雲の向こう

風任せシャッター任せ

ひさびさの日光白根山

2023-12-08 15:46:04 | 登山
今年は異様に雪が少ない。
お陰でラッセルに苦労する山も殆ど夏のコースタイムで歩けるしチェーンスパイクでだけで済む。場合によっては3シーズンの靴でも行けるかも知れない。
金精峠から先が閉鎖される前に久々に雪の白根山を歩こうと出かけた。





菅沼の登山口に停め踝上位の雪を踏みしめながらの登行となる。弥陀ヶ池は凍ってはいるもののとても上を歩く気にはならず池の渕に沿って膝下ラッセルで座禅山の下まで来ると灰色の空から一気に雲が引き青空が広がってきた。良いロケーションに安堵する。ここから先、元気なお兄さんが単独トレースを付けてくれたので有り難く使わせてもらう。







稜線に上がるルンゼ状の登路をピッケルと突き立てて登ると冬山らしい景色が広がり気分も盛り上がってきた。山頂は風が強く長居が出来ないので一通り景色を堪能したらさっさと下山する。
帰りはアストリアホテルの温泉で温まる。露天風呂に浸かりながら寒風の吹きすさぶ青空を見上げる。至福のときだぁ。




菅沼駐車場発 7:44
弥陀ヶ池 9:40
白根山山頂 11:25
菅沼駐車場着 13:48

 

黒部川 赤木沢を遡る

2019-08-25 14:48:22 | 登山
何年も前から計画していて行けなかった赤木沢。
北アルプスの最深部、黒部川の源流となるその沢は清冽な流れを抱えて稜線に登りつめている。
上流部の針葉樹から草原の源頭部へ藪漕ぎのない登路は沢を志す者にとって憧れのルートだった。
去年時間を掛けて準備し折立の林道入口で仮泊してまで臨んだ山行は悪天候で雨の中の薬師岳登頂のみとあっけなく終了したが今回は何としても完登すべく準備は勿論、気持ちも切らないよう気合いを入れての入山となった。


【太郎平へ続く登山道】



【アラレちゃん】



何しろ折立までは遠い。
関東からだと一旦日本海側に出て南下、立山から北アルプスの懐へ分け入る様に走る。有峰湖までがまた遠いのだ。
林道は通行時間が限られているので無駄なく通過し折立のベースで仮泊、翌日は太郎平を経て薬師沢の小屋まで降りる計画だ。翌日は赤木沢を一気に詰め稜線に辿り着いたらそのまま下山する計画。
歩く距離はかなりあるが登り切ってしまえば後は稜線漫歩、くたびれて歩くのが嫌になったら太郎平の小屋に転がり込めばいい、と気持ちの余裕も持った。

そうは言っても結構気合いは入っていて前回は薬師峠に天泊したのだが小屋の出張所だかなんだかでビールを売っている番人に明日、赤木沢を登ってあわよくば下山したい意向を話したところ「無理、無理、絶対無理!」と念を押されてしまった。
これで闘士に火がついた。やってやろうじゃないか。年寄りだと思って馬鹿にするな、そんな気持ちを今回はぶつける腹もあったのだ。


【薬師岳】


【太郎平の小屋】


今回唯一気になったのが終盤の大滝40mで直登は出来ないので左壁を登る事になる。ザイル2ピッチ程で難しくはないらしいが通過に手持ちの30mザイルではなく「40m」とガイドブックには書いてある。
となれば会所有の45を持ち出すほかは無い。これだけのために重い45mを持って行く?
何だか気持ちが重くなってしまう。30で刻んで行けないものか?
そうは言っても襷に長いなら何とかなるが帯に短くては使い物にならない。しかたない重くても持って行こう。
今回は小屋泊まりだからいろいろ軽いし。そう納得してザックに荷物を詰め込む。

長い長い高速を降り明るいうちに立山ICに到着。コンビニで買い出しをして有峰林道を通過する。
折立の駐車場はまだ空きがあったが早晩埋まってしまいそうだった。
幕営場所は直射日光を遮るものもなく張ったテントにはとても留まっていられない。それに地元の管理人のオジサンに「この辺は熊のテリトリーだから気を付けて。出会っても構わないでね」って構う筈はないじゃないか。
そのうち何張りかご同輩もテントを設営したので幾分気は楽にはなった。

