わたしたちが集う大聖寺実業高校は、加賀市熊坂町にあります。
そして今日は、この熊坂町にある”大盗賊”熊坂長範(くまざか ちょうはん)
にまつわる歴史についてご紹介します。
←「熊坂長範」(ウィキペディアより)
熊坂長範は、石川五右衛門、ねずみ小僧次郎吉とならぶ日本の大盗賊の代表です。
伝説によれば、熊坂長範は熊坂町字石坂に生まれ、最初は北陸通を往来する旅人を
襲っていました。しかし、その後どんどん勢力を広げ、熊坂長範はその名を聞くだけで
泣く子も黙るといわれるほど人々に恐れられるようになったといわれています。
また一方で1145~1170年の間、北面の武士・中宮侍、藤原氏・源氏の従者となって
保元の乱で活躍したともいわれます。
謡曲「熊坂」や「義経記」では、美濃の国赤阪の宿で京都のあぶら商人から盗みを働こうと
したところを、源義経によって討たれたことになっています。そのとき熊坂長範は63才でした。
しかし、地元熊坂町では、熊坂長範は晩年ふるさとに戻り、宿駅のあった橘の里の山の上に住み、
心を改めて仏の道に入り、徳の厚いお坊さんになったと言い伝えられています。
実は、熊坂長範の生誕にまつわる伝説は、本州各地の13都県(福井、石川、滋賀、岐阜、
新潟、長野、秋田、山形、神奈川、東京、愛知、三重、兵庫)に残されています。
それぞれの土地に幾百年となく熊坂長範のことが語り伝えられているうちに、その内容は
多少違ってきました。
でも、すべての地方の伝説に不思議と共通している点があるのです。
それは熊坂長範が世にいう強盗や弱者いじめの追いはぎとしてではなく、無力で貧しい
村人達を助けたたのもしい義賊として語られている点です。
時代をこえて、所をこえて、熊坂長範は、人々の心の中に夢とロマンをたくすことのできる
大切な英雄として親しまれているのです。
実高生にもこの地元に伝わる熊坂長範のことを知っていてほしいなぁと思います。
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