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聖フィロメナ

2017-08-11 03:25:48 | 聖人伝
聖フィロメナ

紀元284年、キリスト教徒として知られることは危険であった。一人、又一人とローマ皇帝は無慈悲に信者を迫害した。この年、ダルマチアの軍人でディオクレチアヌスという者がローマ皇帝となった。この特別な皇帝は、多くのキリスト教信者を殺した。その中にはローマの軍人で信者となった聖セバスチアノがおり、最後に死を宣告された。彼はたくさんの矢を射かけられたが、奇跡的に生存した。しかし結局、首をはねられて殉教したのである。御聖体を暴徒の汚れた手に触れさせない為、生命を捧げたタルチジオという子供がいた。眼をくり抜かれ、シシリーにおいて殉教した聖ルチアがいた。医者のコスマとダミアノがおり、断首された時まだ12歳であった聖アグネスもいた。そして歴史的な記録は無いが、神の御はからいにより、3人の個人的な天啓によってディオクレチアヌスは、13歳の殉教者フィロメナという聖女を殺し、冠を輝かせた事実が明らかになったのである。

聖女自身より、その生涯の説明を受けた三人のうちの一人は御悲しみの聖マリア修道院総長メアリー・ルイザ修道院長であった。以上の内容を記載した書物は、1833年12月21日ローマ教皇庁の認可を受けている。この意味は教会がこの本に何ら道徳的誤りがないことを保証しているわけである。

フィロメナの両親、カリストスとユートロピアはマケドニアのニコポリスに住んでいた。彼女の父はその地方の総督であった。彼らは子供に恵まれなかったので、子供を授かりたいものと、たびたび異教の神に祈っていた。最後に一人のキリスト信者の医者が、キリスト教の神に祈ることを勧めた。両親が必死になって祈ったところ、ユートロピアが妊娠したので、喜びのうちにも驚いたのであった。
紀元289年1月10日の事であった。彼らは、かわいい女の赤ちゃんを授かった。受洗の際、この子はフィロメナと名付けられたが、これは魂を照らす光の友、若しくは光の娘という意味である。彼女の両親も、その同じ日に洗礼を受けた。

両親にとって幸せな月日が流れていった。この子は知恵と徳のうちに成長し、マクリナという信仰の厚い女中がこの子の世話をし、神様のことを教えて下さった。この女性は賢明な教師であり、子供の忠実な保護者であったことが判る。特に御聖体の秘蹟の内に在し給う我が主に対する堅い信仰と優しい愛を、この子の魂に植え付けることに心を配っていたのであった。

まだ幼い頃に、フィロメナは自分の主に身も心も奉献していて、彼女の心は浄配に対する愛に、益々燃えていったのである。聖主の為にのみ生きるのが、彼女の望みとなった。

ある夜、彼女は自分の死について予言的な夢を見た。数えきれぬほどの乙女達が手にしゅろを持ち、白い衣を身にまとっているのをみたのである。彼女の心に、満ちあふれんばかりの見事な讃美の歌が聞こえた。聖アグネスが、近寄るように手招きしておられるのが見えた。彼女はそうしたかったが、お互いの間には海があり、怒り狂う龍がいたのでそれはできなかった。翌朝、彼女はマクリナにこの夢のことを話した。女中は、彼女に黙示録の7章の9節から17節までを読み聞かせた。
 ”・・・・・この人々は大きな試練を経てきた者で、その衣を子羊の血で洗って白くしたのである。”

マクリナは語った。
「愛するフィロメナ、貴女が御覧になった殉教者の行列の中で、貴女に手招きをなさったのは聖アグネスです。貴女が無事に苦しみの海を渡り、龍に打ち勝つことができますように。」

紀元302年頃、キリスト信者に対する迫害は激しくなり、小アジアに住む人々は迫害のニュースを聞いてびっくりした。独立していたニコポリス地方の信者でさえも、侵略と後々の迫害を恐れていた。そこでカリストスは、知事として個人的にディオクレチアヌス帝に、ニコポリスを彼の保護下に置くよう訴えることを決心した。

紀元302年6月初め、カリストスと妻のユートロピア、それに娘のフィロメナは皇帝に謁見を許された。

前任者と同じように、ディオクエチアヌスも権力欲に心を奪われていた。彼は自らを神と思い、王座に侍る人々に、神に対する名誉と礼拝を強要していたのである。それでカリストスと妻と娘は、恐れながらディオクエチアヌスの広間に入ってきた。彼らが入って行くと、そこに居合わせた人々の間に、丁度子供から女性になりかけた、この乙女のまばゆいばかりの美しさに、声を殺しながらもささやきが洩れたのであった。