翌朝畳んだテントを車に仕舞い行動開始。またまた長い登りを太郎平を目指す。
途中テント内で使った蚊取り線香を消したかどうか気になり車まで確認にニョーボが駆け下ったので30分位ロスしたが難なく太郎平に到着する。前回より荷が軽いのが幸いした。

ここから薬師沢へプロムナードのように下って行くのだが遠く雲ノ平方面を眺めつつ深い針葉樹に包まれた沢音に近づくのは実に幸せな気分だった。太古の昔から切らすことなく流れ続ける黒部川の清流が一歩また一歩と迫ってくる。


【小屋の少し先で薬師沢へ向かう道が分かれる】


【深い針葉樹の谷は薬師沢小屋へと続いている】

現れた薬師小屋は谷間の岩角に引っ掛かる様に建っている。少し傾き加減の小屋で受付を済ませ入口前のテラスで休む。
受付の兄ちゃんの無愛想でつっけんどんな態度も気にならないほど「ああ山に包まれている」事を実感。
生ビールを何本も空け幸福感で満たされつつ谷間の夜は更けていった。


【薬師沢小屋】

【小屋の中 割と空いていた】



【薬師沢の河原】


【夏でもかなり寒い】


翌朝。寒い。当然だ。ここは黒部川の源流なのだ。その寒さが心地よいほど気持ちは高揚している。
テラスから梯子で薬師沢に降り立つ。ここから奥の廊下と言われる沢沿いを赤木沢に向けて遡行する。遡行と言っても飛び石伝いに歩き所々で徒渉して赤木沢の出合を目指すのだがこれが結構くせ者で自分的には今回の核心部とも言えるほどキビシイものだった。
何しろ水量が多い。しかも冷たい。僕もニョーボも暑がり汗かきなので上は半袖山シャツの稜線漫歩仕様。それで胸までのへつりが何度もある。転んだら流されてしまいそうな徒渉もある。
皮下脂肪の厚いニョーボはともかく僕は骨の芯まで冷え切ってしまった。赤木沢出合の乾いた岩の上で青い唇で震えて日差しが差し込むの待つ。
取り敢えず歩き出せば何とかなる暖まるだろう、といよいよ遡行開始だ。



【赤木沢出合 ここを右に入る】


【いきなりコレだもんね テンション上がる】


【もうたまらない】





めくるめく広がる「北アの沢」の光景。乾いた岩、澄んだ流れ、針葉樹の深い谷間に現れる次々の滝に歓声を上げながら高度を積み上げて行く。これが沢の醍醐味だ。右に左にと折り返す度に碧く澄んだ淵や釜をたたえた滝が待っている。どれもザイルを要しない程の気持ちの良い登高。
他に数パーティが入渓しているが適度な距離を保ちそれぞれが静寂の中に響く沢音だけに包まれて濡れた足跡を岩に印している。まるで自分達が独り占めしている気分だった。















やがて目の前に立ちふさがる様に飛沫をあげる大滝の真下に着く。左岸の側壁は所々ブッシュもあり岩も乾いていて特別嫌らしい感じはしないが高度は結構ある。取り付きはブッシュの中を丁寧に登れば何とかなりそうだ。先行者もザイルを出している。
ラインの取り方によっては流れなくなるので途中の段差でピッチを切ってニョーボを引き上げる。
そこからハイ松の根方を掴んで強引に登ると何と下からの踏み跡がある。もっと手前で巻道に出られた訳だ。草臥れ損ではないが時間は短縮出来たろう。それに30mザイルで十分だった。リサーチ不足を反省。


















滝の上部を右岸にトラバースするところは慎重に行けば怖くはないが天気が悪かったら気持ち悪いだろう。
核心部を過ぎても沢はまだまだ続き傾斜の少ない登り易い滝が連続する。

少しずつ水量を減らしながら青空を背にした稜線が少しずつ近づいてくると赤木沢のフィナーレも近づいてきた。下草が混じったガレを踏みしめ縦走路に出たのは11時前、行動開始から5時間半があっという間に終わってしまった。







