PHP文芸文庫 諸田玲子・宮部みゆき 他『ねこだまり〈猫〉時代小説傑作選』細谷正充編を読了しました。
あらすじと感想をざっくりと備忘録として書きます。
※ネタばれがありますのでご注意ください。
※文中の敬称は省略させていただきます。
【目次】
お婆さまの猫 諸田玲子
包丁騒動 田牧大和
踊る猫 折口真喜子
おとき殺し 森川楓子
猫神さま 西條奈加
だるま猫 宮部みゆき
解説 細谷正充
【あらすじ】
可愛らしくもときに怖ろしい、江戸の猫が勢揃い!
守り神としての猫、事件を目撃する猫など。女性時代作家が描く珠玉のアンソロジー。
お店の守り神である木彫りの猫がなくなり、その行方を捜す「猫神さま」(西條奈加)、長屋で一番偉い猫の"サバ"が、夫婦の揉め事を解決する「包丁騒動」(田牧大和)、臆病な火消しの男へ按摩が与えた猫頭巾に込められた恐るべき謎「だるま猫」(宮部みゆき)など、愛らしくも摩訶不思議な存在である江戸の猫にまつわる短編六作を収録。
【感想】
お婆さまの猫 諸田玲子
結寿(ゆず)は御先手組屋敷 小山田家の新妻、夫は万之助。結寿は想い人の妻木道三郎を胸の奥にしまったまま小山田家に嫁いできた。
義祖母は白猫を膝に乗せ、結寿を「ツキエどの」と呼ぶ。「ツキエどの」とはお婆さまの早世したお友達だろう。お婆さまも結寿と同じく心の奥にしまっておいた思い出と共に生きている。
切なく哀しいがほんのりと胸が温かくなる。
包丁騒動 田牧大和
鯖猫長屋で飼われている雄の三毛猫はサバ。長屋で一番偉い!「神通力のある御猫様」と噂されている。
この長屋はいわくつきの住人を引き寄せるのか、脛に傷もつ者やら一癖も二癖もある者ばかり。
猫のサバが夫婦の揉め事を解決するファンタジーはほっこりする。
踊る猫 折口真喜子
絵描きの主水と蕪村の付き合いは20年以上になる。
蕪村は近所の老婆が飼っていた黒猫を引き取ったが、猫には自由きままにさせるつもりのようだ。
酒を酌み交わしているとどこかでお囃子が聞こえてくる。猫も踊るかもしれないとふと思う主水。
淡々と主水の想いが綴られている。静かな余韻だけが残る。
おとき殺し 森川楓子
岡っ引きの茂蔵はまっくろな子猫を抱いて国芳宅を訪れた。昨夜、長命寺の裏の一軒家で女が殺され、その亡骸のそばでうずくまっていた猫だという。
弥平は茂蔵の手下だがすこぶる評判が悪い。殺されたのは弥平の母親だ。
下手人として捕まったのは大工の佐吉。だがそれは幼なじみの亀屋のお内儀をかばって捕まったのだった。
二人はかつて貧しい長屋暮らしの中、猫に“はな”と名づけ「ホウ、ホウ」と呼んで可愛がっていた。
愛する者のため犠牲になろうとする男、それを知りながら罪悪感に苛まれて生きるお内儀。どちらが生き地獄なのだろう…。ふと『容疑者Xの献身』を思い出した。
猫神さま 西條奈加
お侍の長谷部柾は気楽な次男坊。周囲の者は彼を「ふらふら病(放浪癖)」と呼んでいる。
三治は稲荷売りの12歳、海辺大工町に仲間4人と住んでいる。勝平はあやめ長屋に住むそこの頭分だ。
稲荷社で出会った同じ年頃のおのぶを助けるはめになり、3人でおのぶの奉公先の安曇屋を探索する。おのぶは“猫神さま”を盗んだ疑いがかけられていた。“猫神さま”は木彫りの猫で安曇屋の守り神で大切なものなのだった。
犯人は安曇屋の病弱な倅、七之助。寂しさからハツカネズミをこっそりと飼っていたのだが、そのハツカネズミが“猫神さま”をかじってしまい、困り果てて隠したのが原因だった。
なんとかうまく話しをあわせて丸く収めたところは、落語噺を聴いているようだった。
だるま猫 宮部みゆき
文次は7歳、貧乏長屋に飲んだくれで乱暴者の父親と古着のかつぎ売りをしている母親と暮らしている。父親にひどい目にあわされても長屋の住人は怖がって誰も助けてはくれない。夢は火消しになること。それだけが生きるよすが。
16歳になった文次は一膳飯屋ひさごで住みこみで働いている。主は60過ぎの角蔵、恐ろしく愛想がなく人も動物も嫌いな独り者だ。
14歳で伯父のところから身ひとつで飛び出し、鳶の猪助に懇願しておいてもらう。“夢は叶う”と信じて骨身を惜しまず働くが…。
初めて火事場に出たとき、あんなに火消しになりたかったはずなのに、恐怖で動けなくなる。何度目かでは火傷を負い、助けてくれた先輩にも怪我を負わせてしまう。
角蔵もかつて火消しだった。出入りの按摩が“だるま猫”という古びた“猫頭巾”を文次に渡す。これを被ると火事の様子が手に取るようにわかり、少しも怖くない。ただ、それと引き替えに“人に嫌われて孤独な人生を送る”ことになるのだ。それは“魔”との恐ろしい契約だ。
文次は逃げた、“だるま猫”を置いて。角蔵はひさごに放火し焼死体となって発見される。頭には“だるま猫”がしっかりと外れないようにして被ったまま。
相変わらず宮部みゆきは怖い。人の心の奥底をじっと覗きこむような怖さがある。