が「政治的な動物」という人間観をないがしろにする

(3)ヴェイユの労働観
●労働者…「根無し草」=工場においては厳密な生産労働の時間管理の中で自分の自由は奪われ、自分で働き方を決められる余地は与えられない(労働疎外)[p.84]
⇒上司の指示の前に「結局のところ自分は命令に服しているのだという心にくり返し言い聞かせる」
⇒考えてもその根本条件が変わらないならば、その苦しみやその条件を考えないことだ[p.85]
⇒労働は合目的性ではなく、必然性に支配されている[p.87]
⇒「生き残るためには稼がなければならない」…永遠のくり返し運動の奴隷状態

(4)ヴェイユの「奴隷的でない労働の第一条件」
●労働時間の短縮よりも労働者と工場全体の機能・機械との関係、作業中の時間の流れ方を変える
⇒労働者が仕事の過程の主人公となる[p.85]
●奴隷的労働条件からの救済手段[p.89]
⇒美の経験、神に源泉をもつ宗教…詩、祭の参加、フランスを無料で自由に旅行できる喜びの保障