皇帝はその純潔、高貴さ、美しさに動かされ、優しく彼らに近寄るよう招き、なぜ来訪したのか理由を問うた。カリストスは事情を詳しく述べだした。皇帝は落ち着いて、カリストスがキリスト信者であることを認めるまで聞いていた。この時皇帝の表情が変わったが、カリストスに事情を語り終えさせた。そのうちに熱心にフィロメナを見つめていたのである。彼女は皇帝が自分を見つめていることに名状し難い恐れを感じ、彼女の視線を慎ましく床に落としていた時、顔面はバラ色に輝いていた。
それから皇帝が話し出した。

「カリストスよ、おまえの恐れには充分根拠がある。ローマ皇帝の主は、力の権利を所有している。ニコポリスには莫大な金が必要だ。」更にディオクレチアヌスは付け加えた。
「これはこの件の一つの側面である。しかし事態を更に悪くする事情がある。おまえはナザレト人に対する信仰を告白している。おまえはキリスト信者なのだ。カリストスよ、そうではないのか?」
「そうです。私はキリスト信者です。」カリストスは勇気を以て答えた。
「おまえの妻も信者なのか?」
「そうです。」とユートロピアはしとやかに答えた。
「それから小さいおまえも?」皇帝はフィロメナに尋ねた。
「おまえもまた同じ毒に感染しているのか? ナザレト人を崇めているのかね?」
「はい」フィロメナは荘厳に答えた。
「私はあなたがナザレト人と呼んでおられる方を崇めております。私は誕生する時、この方に奉献されました。私は今も、何時も永遠に彼を私の神であり、救い主として認めております。」

そこで室内に、この答えに反する声が流れた。ディオクレチアヌスは彼らの勇気に腹を立てた。
「おまえ達は、わたしが根絶しようと思っている忌ま忌ましい宗派のキリスト教徒ではないか?それなのにカリストスよ、どういうわけで私の助けを懇願するのか。私にはよく判らん。虎の爪を避けようとして、ライオンの顎に入るも同様ではないか。」

カリストスは勇気が無くなってゆくのを感じた。だがこの皇帝の言葉を聞いて、皇帝の虚栄心に訴える、一つの考えが絶望から生まれた。彼は雄弁に語った。ディオクレチアヌスをライオンにたとえ、ライオンのような強い動物は、子鼠を呑み込むのを軽蔑すると。ディオクエチアヌスは罠にかかった。
「よく言った。そのたとえはよく出来ている。おまえの願い通りにしよう。ライオンは、子鼠を呑み込むのをいさぎよしとしないからだ。おまえの人民達に我が寛大さを告げなさい。」

カリストスは、この小さな戦略がうまくいったのでほっとして、皇帝の足元にひれ伏し感謝した。皇帝は彼に立ち上がるように命じ、お返しに一つお願いしたいことがあると付け加えて言った。

「恵み深い我が君よ、何でもお望みになることをお話ください。」カリストスは言った。
「私の出来ることは何でも致します。」
皇帝がこの時語った言葉は、フィロメナの運命を決する鍵で、その運命は神が最後の世代の人々の為に、永遠の昔より予定された重要なものだったのである。

「おまえの娘に結婚を申し込みたい。」とディオクレチアヌスは言った。カリストスは耳を疑い、皇帝は冗談を言ったのだろうと思った。しかし、皇帝はしつこく言った。

私は彼女を愛している。彼女がわたしのものになるまでは、わたしの気持ちは安らかにならないだろう。」カリストスとユートロピアは熱心に同意したので、皇帝はフィロメナに向き直った。
「さて、若い御婦人が話されることを聞かねばならぬ。フィロメナよ、わたしの申し出を聞いてくれただろうね。わたしの妻になることを同意してくれるか?」
胸騒ぎがして、まるで死んだように青ざめた表情で、彼女は勇気づけようと合図をしている母親を眺めて言った。
「お母さん、私は、はいとは言えません。」

フィロメナの両親は、天の為に彼女を教育していた。しかし彼女がディオクレチアヌスの申し出を受けてくれるよう考えていた。拒絶すれば、どんなひどい結果になるかが判っていたからである。

