100のつぶやき / 暮らすということ


池袋 大桃豆腐店のおからで
チーフが作ってくれたうの花。
豆の風味がしっかりしていて、旨味があって実に美味。



人生の大先輩と向き合う日々の私。

人生100年目を迎えた(または迎えようとしている)方々の
つぶやきは、実に興味深く、内容も深いです。

とあるユニットを訪問した時、
窓辺の席で溜息をつく姿を発見。
声をかけて隣に座ると、●●さんがもらした言葉。
「なんか、人間的にどうしたものかしらって思うのよ。
私みたいになっちゃ、人生おしまいね…」
悩み多き102年目の人生は、まだまだ終わらないと思います。

また、別のユニットを訪問した時、
いつも通りに元気に食事をしている○○さん。
「しっかり食べられて、いいですねー」と私。
すると、箸(だったりスプーンだったり)を置いて、溜息。
「なんか、調子が違うのよ。胸がつかえるというか。
明日、退院でしょ。退院したら、一度人間ドックで診てもらおうと思うのよ。」
もうすぐ100歳。ドックの年齢制限ってあるのかしら。


10人で1つのユニットを構成するうちの施設。
それぞれに個室があり、そこではそれぞれの暮らしがあります。
部屋から出れば、ユニットでの暮らし。
介護が必要とはいえ、ほどよくプライバシーがあり、
ゆるやかな集団生活とでもいうのでしょうか。

ユニット内には対面式のキッチンとリビングダイニングがあり、
そこで繰り広げられる人間模様もまた、興味深いものがあります。

とあるユニットを訪室したところ、リビング内の家具が大移動中。
理由をスタッフに聞いたところ、テレビが見られる見られないで
もめ事があったので、テーブルレイアウトを検討しているとのこと。

個室にはそれぞれのテレビはあります。
でも、食事や皆で団らんする時のリビングでのテレビは
また別の意味があるのでしょう。

スタッフがいろいろ悩みながらテーブルを移動するのを
後目に、ぶつぶつ言いながら自分の気に入る位置を探る
人生100年目の人々。座った側から「全然見えない」とか
「隣の人の座り方がイヤ」とか
好き勝手を言っている。席は全く決まる気配はなく…。
「集団生活だっていうことを忘れていませんかー?」と
汗をふきながらスタッフが注意する始末。

そんな様子を眺めながら、ソファでうたた寝している利用者さんの横で
淹れてもらった珈琲を飲みながら、独語をつぶやく別の利用者さんに
相槌を打つ私。

バラバラの方向を向いているようで、一つのユニットという
コミュニティで、ゆるやかにつながる人生100年目の人々の暮らし。

もしかして、家族より家族らしいんじゃないのかな、と
錯覚してしまうほど、
ここにはたわいもない日常の暮らしがあるようです。









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