1年前の今日。
3人で深夜バスに乗り、3年間過ごした仙台を離れ、東京に引っ越しました。
良さんが、この日に離れたことを覚えていてくれて。
私がいなくなる事がそんなに寂しかったんだなーと思っていたら、なんと今日がお誕生日。
だから覚えていたんだって。
そこ、言わなくても…ねぇ(笑)
まあ、とにかくお誕生日おめでとう!
ペロリ。
引っ越しの当日。
パンダの描いてあるトラックに荷物をしこたま詰め込みました。
長距離なので、荷物の到着は翌日です。
その日は青空応援団の練習のある日で。
輪王寺においでと声をかけてもらっていました。
あまり長くはいられなかったけど、ヒナとナナと私に向けて、東京でも頑張れと一人一人応援してくれた。
嬉しさに胸が熱くて、寂しさで胸が痛くて、涙を堪えるのが精一杯。
ちゃんとしたお礼も言えなかったな。
終わった後すぐに、むっちんが車で送ってくれて。
(写真は関係ありません…笑)
深夜バスの時間までは美智代さんちで過ごした。
リナちゃんがタイ料理を作ってくれたっけ。
あっちゃんものんちゃんも来てくれた。
仙台市民としての最後の夕餉を、美智代さんたちとお家で過ごせたことが、とっても嬉しかったな。
楽しい時間は刻々と過ぎていって、とうとう深夜バスの予定の時間になっちゃって。
明日も仕事だろうから来なくていいって言ったのに、みんなで送りに来てくれた。
そうそう。
引っ越しの2日前に、サプライズで激励ピザパーティーを開いてくれたむっちん&良さん。
自宅の手作りのピザ釜で、手作りピザを作ってくれました。
歌舞伎役者か(笑)
子どもたちの中に、大きな子ども(笑)
私のためなのか、ピザに釣られたのかわからないけど(笑)思いがけず、たくさんの仲間たちが集まってくれました。
あれは本当に嬉しかったなー。
バス停に着くと、佐々木一家とヒナの担任の先生が来てくれて。
あとから国語の先生まで来てくれた。
ほんっとに明るい佐々木ファミリー。
大好き。
和子さんにもたくさん可愛がってもらったね。
佐々木家は宮城の親戚です。(自称)
送りに来てくれた先生の顔を見たら、日菜子が突然泣き出して、わたしもさすがに堪えきれなくなっちゃって。
みんなでボロボロ泣きました。
担任の先生が、わざわざ深夜に見送りにきてくれるなんて、日菜子は学校でも愛されてたんだなと、とても嬉しく思いました。
忘れてならないさやかちゃん。
妊婦さんだったから見送りには来られなかったけど、仙台での生活の中で、さやかちゃんの存在がどれほど支えになったことか。
いまでもお世話になってるけどね。
由美さんは、本当に優しくて。
慣れない生活環境の中、親子ともども本当にお世話になりました。
足を向けて眠れません(笑)
仙台での楽しかったことも、苦しかったことも、自分のことのように受け止めてくれた美智代さん。
そして40計画ファミリーのみんな。
楽しい思い出をいっぱいもらったね。
ずっとずっと家族です。
いまでもお互いに、応援しあってます。
自分で決心したことなのに、離れる時は寂しくて。
それでも地元に帰る安堵の気持ちもあって。
なんだか自分でも訳がわからなかった。
一年経った今。
どこにいてもなにがあっても、ずっと支えてくれた友達がそばにいて。
たくさん迷惑かけたのに、いつも応援してくれる大好きな人がいて。
新しい仲間もできて。
宮城で過ごした日々は、あまりにも内容が濃い激動と感動の3年間だったから。
帰って来ても、本当に寂しくて寂しくて、どうしようもなかったけど。
たとえ遠く離れていても、みんな元気で、生きていてさえくれればそれでいいと。
やっと思えるようになりました。
生きていれば、いつかきっと会える。
私はすごく寂しがりやなので、誰一人として私より先に逝ってはいけません。
なので必ず私が先に逝きます。
でも私、結構長生きする予定なので。
みんな頑張って、とにかく元気で長生きして下さいね。
どうぞよろしくお願いします♪
3人で深夜バスに乗り、3年間過ごした仙台を離れ、東京に引っ越しました。
良さんが、この日に離れたことを覚えていてくれて。
私がいなくなる事がそんなに寂しかったんだなーと思っていたら、なんと今日がお誕生日。
だから覚えていたんだって。
そこ、言わなくても…ねぇ(笑)
まあ、とにかくお誕生日おめでとう!