「申し訳ありませんが、恵み深い我が君、」カリストスが言った。
「私共の子はあまりの幸せに準備が出来ていない為、圧倒されております。何と申し上げてよいか判らないのです。心を落ち着かせる時間が必要なのです。明日、喜んで賛成してくれることでしょう。」
皇帝はこれに同意して彼らは退出して行った。


「我が子よ、考えてほしい。」カリストスは彼女に話しかけた。
「力強い皇帝の側に居れば、たくさんの良い行いが出来る素晴らしいチャンスではないか。皇帝と一緒になったら、おまえは兄弟である信者達を迫害から護ることが出来るのだよ。また、ひょっとしたらおまえは彼にキリスト教が真理であることを納得させ、改宗させることができるだろう。そうすれば、キリスト教徒への絶えざる迫害は終わるのだ。教会は平和のうちに花咲き、後の時代まで人はおまえの名前を祝福するだろう。」
しかしフィロメナはぐらつかず、彼女の年頃を越えた天的知恵を以て答えたのである。
「愛するお父様、あなたはだまされていらっしゃるのです。そんな望みは実現いたしません。ディオクレチアヌスは堕落しきっていますので、霊的なことには鈍感なのです。キリスト教の完徳に進むかわりに、私を彼と共に破滅の深淵にひき入れようとするでしょう。彼を救えず、私が彼の罪に協力する危険にさらされます。彼の怒りの犠牲となった人々の血は、私に向かって叫ぶことでしょう。主が私をこのような運命から護って下さいますように。更に、あなたは私を主に結びつけている聖なる絆を断ちきることはできません。」そしてフィロメナは、父に彼女の純潔の誓いを思い出させた。だがカリストスは、このような若い娘の誓いなどはこだわることはないと簡単に片づけてしまった。しかしながら、フィロメナは堅固無比であった。彼女は聖母御自身、同じ誓いを幼い頃になさったことを指摘したのであった。

「しかしおまえの断りでディオクエチアヌスは怒って、その怒りを我々に振り向け、我々を滅ぼすのではないか?我々の運命は彼にかかっていることを想い出しておくれ。我々は全く彼の手中にある。おまえには我々に対する考慮がないのかね。おまえの心から、最後の親孝行の証拠を消そうとするのかね?」

ここ地上で生命を失っても、永遠の悦びの中に再会する方が、一時的な死を避けようとして永遠の罰を受けるより良いのです。それで、キリストの聖血の御功徳によって切にお願い致します。私が生命を失ってでも、天の浄配イエズス・キリスト様に対する忠誠に留まりたいと、願う私の決心を変えようと繰り返さないで下さい。」

この言葉に、天的な光輪がこの乙女を囲んでいるのが見えた。彼女の母親は、この時はもうがっくりして涙を流していた。父親は、やり切れない気持ちであった。
「娘が我々の喜びとなろうとしている時、キリスト信者の神は、彼女を我々から取り去ろうとなさっている。キリスト教の神から娘を授かったのは、何の益になったのだろうか?」

皇帝の出頭命令によって、彼らは重い心を抱きながら皇帝の宮殿に赴いた。皇帝は、彼らを狭い豪華な部屋に独りで引き入れた。ディオクエチアヌスは高価な黄金の指輪や腕輪の贈り物を積んであるテーブルに、腰掛けていた。彼はフィロメナの決心に何かの影響を与えようと、あらゆる甘い言葉を並びたてた。そして、熱心にカリストス夫妻は賛成したのである。しかしフィロメナは堅固であった。贈り物を断り、彼女の同意を得る全ての試みに反対したのである。とうとう皇帝は怒り、護衛兵に彼女を牢獄に投ずるよう命じたのであった。

重々しい頑丈なドアがフィロメナの前で閉められた。生まれて初めて、彼女は両親から引き離された。完全に孤独だった。彼女は悲しみと共に孤独となったのであった。彼女は鋭く別離を意識し、今まで彼女を支えていた恩寵から捨て去られたように感じた。
深い悲しみに満ちて、泣きながらひざまづき、両手で顔を覆っていた。不快でじめじめした独房にみなぎっている深い沈黙のうちに、厳しい現実が満ちていたのである。
大きな鼠が近くに寄ってきて、彼女は恐怖でいっぱいになった。又、石の床一面に虱や蚤が這っていた。彼女は悲鳴をあげたが、石の壁は黙ったままであった。悲しみの中に恐ろしい現実が判り出すと、自分の立場が極めて悪いことにより、彼女の魂は剣で刺されたような気持ちになった。神に忠実に留まるということは、罰からひしひしと来る苦しみ、ひどい苦しみをこうむること、最後には悲惨な死をも意味するのである。
最初の悲しみの発作が鎮まると、可哀想な子供は、力と御助けを得ようと神に祈ったのであった。彼女の魂は天の浄配の現存の中に浸され、甘美なる光と慰めに満たされた。時々、彼女は眠りにおそわれた。そして又白い衣に包まれ、手にしゅろを持ちながら、子羊に従ってゆく乙女達の群れの幻を視たのである。再び、若くて愛らしい乙女が彼女の方に身をかがめて言った。
「愛する姉妹、私を知りませんか?イエズス・キリスト様の浄配であるアグネスですよ。もうすぐあなたも一緒になれます。」フィロメナが幻に手を差し延べると、聖アグネスは微笑した。