稜線で武装解除。ハーネスを外し沢靴を脱ぐ。乾いた靴下に履き替える時の気分。
もしかしたらこれが味わいたくて沢に通うのかも知れない。
黒部五郎の方から縦走してきた名古屋のパーティと談笑しつつ内心それぞれ競争のように太郎平に向けて縦走する。先行して休憩すると追いつかれるので少し立ち止まっては直ぐに出発。こんなところで先を争っても仕方ないのに変な意地を張るものだ。





太郎平に着く直前厚い雲が周囲を覆い、やがてポツポツを頬に当たる滴に「雨だ…」と呟く。
間一髪で太郎小屋の軒下に逃げ込み雨具を着る時間を得ることが出来た。こうなりゃ雨でも構うものか。あとは折立まで下るだけだから。

幸いというか程なく雨も上がり青空が覗きだした。薬師岳の山容を右に身ながらの下山は気持ちの高揚もあって少しも長く感じなかった。
折立の駐車場に降り立つと「熊だ!熊だ!」と騒いでいる。見ると駐車場の車列の向こうを熊のお尻が逃げていく。
冗談じゃない。車の傍で着替えてたら熊と鉢合わせはゴメンだ。そそくさと靴を脱ぎ有峰林道を走り下る。

帰りは富山市内のお寿司屋さんで早い夕食とする。回転寿司屋だそうだが関東とはレベルが違いすぎる。あまりに美味くて涙が出そうだった。
たぶん再び赤木沢に入渓することは無いだろう。これだけ好条件が重なることは稀だろうし他に行きたいところは山ほどある。
もう人生そう長くはないのだ。山に行ける限界は更に短いだろう。
今回の山行は一生の思い出として大切に取っておきたいのだ。



小仙丈沢

2014-09-15 21:28:30 | 登山
その沢には誰もいなかった。
深い野呂川の深く刻まれた谷の奥へと3000メートルの稜線から豊富な水が流れ落ちていた。









【倒木に埋め尽くされジャングルジム状態の下部】





【大滝①】





【大滝② 左岸のルンゼから越えた】



出合こそ春先の大雪で薙ぎ倒された大木で埋め尽くされていたがやがて高山らしく明るく開けた渓相は幾つかの大滝を掛け、岳樺の中へ微かな踏み跡は続いて行く。
枯れそうで枯れない水脈が砂礫の中に消えて行く頃、静寂に包まれた小仙丈カールの底に着いた。




【荷物が重くてお疲れ気味】





【ちょうど良い平坦地に幕営する。もう最高】


濡れた沢靴を脱ぎ、広いカールの底にぽつんとテントを張る。
何の音もしない。誰もいない。自分達だけの時間。









翌朝、夜明け前の稜線に向けて急斜面をひたすら登る。
足元から崩れる砂礫とハイ松に喘ぎながら振り返ると東の空が赤く燃える。
もう少し、あと少し…





【静寂に包まれた小仙丈カール】






【朝焼けに燃える山稜】








稜線から仙丈ヶ岳の山頂に立つ頃、稜線はもう多くの登山者で賑わっていたが此処に至るまでの充たされた想いで足取りは軽かった。
これだから沢は止められない。








【賑やかな稜線】


山靴の思い出

2014-08-10 08:48:35 | 登山
今まで沢山の山靴を履いてきたが登り込んでいる人に比べて多い方では無いかも知れない。
山を始めた頃は手軽に登山靴が手に入る時代では無かったし値段もそれなりだったので山行形態に合わせて使い分けるなどという器用な事は出来なかった。
初めて山靴を買ったのは大学で山岳系のサークル(サークルと言っても殆ど体育会系だった)に入ったときで当時15,000円位だったと記憶している。新入生分をまとめてお店に行き簡単にサイズを測って購入した。
水道橋あたりの「アイガー」という山道具屋で一緒に72㎝のキスリングや雨具替わりのポンチョなども買わされた。
この靴はそのサークルを辞めて社会人山岳会に入ってからも使い、雪の有る無しに関わらず縦走も岩場もこれ一足で済ませていたのであっという間にすり減りビブラムを二回張り替えたところで皮の防水がダメになって次の靴を探すことになった。
今思うとこの靴で屏風の一ルンゼなどよく登ったものだと思う。


