Being on the Road ~僕たちは旅の中で生きている~

日常の中にも旅があり、旅の中にも日常がある。僕たちは、いつも旅の途上。

美麗的日本和我 (美しい日本と僕)/東京散策倶楽部 第15回

2022-03-06 15:13:50 | 旅行

2022年の記録

 

 

抜けるような青空の下のカトリック本所教会と背後の東京スカイツリー。

 

 

先週に続き、休日の抜けるような青空の誘惑に負け、昼までに帰宅するプチ・散策をしたときの記録。

相変わらず空いた電車に乗り、定期券を使い御徒町駅まで行く。都バスに乗り換えて、本所教会のある墨田区石原へ。教会前のバス停から都バスで、一気に南下して、中央区築地に向かい、築地教会を目指す。その後は、銀座を横切り東京駅までテクテク歩いた。

 

 

御徒町駅発のバス停からちょっと歩いたところにカトリック本所教会がある。現在の聖堂は、、1951年(昭和26年)に竣工されたものである。脇には2009年(平成21年)竣工の司祭館が建つ。敷地内は、綺麗に整備されている。

 

 

築地までは、カトリック本所教会前のバス停から約45分。築地本願寺の脇には、むかしながらの古い住宅街が残る。

 

 

カトリック築地教会に向かう途中、目に飛び込んできたのが、聖路加国際病院礼拝堂である。高層建築の日本聖公会の運営する大学病院にある。隣接する旧病棟は、1932年(昭和7年)竣工である。

 

 

礼拝堂の足元にひっそりと建つ洋館が、聖路加の宣教師館として1933年(昭和8年)建てられ、1998年(平成10年移築)されてきたトイスラー記念館である。周囲は公園の一角として整備され、穏やかな空気が流れる。

 

 

カトリック築地教会は、古代ギリシアのドーリア式神殿を忠実に模して木造モルタル造で、1927年(昭和2年)4月10日に献堂されている。

 

 

カトリック築地教会から聖路加国際病院に戻り、ベンチでマイボトルの珈琲で一服し後、銀座、JRのガードを超えて、三菱1号美術館を廻って東京駅丸の内南口まで歩く。

 

 

三菱1号美術館(復元)は、美しい赤レンガ建築であるが、写真への収まりはあまり良くない。(僕の腕がないだけか) それだけに何度チャレンジしても、納得できる記録が残せない。

 

 

【メモ】

テレビ番組やネットニュースは、コロナ、北京オリンピックから完全に軸足をウクライナにシフトした。僕自身は、 “安全地帯”にいる訳だが、これほど胸を痛める戦争はない気がする。ワラビスタンの市役所を通じて、ウクライナ支援の寄付をした。はっきり言って、僕の寄付が、ウクライナにどれだけの力になるかなど考えていない。心の痛みへの鎮痛剤、自己満足と割り切っている。

ウクライナ人はもちろんだが、プーチンという男を大統領にしてしまったロシア人も気の毒だ。

ロシア国民にとって、ウクライナ侵攻に、何のメリットがあるのだろうか?経済制裁、ロシア国外での迫害、国民にとっては、百害あって一利なしだ。

ウクライナ侵攻は、迫りくる西側(NATO)包囲網の恐怖に病んだプーチンの凶行か、あるいは、子分と思っていたウクライナの裏切りに対する報復か、大国・ソ連復活を成し遂げ、歴史に名を残したい野心か?(もう1人のプーさんと同じ?) 真実はわからないし、わかったところで、ウクライナ侵攻が許されるものでもない。

僕の会社は、ロシアへの販売を拡大させていて、ロシア人、ロシア語話者を採用してきた。ロシアの側から見たウクライナ侵攻について、聞いてみたいものである。

 

 

旅は続く

 

 


美麗的日本和我 (美しい日本と僕)/東京散策倶楽部 第14回

2022-03-01 22:37:38 | 旅行

2022年の記録

 

 

1月末から2月に何度か駅の反対側、つまり丸の内側に会社帰りに行った。AppleStore丸の内にスマホのバッテリー交換に行ったり、かごしま遊楽館(鹿児島県アンテナショップ)に九州甘醤油を買いに行ったりと、まさに野暮用である。

 

 

東京駅丸の内口駅舎は、何度見ても飽きることのない美しさだ。今までにも何度か撮影しているが、今回は、あえてスマホ(iPhone8)一本勝負。4枚目と5枚目は、パノラマ機能を使ってみた。それ以外は、35mm版換算28mmである。携帯性(大きさ、重さ)を考慮すれば、一眼レフに圧勝のスマホの描写性能にあらためて驚く。

 

 

 

 

【メモ】

ウクライナへのロシアの軍事侵攻が始まってしまった。

核兵器保有国だったウクライナは、核兵器を放棄する代償として、協定署名国(アメリカ、ロシア、イギリス)から安全が保障されることになっていた。(ブタペスト覚書)

覚書を破棄したのは、侵攻したロシアだけではない。アメリカ、イギリスは、身体を張ってウクライナを守らなくてはならないはずだ。(同様の主旨の署名を中国、フランスも個別にしている。)

アメリカ、イギリスが、軍を派遣するべきなのかは、むずかしいところであるが、ロシアへの経済制裁が、身体を張っているとは思えない。

抑止力(防衛力)としての核保有の有用性を認めざるを得ないことが、最大の悲劇だ。ウクライナが、核を保有していれば、こんなことにはならなかった、という意見を否定できなくなった。つまり、どさくさに紛れてミサイル発射を続けている北朝鮮の核保有が、もっともらしくなってしまったのだ。

ロシア国内でも侵攻に反対するデモが実施されていることは、美しいことである反面、そのムーブメントの拡大が、ロシアの分裂、暴走の引き金になる懸念を感じる。

安全地帯(だと思っている)の日本にいて、のほほんとカメラをぶらさげて散策などしていて良いのだろうか?

 

 

旅は続く