その時目が覚め、彼女の手に一滴の血がついているのが見られ、眼前にディオクレチアヌスが立っていた。「娘よ、よく眠れたかね?わたしは晩のうちに考えを改めたと思うが、どうかね。」

いやなその声を聞いておののきながら、フィロメナは独房の遠い片隅に逃げて、大声で助けを呼んだ。だが暴君は嘲笑しながら言った。「黙らんか。誰も聞いてないよ。おまえはわたしの手の中にある。おまえの言う浄配、ナザレトのイエズスも助け出すことは出来まいよ。だからわたしの言うことを聞きなさい。わたしはおまえに結婚したいと頼んだ。今でもそう思っている。ものわかりが良くなって、わたしの言う通りにしなさい。さもないと神にかけて、おまえは生きてこの牢から出られない。」

これに対し彼女は叫んだ。
「私はほんの子供ですので、私を憐れんで許して下さい。あなたが愛し、大事にしている全てのものにかけて、私を平和のうちに去らせて下さいますようお願い致します。」
「おまえがわたしの申し出さえ受けてくれたら、平和も静けさも、またどんな形の幸福でもおまえのものだ!」
しかし、彼女はびっくりして手をあげながら言った。
「絶対、絶対私には出来ない!」
「出来るとも。おまえの頑固さをまいらせてやろう。おまえがあんまりか弱いので、今までお前を大事にし過ぎたようだ。だがわたしの忍耐も尽きた。私の妻になることに同意するか、力づくで奴隷にするか、どちらかだ。おまえの生と死が、わたしにかかっているのだ!」

怒り狂って、彼は彼女の腕をまるで万力のように握った。恐怖で震えながら、子供は大声で助けを求めた。

さあ、おまえはわたしの手中にあるのだ!」彼は叫んだ。
「イエスか、ノーか?
「いやです。いやです。私は少しもあなたの自由にはなりません。私は天の浄配のものです。ああイエズス様、あなたのはしためををお守り下さい!!」
しかし皇帝は笑った。
「彼女はナザレト人を呼んでいる! 彼が現れて助けるに違いない。見ててやろう!」そして又笑った。

「イエズス様、助けてください。」フィロメナはあらん限りの力を出して、自分をつかまえている皇帝から逃れようとして嘆いた。
「イエズス様、助けて下さい!」

「死ね。呪われよ、この魔女め!」 あたかも赤く焼けたアイロンに触れたかのように手を放して、突然に暴君は叫んだ。そして、痛みの為に独房の中を荒々しく飛び跳ねた。

「お前の邪悪な魔力をとめてやる。」皇帝は独房を去りながら、彼女が魔法を使わないように鎖で縛り付けておけと命令した。

何事が起こったのだろう。そう、全能なるイエズスの聖名によって、この暴君はくじかれ、狼狽されて、打ち破られたのである。この結果、彼は37日間フィロメナを見ようとしなかった。

この間、彼女は誰にも会えなかった。暗闇と沈黙が独房に満ちていて、子供の柔らかな手足の上の鎖の重さに、力が無くなってきた。ただパンと水だけが許されるだけで、彼女の肉体的状況はすこぶる哀れなものであった。

だが神なる主は、彼女を放っておかれなかった。彼女は目覚めている間ずっと祈りを続け、主は彼女の魂に、言い尽くし難い甘美なる、主との一致のうちに浸される慰めをお与えになったのである。これは死に至るまで救世主に忠実に留まる決意を固くしたのであった。