山友が「安い店があるから行ってみないか?」と誘われ登山用品の卸かなにかで格安のノルディカを購入した。
赤に染色された裏出皮のお洒落な靴でこれも夏冬構わず岩や氷で酷使した。気に入った靴だったがこれも二回目の張り替え頃には防水も効かなくなり、アイゼン合わなくなったので役目を終えた。

この頃から岩場は底の固さで小さなスタンスに乗るスタイルから、軟らかいフリクションを効かせて登るのが流行りだした。ヨセミテのアメリカンスタイルが輸入されたからだと思う。

私も重い重登山靴より軽くてフリクションの効く、今で言うローカットタイプで無雪期を済ますようになったがこの手は底の張り替えが出来なくてすぐに買い替えなければならなかった。



【30年以上履き続けたゴローの靴とガリビエールのヘルメット】


輸入品も安く手に入るようになり布張りGore-Texのザンバランを夏用に、ゴローの重登山靴を冬用に揃え、岩と沢はクライミングシューズとフェルトシューズの体制となった。
このゴローの重登山靴は結婚前に買ったもので冬専用に使っていたので底は殆ど減らないままビブラムが硬化する度に張り替えて履き続けてきたシロモノだったが、流石に30年近く経つといくらワックスをすり込んでも防水が効かなくなりアチコチひび割れてきたのでお役御免となった。


【たぶん最後の冬靴となるであろうゴローのエグリーは凄く重い】





とうに世の中はプラブーツの時代を経て化繊全盛となっていたがこの手は履き続けても足に馴染んでくれないと聞いていたのでイマイチ触手が伸びなかった。
友人が「今、良い冬靴を作っておくと棺桶まで履いていけるぜ」と言うで思い切って人生最後の重登山靴としてゴローでエグリーをオーダーした。インナーの付いたダブル仕様だ。
値段はオーダー料やら何やらで6万近くしたがそのピッタリした包まれ感と皮の味わい深い感触は眺めているだけでも楽しくなる靴となった。
持ってみるとかなりの重さで肉厚のアイゼンと併せると足運びがやや辛くなったが保温性は抜群だった。

ニョーボ用にと冬靴を選びに池袋の秀山荘へ行ったらガルモントのエピックプラスが在庫処分で並んでいた。
革靴に比べとても軽く、Gore-Texデュラサーモで保温性もあって買ってみたが幅広甲高のニョーボの足に合わなくて一回の山行でダメ出しとなった。ところが私が履いてみるとヒョロ長の私の足型にピッタリで冬壁、氷用に使うことにした。








【同じ足でこれほど違う。重い訳だ。】



現有装備はアプローチ用にモンベルのハイキングシューズ、登攀はお馴染み5.10のスパイア、沢は秀山荘、冬用にゴローとガルモントの二足体制となって当面は補強の必要が無くなった。
これで残りの岳人人生を何とか賄えそうな状況である。


【フェルトを張替済み、仕上げが雑です。】


唐松岳 春

2014-04-13 16:40:37 | 登山





1月の雪上訓練で体調が悪かったのか超バテバテで途中で両足が痙ったりと散々だった。
思うに日頃の運動不足と山行中の体調管理が原因だ。
前夜ほとんど眠れなかったこと出発の朝シッカリとエネルギー源を摂らなかったこと行動中ひどい汗をかきながら水分補給を怠ったこと等々。
考えてみれば登山のイロハを守らず「どうせ雪訓だろ、しかも唐松だし」みたいなナメ切った気持ちが原因だった。
特に両足のふくらはぎから太ももの表と裏が「全部」痙ったのはラッセルが厳しかったこともあるが大汗をかいて電解質が体外に排出されたのに必要な水分補給を怠ったことに尽きる。



















そんな反省から今回は前夜の仮眠にはアルコールの替わりに眠剤で爆睡。朝はおにぎりと極太バナナを2本、行動中はゲータレードを遠慮無く飲みながらとにかく汗をかかないペースで歩いた。

天気は上々、久しぶりにE-M5を持ちだしアチコチで撮りながら春の稜線を歩く。ザックが重くてもコイツ(E-M5)なら気にならない重さ大きさ。しかも防塵防滴。









唐松往復の後良さそうな斜面で滑落停止やスタンディングアックスビレイなど思う存分訓練する。
もう山は春の香りだ。


【遠く剣の望む】