ペロリ。
引っ越しの当日。
パンダの描いてあるトラックに荷物をしこたま詰め込みました。
長距離なので、荷物の到着は翌日です。
その日は青空応援団の練習のある日で。
輪王寺においでと声をかけてもらっていました。
あまり長くはいられなかったけど、ヒナとナナと私に向けて、東京でも頑張れと一人一人応援してくれた。
嬉しさに胸が熱くて、寂しさで胸が痛くて、涙を堪えるのが精一杯。
ちゃんとしたお礼も言えなかったな。
終わった後すぐに、むっちんが車で送ってくれて。
(写真は関係ありません…笑)
深夜バスの時間までは美智代さんちで過ごした。
リナちゃんがタイ料理を作ってくれたっけ。
あっちゃんものんちゃんも来てくれた。
仙台市民としての最後の夕餉を、美智代さんたちとお家で過ごせたことが、とっても嬉しかったな。
楽しい時間は刻々と過ぎていって、とうとう深夜バスの予定の時間になっちゃって。
明日も仕事だろうから来なくていいって言ったのに、みんなで送りに来てくれた。
そうそう。
引っ越しの2日前に、サプライズで激励ピザパーティーを開いてくれたむっちん&良さん。
自宅の手作りのピザ釜で、手作りピザを作ってくれました。
歌舞伎役者か(笑)
子どもたちの中に、大きな子ども(笑)
私のためなのか、ピザに釣られたのかわからないけど(笑)思いがけず、たくさんの仲間たちが集まってくれました。
あれは本当に嬉しかったなー。
バス停に着くと、佐々木一家とヒナの担任の先生が来てくれて。
あとから国語の先生まで来てくれた。
ほんっとに明るい佐々木ファミリー。
大好き。
和子さんにもたくさん可愛がってもらったね。
佐々木家は宮城の親戚です。(自称)
送りに来てくれた先生の顔を見たら、日菜子が突然泣き出して、わたしもさすがに堪えきれなくなっちゃって。
みんなでボロボロ泣きました。
担任の先生が、わざわざ深夜に見送りにきてくれるなんて、日菜子は学校でも愛されてたんだなと、とても嬉しく思いました。
忘れてならないさやかちゃん。
妊婦さんだったから見送りには来られなかったけど、仙台での生活の中で、さやかちゃんの存在がどれほど支えになったことか。
いまでもお世話になってるけどね。
由美さんは、本当に優しくて。
慣れない生活環境の中、親子ともども本当にお世話になりました。
足を向けて眠れません(笑)
仙台での楽しかったことも、苦しかったことも、自分のことのように受け止めてくれた美智代さん。
そして40計画ファミリーのみんな。
楽しい思い出をいっぱいもらったね。
ずっとずっと家族です。
いまでもお互いに、応援しあってます。
自分で決心したことなのに、離れる時は寂しくて。
それでも地元に帰る安堵の気持ちもあって。
なんだか自分でも訳がわからなかった。
一年経った今。
どこにいてもなにがあっても、ずっと支えてくれた友達がそばにいて。
たくさん迷惑かけたのに、いつも応援してくれる大好きな人がいて。
新しい仲間もできて。
宮城で過ごした日々は、あまりにも内容が濃い激動と感動の3年間だったから。
帰って来ても、本当に寂しくて寂しくて、どうしようもなかったけど。
たとえ遠く離れていても、みんな元気で、生きていてさえくれればそれでいいと。
やっと思えるようになりました。
生きていれば、いつかきっと会える。
私はすごく寂しがりやなので、誰一人として私より先に逝ってはいけません。
なので必ず私が先に逝きます。
でも私、結構長生きする予定なので。
みんな頑張って、とにかく元気で長生きして下さいね。
どうぞよろしくお願いします♪