ディオクレチアヌスは人間がこの牢に入ることは禁じたが、天の訪問者には何の力も持たなかった。或る夏の夜、宮殿の人々は酔ぱらって騒いでいた。この騒ぎ声は彼女の牢獄にまでは届かなかった。彼女は祈りに夢中であった。突然独房を満たしている、太陽よりも明るい光が部屋を照らしたことに気付いた。その光の中より、子供を抱いた威厳ある婦人が出て来られた。その優しい表情が、フィロメナの心に天上の悦びをもたらしたのである。

「恐れないで、フィロメナよ。」幻の方がおっしゃった。
「私に祈る者は決して無駄になりません。私はマリア、あなたの母です。私はあなたに喜ばしいメッセージを持ってやって来ました。あと三日すればあなたの監禁は終わります。でもそれ以前に大きな試みが待っています。しかし勇気を出しなさい。この苦しみの時に、御子の聖寵があなたを助けるでしょう。さらに私は、かつて私に救いのメッセージを告げた天使にあなたを見張っているよう命じました。彼はあなたと共にいて、我が子の玉座にあなたを連れて来るその時まで、決してあなたから離れないでしょう。そこであなたには冠が待っているのです。彼の名前はガブリエルで、あなたの為に大いなる力をふるいます。それはあなたが私の愛娘であり、我が子が永遠に続く栄光を用意しておられるからです。ですから喜びなさい! もう天使達はあなたのやって来るのを待ち構えており、あなたの浄配は、いつでもお会いになろうとしていらっしゃいます。」  この御言葉と共に、聖母は神なる御子をフィロメナの腕にお預けになった。御子は彼女を抱き締められたので、心は悦びでいっぱいになった。一方、暗黒の悪霊共は、皇帝の宴会に連なる客達に取り憑いた。ディオクレチアヌスは、酔いつぶれて座っていることもできなくなっていた。他の人々もまた、酔って不作法な歌を唄い、さかんに悪口を言っていた。

突然飲み騒ぐ一人がある考えを思いつき、ディオクレチアヌスの眼を覚まさせた。
「皇帝陛下、明日はどんなニュースがありますかな?拷問にかけるキリスト信者はおりませんか?首をはねられる者は?拷問台が使われることはありませんか?」

「一つの仕事がある。」重々しい口調でディオクレチアヌスは答えた。
「キリスト信者のフィロメナは、私の願いをはねつけ、その上魔力を思い知らせてくれたので死なねばならぬ。但し、彼女をゆっくりと死なせてやろう。ゆっくりした拷問が、皇帝たるわたしを拒絶した彼女の報いだ。わたしはポンシオ・ピラトがナザレト人に宣言したのと同じ罰を宣告してやろう。彼女をむちで打ってやる。」

この当時のむち打ちは、単なるむち打ちではなかった。犠牲となる者の肉を引き裂く為の鈎や棘や、むちに結び目があるのが使われていたのである。しかし、最もむちについているものでひどいものは、むちの先端についている鉛の重りである。骨に与えるショックがあまりひどいので、多くの犠牲者は心臓の衰えで死んでいったのである。この野蛮だが、一般に行われていた罰に生き残った人々は通常ものにおびえ、生涯猫背となり、脚が曲がっていた。それでこの処置は、暴君がこの子供が自己の純潔を守ろうと英雄的に決心したことに対する報復として、逆上した頭から捻り出されたものであった。

刑罰は翌朝、公共競技場で、飲食する者の楽しみの為に執行された。ディオクレチアヌスは女の子の衣類を剥ぐように命じた。だが主は小さなはしための慎みをお守りになり、看守は説明の出来ぬ恐怖を覚え、彼女の手を柱に縛りはしたが、着物に手を触れようとはしなかった。刑罰は終わった。フィロメナは独房に戻されたが彼女の身体はくたくたになり、血まみれで死ぬまで放っておかれた。

一体誰が、次の朝死体となる代わりに光り輝き、美しく聖歌を唱っている彼女を見た時の、看守の驚きを説明出来るだろうか?夜の間、二位の天使が彼女の傷に天の香油を塗りこんでいたが、その香油のおかげで傷は一瞬の間に治ったのである。看守は早速皇帝に報告し、皇帝はそれを見にいったのであった。彼も同様にびっくり仰天したが、この奇蹟をローマの神であるジュピターのおかげだとした。

「お黙りなさい。不潔な暴君のくせに。私の救世主を冒涜しないで下さい!」フィロメナが言った。
「私は、あなたが私をむち打つようにした刑罰から助けて下さいとお願いしませんでしたが、それに耐えられるようお願いしたのです。わたしが熱望するのは死です。ですから無駄な約束は止めて下さい。私はあなたの希望にはそいません。あなたは、本当の幸福を私に与えることは出来ないのです。あなたがそれを持っていないからです。あなたは意地の悪い極悪人です!全能の神は遠からず、あなたがその下僕達を殺したので、復讐なさることでしょう。」

この言葉はディオクレチアヌスを怒らせた。
「見ておれ、言葉を慎むがよい。皇帝はこんな話し方に慣れておらんのだ。

「私の言葉があなたを怒らせる代わりに、あなたの回心のもとになれば良いのですが。」フィロメナが言った。
「そしてあなたが迫害している方、いつかあなたを裁かれる方を知ればよいのですが。」

「誰のことを言っているのだ。大工であるナザレト人イエズス、おまえの愛人のことか? わたしは知りたくもないね。わたしと彼との間には永久の戦争と、戦いと、衝突が続くだろう。」

「そうです。悲しいことですが本当です。フィロメナが言った。」
「しかし誰が勝利を得ると思っているのですか?」

「愚かな質問よ。」皇帝が叫んだ。
「判りきったことだ。ナザレト人の弟子達は、今何処にいると言うのだ? 彼らの数は減少して、ほんの一握りの者だけだが、見つけ次第すみやかに殺す。二、三ヶ月もすれば全ローマ帝国に一人キリスト教徒も居なくなるだろう。」

フィロメナは憐れみ深く徴笑した
「若しあなたが未来を見ることが出来たら、皇帝陛下、ローマ帝国の名残りがずっと経ってから地上から一掃され、キリスト信者は海辺の砂ほどにも多くなるでしょう。何百万人もの人々が恭しく崇拝しながら、イエズスの聖名を呼び求めるでしょうが、あなたの名前を聞いた人は皆忌み嫌うでしょう」

「無礼なことを言うな。さもないとおまえの悪意に満ちた舌を引っこ抜くぞ。」ディオクレチアヌスは激しく叫んだ。

しかしフィロメナは殆ど聞いていなかった。彼女の眼は天に向けられ、彼女が預言を続けた時、心は時空を越えていた。
「そうです。ナザレトのイエズスは勝利されます。その方が勝利されるのです。私はその象徴である十字架、つまり救いの印がこの都の上に昇り、雲の中に輝くのを見ています。あなたの後継者は誰一人としてあなたのように激しく信者を迫害する人はいないでしょう。あなたは最後の迫害者です。罪無くして流された血が天に復讐を叫んでいます。皇帝と帝国は完全に取り除かれますがあなたが破壊したと思っている救い主の浄配である教会は拡がり、花咲くことでしょう。」

もうこの時には、ディオクレチアヌスは怒りに狂っていた。
「おまえの横柄な態度はもう沢山だ、厚かましい売春婦め!おまえの大口をふさぎ、ナザレトの他の崇拝者を地獄へ送り込んでやる。おまえは死ぬが、悲惨な死に方でだ。おまえを犬か猫のように溺れ死にさせてやろう。夜の暗闇の中に首に鎖をつけて、ティーベル河に投げ込んでやろう。魚がおまえの肉を食べるようにな。衛兵、魔女をつかまえろ。逃げられないように気を付けろ。キリスト信者は魔術が上手だからな。真夜中にティベール河の一番深い所に投げ込め。」

命令は実行された。フィロメナはつかまえられ、縛られた。深夜二人の男と一人の少女を乗せた船が河で進み出た。フィロメナは両手を背中で縛られ、巨大な錨がロープで首につけれれていた。彼女の顔面は真っ青で、眼を閉じていた。彼女は、人間性によって来るべき醜い死に抵抗したので、魂は祈りのうちに勇気と力を求めていた。暗い雲が都市に低く垂れ込めており、恐るべき雨風、雷、稲妻の最中で、フィロメナは船から持ち上げられて海の中に落とされた。激しい落下のゴボゴボという音が聞こえたが、後は静寂となった。丁度その瞬間に、一条の稲光が水の拡がりを照らし出し、一人の漕ぎ手が恐怖にかられて叫んだ。
「我らに災いあれ! 死人が還ってきた。フィロメナが居る!」

まことに輝いている姿が、彼らを追って来るように見えた。彼らは乙女の殉教者の姿をはっきり認めた。超自然の光輝に包まれて、彼女の姿は波上に浮いていた。彼女の顔面は明らかに波の上に見られ、両手は自由になって胸の上で組み合わされ、ロープと錨は深い所に見えなくなり、あたかも天使の手によるが如く、聖女の身体は波によって岸へ運ばれていった。

ぞっとして、兵士達は岸に漕ぎ着け、市街に駆けつけ、司令官に起こったことを発作的に報告した。司令官は、部下が明らかに酔っぱらって臆病風に見舞われたと怒り、以前と同じく鎖とロープで魔女を縛っておけば、二度と逃げ出せまい、と9人の部下を連れて行った。河岸に近づくと、彼らは輝く光を見た。
光の真ん中で、フィロメナは二位の天使の間でひざまづき、祈っていたのであった。兵士達は恐れたが、司令官の強要で前進し、槍を身構えた。彼らの槍が正に聖なる殉教者に触れんとした時、一位の天使が彼らに合図すると、兵士達は地上にあたかも稲妻に打たれたかのように、倒れた。彼らは無傷であり、暫くして司令官は恐怖から立ち直り、立ち上がろうとした。恐れて悪口しながらも、彼は自分が起き上がれないことがわかった.

 フィロメナは微笑み、言った。
「こんなか弱い乙女をつかまえるのに、何故槍や剣を持って来たのですか? こんな武器は必要ではありません。私は自分の意志であなたについて行きます.私の浄配に命ぜられたからです.私はあなたが投げ込んだこの水の中で死にたかったのですが、私が十字架につけられたキリストヘの私の信仰を証しする為もっと苦しまねばならぬと、神は思し召されたのです.神がお許しにならなければ、あなたは私に対して全く無力です。それというのも、神は私を天使の保護の下に置かれたからです.さあ行きまし上う。私は、天の浄配の為に苦しまねばなりません。」

突然天使は見えなくなり、兵士連の筋肉は元に戻り、勇気がよみがえってくるのがわかった。彼らはしっかりフィロメナを縛り、鎖をかけた.それでも彼らは彼女に畏れを覚え、取り扱っていたが、彼女の慎み深さには害を加えるようなことはしなかった.それは主がもう一度御自分の浄配の純潔をお護りになったからである。


デイオクレチアヌスはその晩、眠れなかった。警告するような夢か彼を恐れさせ、自分か殺した犠牲者達の魂がいろいろな怖い姿で現れてきた。皇帝がフィロメナに起こった報告を受けて怖くなって、この娘はどんな手段を使って殺しても構わないが、すぐに殺してしまわなければならないと主張した。

それで少女は、街の壁の外に引き出され、一本の木にくくりつけられた.それか命令一下、一斉に矢は助けることの出来ない犠牲者に射かけられた。顔を除いて、彼女の身件は矢で穴だらけになった。それから悪魔的残酷さを以て、矢は彼女の身件より引き抜かれ、再び射かけられたのである。聖なる殉教者は恐ろしい苦しみに責められたが、彼女は一言も声を出さなかった。死んだ人のように顔面蒼白となり、眼は閉じられた.そして頭は重々しく垂れ下がっていた.流血の為、(体力が)消耗し、彼女は死なんとしていた。
遂に披女の身体は自由にされ、死んだ剣士達の置かれている円形競技場の地下に置かれたのである.二人の兵士が彼女の死を報告するよう命を受けて、地下室の前で護衛に残された。


時間は衛兵にとってひどくゆっくり経っていった.時々彼らは短い時間、持ち場所を離れた。大変暑い日だったので、彼らは喉の渇きをいやしたいと思っていたのである。戻ってきて、今頃はもう死んでいるだろうと思っていたこの乙女が地下室の前の石に座り、詩編口ずさみ、彼らがやって来るのに微笑みしているのを見た時、彼らは肝をつぶしてびっくりした。

 この驚くべきニュースは、直ちにデイオクレチアヌスの耳に達した.そして今回は彼の迷信的な畏れにもかかわらす、フィロメナを見に行った.

 「さて、フィロメナよ.」彼は勇気を奮い起こして彼女に語りかけた.
「一体何時まで魔法で頑張るつもりなんだ?」


 「死が取り除かれたのは、魔法でも魔力でもありません.」フィロメナが言った。
「それは神の御力です.神は異教徒に御自分の名前に光栄を帰せようと望まれました。あなたが見たこの不思議をかたくなに魔法のせいとせず、神の御力を認め、神の教会を迫害することをお止めなさい。何故ならあなたが頑固であればある程、あなたの罪は大きくなり、あなたへの罰も重くなるからです。」

  「何故お前は罰やナザレト人のことを言い張るのだ。若し彼に力があるなら、とうの昔にわたしを滅ぼしているはずではないか。わたしはもう何年も彼の弟子達をし拷問し、殺してきたではないか。それを止めることが出来たかな?おまえのおどしを軽蔑する。おまえはナザレトのイエズスと天使達に代わって死ぬのだ。」

 皇帝はフィロメナを木に縛りつけるよう命じ、再びたくさんの矢を射かけた。だが射手は一本の矢でさえも彼女を傷つけることが出来なかった。この時、これを目撃した占い師が、若しフィロメナが魔女なら魔女は火に無力だから、矢尻を赤くなるまで加熱しておけばよいと提案した。

 この案は採用された。だがその時又新しい不思議が起こったのである。赤熱した矢が空間を求んで殉教者に届こうとした時、矢は彼女に触れず、コースを変え、倍の激しさで飛び返ってきて射手連を刺し貫いたのである。

 観客は恐れと驚きにとらえられ、多くが胸を打ち、真の神を認めた。他の人々はうろたえて逃げて行った。
 皇帝は大いに困り果て。反乱を恐れながら、この問題を解決するべく顧問官を召集した。最後に一番よいや方は、彼女の首をはねるということに決定した。過去の経験によってキリスト教信者を殺す方法は、この方法が一番確実である唯一の手段であることを示している。皇帝はフィロメナを木より解き放つように命じ、軽蔑して話しかけた。
「お前の愛人の力は大きい。魔法使いの頭らしい。その技術で多くの者の心を虜にしたからだ。さて、わたしは彼に新たなトリックを使う機会を提供しよう。もし彼が成功したなら、わたしもまた彼を信ずることにしようわたしはお前の首をはねさすが、ここに集っている全員とわたしの眼前で首が再びつながるほど彼が力強いものならば、わたしは彼を信じ、信者を迫害することを止めよう。ナザレト人に対し、彼自身と彼の教義を弁明するのにこれほど良い機会はなかった。」
 しかしフィロメナは答えた.
「お黙りなさい。いと高き神なる主に不敬なことを言ってはなりません。人の心を探っておられる神は、あなたの嘘や欺きを御存じです。多年あなたの眼前で神は無数の奇蹟行われましたが、あなたの心は悟るに鈍かったのです。それはあなたの心が暗闇の霊べリアル(悪魔)の住居だからです。あなたは御自身を主人だの君主だのと称していますが、あなたは唯の奴隷です。探索犬であり、地獄の道具である死刑執行人に過ぎません。たとえ、聖主があなたが言うように奇蹟をなさったとしても、あなたは信じません.そうしたら、あなたの罪がいよいよ大きくなるのです。それであなたの望み通りにおやりなさい。もし私の血を求めるなら、どうぞ取って下さい。私にとってこの罪と不潔な場所に入れられているのは長過ぎます。私は死を望みます。キリストと一致出来ることを嘆願しています。」

「お前の望みを即刻果してやろう。この気の狂った魔法使いめ!衛兵、首切り台を持ってこい.そしてこの馬鹿娘の首をはねろ。ナザレト人が首をもと通りにつけられなかったら、彼をあざけって笑ってやろう。」

「今は笑いなさい。しかし天使の軍団と共に、主が世を裁く為にお出になる時は、震えあがることでしょう。」

 衛兵は彼女を捕まえ、首切り台の上に彼女を乗せた。
「ナザレト人よ、今がお前の時だ!」
デイオクレチアヌスは叫んだ.
「皆の前で自分の力を見せろ!誰が強いか、お前か、わたしか見ようじゃないか?」

「我が魂の浄配、イエズスよ、来て下さい。」
殉教者が祈った.デイオクレチアヌスは笑った。
「お前のイエズスは来るまい。わたしは忍耐を失った。死刑執行人、仕事をしろ!」

斧が降り下ろされ、殉教者の首は砂に転がった。血が高く噴出した。もう一度離れた首の眼が開かれたそして永久に閉じられた。筋肉を動かさず、苦痛のしるしもなしに、彼女の唇を美しい微笑みが飾った。しばらくの間、頭を後光がとりまいていて、やがて消えていった。

 聖フィロメナは、紀元302年8月10持金唯日午後3時に亡くなった.たった3年後デイオクレチアヌは退位した。

 数回の戦闘の後、コンスタンチヌスと呼ぶ軍人がローマを占領し皇帝を宣言した.コンスタンチヌスは信教由由の勅令を発し、彼は結局信者となり、かくしてキリスト教徒への追害は終わりを告げた.


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